Battle11 親愛なる強者たちへ⑥ ~最高の殺し合いをありがとう
11-1
――あの時、あの場所で。
「あの」
「……何よ、宣戦布告?」
「サインを、ください」
くの一姿の少女はそう言って、純粋な瞳をこちらに向けてきた。
「えっ」
そう答えるのが精一杯だった。
目の前の少女の黒々とした瞳の奥では、わずかな光が揺れている。
プラネットのアバター技術は凄い。操縦者の目線や目つきといったものまで忠実に再現する。
その瞳には嘘がなかった。
だから、この子が純真で無垢なのだろう事はすぐにわかった。
彼女はただ純粋に自分を好きになってくれていて、サインまで欲してくれている。
つい今さっきまで、ライブを中断させられて気が立っていたはずなのに。この場で今すぐ一戦交えてやろうか、くらいの事は思っていたのに。
気が付けばその「目」に押されてしまっている。
そうしてまともな返事ができずに数秒が経った。すると。
「…………? だめ?」
くの一は怪訝そうに首を傾けた。
これは……たいした威力だ。
「だ、ダメなわけないじゃない! えっと、応援ありがとね」
結局、取り繕うように笑い、言われるがままに電子サインを渡す事しかできなかった。
アバターの特殊パーツであるペンを取り出し、空中に筆跡を走らせる。すると虹色の文字が描かれ、保存され、世界に一つのサインが画像データとしてプレゼントされた。
「……! ありがとう」
くの一の少女はそう言ってぺこりと頭を下げた。笑顔ではなかったが、呼吸がわずかに変化し、興奮気味であるように感じられた。喜んでいる……のだろうか。
そして、この場はそれでお開きとなった。
ログアウトしてからベッドにうつ伏せにダイブし、足をバタつかせて行き場のない感情を呟く。
「なんなのよ…………あの子…………!」
危なかった。非常に危ないところだった。
ギリギリなんとか耐えはしたが、マジで限界だった。
本当に危なかった。
危うく、可愛いと思ってしまうところだった……!
――いや。
可愛いだけで済めば、まだ良かったのだ。
* * *
決勝戦を前に、盛り上がりのピークを迎える試合会場。
その舞台へ入場する直前の通路にて。
一色葵は一度立ち止まり、後ろを振り返った。
そこには彼女の最も近しい友人である男女が一名ずつ。
最上珠姫。そして平田鋭一。
「どした? 葵ちゃん。やっぱ緊張でもした? でも、あたし達が一緒に来れるのはここまでだよ」
珠姫が声をかける。
葵は表情を変えずに、ふるふると首を横に振った。
「大丈夫。緊張じゃ、ない……えっと」
彼女は何やら言いよどんだ。
両手を胸に当て、何かを探すようにもじもじと動かしている。
「? いいぜ、何でも言ってみろよ」
鋭一も気になって一歩、葵に近づいた。
すると応えるように葵も鋭一に近づき、彼の服の裾を掴んだ。
「鋭一」
「ん?」
彼女は顔を上げ、じっと鋭一の目を見る。
思わずたじろぎたくなる鋭一だったが、ここは耐えた。
葵の瞳から感情は読めなかった。だが少なくともその目線は、外ならぬ鋭一ただ一人に向けられたものだった。
葵は今、鋭一に対して何を思うのだろうか。
彼女はそのまま言葉を継ぐ事なく、鋭一の服から手を放した。
そしてくるりと振り返り、再び試合場の方を見た。
対戦相手とぶつかる舞台。そのさらに向こう……反対側の通路には、うっすらと天野あかりの姿も見える。
「……鋭一」
「おう」
再び呼ばれ、鋭一は返事した。
暗い通路で、試合場からの逆光を浴びる葵の後ろ姿は、何だかとても眩しく見えた。
「わたしは、約束を守る」
葵は小さく、しかしはっきりとした声でそう言った。
鋭一の試合の後に言った言葉の繰り返し。
気負いは感じないが、確固たる響きだった。
それだけ、葵にとってこの約束は大切なものだという事だろう。
「……ああ。葵なら絶対守ってくれるって、信じてるよ」
「うん」
葵は背中を向けたまま頷いた。どこか嬉しそうなニュアンスがあった。
「それと――」
そしてさらに言葉を続けた。
葵は自らの感情を確かめるように一度、呼吸する。
最近の彼女は度々、こうして自身の胸の内に問いかけるようになった。
――『この気持ちは、何だろうか』。
今までに味わった事のない感情を覚えることが増えた。
鋭一に、珠姫に、プラネットに関わるようになってから、明らかに感情の種類が増えていた。
今のこの感情の名前は、葵にはわからなかった。だが、少し整理して……鋭一に伝えたい言葉は、決まった。
彼女は口調を変えずに、こう言った。
「かたきはうつ」
鋭一は少し、驚いた。葵がそのような事を考えているとは思いもしなかった。自分の技を発揮するためだけでなく。楽しむためだけでなく。鋭一のためにも、彼女は戦うというのか。
「……ああ、ありがとう」
それは素直に嬉しかった。もちろん自分でリベンジしたい気持ちは強いが、葵が気にかけてくれている、という事実は何とも暖かい気持ちになれるものだった。
逆光で小さなシルエットとなっている葵の背中は、今や随分頼もしく見えた。鋭一はその背中に声をかけて送り出した。
「期待してるぜ。楽しむついでに、ぶっ飛ばしてこいよ!」
葵はその言葉に、少し、ほんの少しだけ、振り返った。
頬の横でおかっぱの髪が揺れる。その口元は、微笑んでいるようにも見えた。あの葵が。戦いの外で。本当に?
