11-2

「――さて、『Z』選手。この試合、どう見る?」


 実況席にて。急いで席に戻った金谷が話を振る。

 彼はこの大会において1人で何役もこなしているが、役割を振っているのはもちろん彼自身だ。好きでやっている事であるし、何より彼にはその能力がある。


 決勝に臨む2人は、いよいよ試合場の定位置につき、ゴーグルを手渡されている。観客席の歓声は一旦落ち着き、場内はざわめきと緊張感に支配されていた。


 試合の展望について意見を求められた安田は一言、次のように答えた。


「わからねえ」

「……何?」


 金谷の眼鏡が鋭く光った。これは給料をカットしようという時の目だ!


「いやいやマジで! 真面目に言ってるの!」

「詳しく聞こうか」

「……信用ねえなあ」


 安田は一息つき、


「アオイが強いのは、これまで見てきた通りだな? とんでもない実力だよ。圧倒的だ」

「うむ」

「でも……圧倒的なだけじゃ、あの長柳斎おっさんと何も変わらないんだよ」


「長柳斎とアオイで違うとすれば……長柳斎はあくまで、既存スキルの使い方がズバ抜けてる。そういう強さだ。アオイはそうじゃない」

「というと?」


「普通の格闘技でもないし、スキルでもない。完全に未知の動きだ。だから、何してくるかサッパリわかんねえ。予測が立てづらい」

「成程」

「アカリちゃんは、長柳斎の倒し方は自力で思いついた。じゃあ、アオイに対して同じ事ができるのか?」


 安田は腕を組んで椅子に背を預けた。


「……そんなの、予想できるわけがない」


 もはや言うべきことは全て言った、とでもいうような様子だ。


「って事だ。全く恐いよな、どっちも。ホントに」

「恐いといっても、お前はゴーグルつけたらビビらないだろう」

「そこの2人は、つけてなくてもビビってないじゃん」


 安田は、決勝に挑む両者を示した。

 真剣な視線を交わす少女たちは一歩も退かず、ついに目を逸らさぬままゴーグルを被った。


 そして、仮想空間の闘技場に2人の戦士が降り立ち。

 現れたアイドルとくの一は、そこで再び、一度だけ目を合わせると、それぞれの戦いの準備に入った。


 アオイは両手を下げた自然体で立ち、目から光を消す。自らの存在感を「幽霊」レベルまで下げ、いつでも万全の加速に入れる状態を作り出す。


 一方アイドル・AKARIは、思い切り息を吸い込み――


「みんなーーーーーーーーーっ!! ここまで……ここまで来たよ!!」


 逆に自らの存在を、高らかに宣言する!


「あたし、全力でいくから。全部ぶつけるから。だから、」


「アカリの全部……最後まで、み・て・ね♥」


 彼女は指を空に掲げ、最大限のウインクをした。すると。




「「「ウ……ウオオオオオオオオーーーーー!!!」」」




 緊張感に息を呑んでいた客席が、息を吹き返したように沸いた!


 ――[READY]


 試合開始を予告する文字が表示される。

 双方のファンが歓声をぶつけあう中、AKARIはこの期に及んでまだ客席に手を振っている。


 それは油断だろうか。侮りだろうか。

 否。

 これは自身を「AKARI」へと変える儀式である。


 可愛いだけではAKARIではない。かといって、戦うだけでもAKARIではない。アイドルとして愛嬌を振り撒き、ファンからの声援を得て、その上で戦ってはじめて少女は望む存在になれる。

 そしてその時の彼女こそが、最も強いのだ。


 客席のファンがAKARIの応援を叫ぶ。対抗するように、アオイのファンも声援を送る。会場が歓声に満たされた、その中で。


 ――[FIGHT!!]


 決勝の戦いが、始まった。


 2人の少女は、即座に動いた。


 アオイの全身から、一瞬にして色濃い殺気が噴き出す!

 それは恐るべき宣戦布告にして決意表明。


 殺気というものは見えない。聞こえない。触れられもしない。

 五感のどれでも捉える事はできない。

 なのに、その殺気は何よりも雄弁に語る。


 ――わたしは、この身に棲まわせる全てを解放してこの試合を戦い、

 ――楽しみ、

 ――そして、


 ――目の前のお前を殺す。


 静から動へ。滑るようにアオイの足が前に出る。

 同時、彼女の腕はしなやかな軌跡を描き、2本の指の先端はジャベリンの如くに目の前のアイドルの顔面を貫かんと突き込まれ、


 しかし、相手の頬を掠めて通り過ぎる!


 ……直前のAKARIの思考はこうだ。


 試合が始まる。始まるとどうなる。アオイにとって最善の初手は何だ。最もやっかいなのは山本戦で見せた目突き。あまりにも疾いあの技は、どのタイミングで飛んでくるかもわからない。見てから対処するのは不可能。


 ならば、しかない。


 アオイの動き出しを見るのではない。動くべきタイミングはシステムが教えてくれる。そう、試合開始の合図。それと同時にかわすだけ。大丈夫だ。相手を意識するな。あえて、相手と向き合わない。いま向き合うべきはファンと、そして[FIGHT!!]


 今!


 ここでAKARIは首を倒し、鋭い指先をかわした。わずかに頬を裂かれるが、それだけだ。

 そもそも人間の眼球は、狙うべきまととしてはひどく小さい。ほんの少し位置をずらしてやるだけで、視力を奪うという目的は不発に終わる。


 アオイの腕が伸びきる。絶好のタイミングだ。AKARIは反撃に転じた。

 自らの顔の横で伸びているアオイの腕を抱え込もうと両腕を出す。


 それに対してアオイは。

 前に出した腕をあえて引かず、そのまま前進する!


 勢いのついたこの状態からなら、腕を引っ込めるよりもさらに前に出るほうが速い。アオイは胴体をぶつけるタックルで、相手の体勢を崩した。AKARIの関節技が失敗する。


 目潰しがかわされた瞬間、アオイにはAKARIの次の攻撃がわかっていたのだ。アオイは相手の「殺気」を読む。殺気に直接反応すれば、相手の動きを見てから反応するよりも、もちろん速い。


 アオイもまた、相手をのだ。


 バランスを崩されたAKARIは、しかしただで倒れる事はない。仰向けに倒されながら両足を跳ね上げ、アオイの胴体に組み付こうとする。

 しかしそれも、読まれた。タックルの決まった瞬間に、今度こそアオイは後退を選択したのだ。バックステップしその場を離脱する。


 サブミッション使いを相手に至近距離の戦闘を続けるのは愚策である。間合いを取り、基本的には立ち技で攻めるべきだ、と鋭一からもアドバイスを受けていた。


 AKARIが起き上がる。再び、互いに立って向かい合う。アオイは殺気立った雰囲気をリセットし、目の光を消す。対照的にAKARIは戦意に燃える瞳を相手に向け、息を吐いた。


「ふぅーーーーー。ッよ」

「うん。わたしは強い」


 アオイは平淡な口調で応える。それは彼女の、生まれてからの積み重ねの結果。技を受け継ぎ、父からの課題をこなす中で培われた、確固たる自信。


「でも」


 AKARIは言葉を継いだ。呼吸を整える。片手を上げ、親指と中指を擦り合わせる。そして、


「あたしは、AKARIだ」


 指を、スナップした。

 <サウンド>。音楽が流れ出す。『虹色Sub-Mission』!




 『虹色Sub-Mission』


 ♪放課後 高鳴るムネ おさえて

 ♪キミのもとへ 近づくの

 ♪チャイムが鳴ったら READY FIGHTの合図

 ♪驚くキミの 手を取るの



 AKARIが前に出る。タックルの構え。

 アオイは迂闊に迎撃できない。腕や足をとられかねない。



 ♪どうしてもキミに触れたくて

 ♪だから全身で味わうの それがあたしの二番目の使命サブ・ミッション



 AKARIは高速思考しながら値踏みする。どこを狙うか。

 アオイは両腕を下げ、いつでも攻撃に入れる姿勢を維持。



 ♪腕かな? 脚かな?

 ♪肩かな? 首かな?

 ♪キミも全身で味わって どこがお好みかな



 AKARIが右斜め前に突っ込む。横から相手に組み付く動き。

 アオイはそれに対しピクリと反応し、そこで止まった。



 ♪血の赤? 青ざめ? もしかして真っ白?

 ♪ぜんぶ味わってフルコース 終わったキミは何色かな



 そう。殺気に反応するアオイは、人よりも少し。ほんの少しだけ。

 フェイントにかかり易い。



 ♪ごちそうさま★



 それをAKARIは計算していた。彼女は舌をなめずった。

 そして即座に逆の左側へ、身体を振った。進路が切り替わる。

 アオイはギリギリで反応し、体の向きを変える。間に合った。直後。

 AKARIの姿が消えた。



 ♪それで一番の使命は何かって?

 ♪言わせないでよ 伝えるのキミに

 ♪「ダイスキ」



 AKARIは再び、アオイの右に現れていた。

 <ショートワープ>。



 ♪もう聞こえないかな



 そしてAKARIが、アオイの手を取った。


 アオイは感覚が鋭い。どれほど細かい動きにも対応してくる。

 ならば、反応させ続ければ良い。左右に視界を振り、次々に動きを変え、相手の意識を削る。その限界を超えたタイミングで、チャンスはくる。

 これが思考によって辿り着いた、アオイ攻略のひとつの答え。


 アオイの右腕をAKARIが両手で掴む。そのまま無慈悲に肘関節を、破壊した。

 葵のゴーグルの中の視界が明滅する。ゲーム上の「強い痛み」の表現。HPが大きく減少する。


 AKARIの口の端が歪んだ。あのアオイから先制を取った。

 その直後だった。


 アオイの膝が、AKARIの鳩尾に突き込まれた。

 そのままアオイは左手でAKARIの頭部を掴み、膝を押し込みながら仰向けに倒そうとする。通常のものより一手欠けてはいるが、これは。


 墨式『とどめ』。

 決まれば致死の同時並列攻撃!


「こッの……!」


 AKARIは歯を食いしばった。油断はしていなかったはずだ。

 ただアオイの技が、あまりにも疾かった。

 まさか腕一本折られて、コンマ秒レベルすら崩れず反撃に移るとは!


 当然だがアオイの動きには一かけらの容赦もない。

 決まれば終わる。ここで終わる。


 だが。


「その技は! 確か!」


 AKARIは当然覚えている。この技は、今日すでに一度破られている。

 山本道則がその方法を教えてくれた。


「こうすれば……っ!」


 幸いにしてまだ片足は地に着いている。それを踏ん張る。

 そして首を折られる前に頭を振って、脱出する。

 AKARIは掴まれた頭部を動かそうとする。


「――――!?」


 だが。

 動かない。


 アオイの掌には未だ、AKARIの頭が収まっている。逃れられない。

 なぜか。


 ――<ストロングガム>。


 アオイは接着剤のスキルを持っている。

 そして鋭一が言っていた。思わぬところでこれを使えば、相手を騙して意表を突くことができると。


 今AKARIの頭は、アオイの掌に接着されていた!


 コンマ単位で流れる時間の中で、AKARIの首筋が悲鳴を上げ始める。折れる。折れたら負ける。

 どうすれば良い。……考えるしかない。


 ここから!

 抜け出す方法を!

 今から!




 ――考える。

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