だが鋭一がそれを確かめるよりも速く、葵は再び前を見て、戦場へ踏み出した。
* * *
「さあ――いよいよ始まります、決・勝・戦!!」
「「「ウオオオオオオオ!!!」」」
マイク片手に、金谷が過剰に盛り上げる。
四方八方からライトに照らされた試合場は、眩しいくらいに輝いている。
ステージ上の巨大ディスプレイには、『FINAL』という金色の文字が大きく表示されていた。
「しかし――果たして誰が想像したでしょうか。正直、我々も予想していなかった! 決勝戦の、この組み合わせは!」
金谷は大仰に手を広げた。これは本当の事だ。
「彼女らは、優勝候補ではありませんでした。ランキングでいえば下位。片方は『順位持ち』ですらない!」
「だがこの2人は、勝ち残ったのです。あのプリンセスを、あの長柳斎を倒し、ここに残った!!」
「紛れもない強者を倒せるのは誰だ? ――紛れもない強者だけだ! すなわち。この決勝は、強者と強者の激突だ!」
「「「ウオオオオオオオ!!!」」」
「では、その強者に……入場して頂こう。決勝で戦うのは、この2人だ!」
片手を振り上げて合図する金谷。それと同時に、左右両側の入口からスモークが噴出した。その白煙をくぐって、少女が1人ずつ、現れる。
それと同時に、とてつもない歓声が会場を包んだ。
「ウオオオオオーーーーー!! アカリーーーーー!!」
「あかりちゃーーーーん! カワイイーーーー!!」
「勝てよー!」「さっきの凄いのまた見せてくれー!」「ファンになりました!!」
舞台右手より現れたのは、天野あかり。
にこやかに手を振って歓声に応える。
元から人気プレイヤーであった彼女。今日の大会には、日頃からのファンも数多く駆けつけている。
しかしこの歓声は、それ以上。
アイドルとしてのアカリを超え、彼女の求める「強さ」をも身に着けた
ファンクラブが、持参していた予備のうちわや布教用のCDなどを配布してみたところ、瞬く間に無くなったという話である。
今までにない圧倒的な反響に、あかりは笑顔の裏で拳を握る。
近づいている。理想とする存在に、いま限りなく近づいている。
左右の客席に手を振り、最後にウインクをひとつ。
そして視線を正面へ。思わず目線が鋭くなる。
視線の先には、舞台を挟んで逆側からやってくる少女――葵。
通路の出口からその様子を見ていた鋭一と珠姫は思い出した。準決勝の組み合わせ決定の時。アカリは、アオイと戦いたがっているかのような素振りを見せていた。
舞台左手から入場した葵は特に気にする事なく、歩みを進める。
すると。
「「「アオイちゃーーーーーん!!」」」
「カワイイーーー!」「カッコいいーーーーーーー!!」
「勝てよー!」「俺の首も折ってくれー!」「ファンになりました!!」
アカリへの歓声を割って、彼女への歓声が!
クールなくの一のアバター。それが楽しそうに無邪気に跳ね回り、そして、強い! さらには、操縦者の少女も可愛らしい。
これらの要素は確実に観衆たちの心を掴んでいた。準決勝の後で珠姫と抱き合っていた様子なども、好意的に受け取られたようである。
ほんの少し前まで都市伝説にすぎなかった「ゴーストニンジャガール」は、今や人気
――そう。
この子が、可愛いだけであればまだ良かった。
あかりは葵から目を離さない。
完成度の高い見た目のアバター。
思わずドキッとしてしまうような可愛い仕草。
そして強者を打ち破れる程の、本物の実力。
これらが揃っているというのは、まるで――
まるで、理想の「AKARI」のようではないか!!
まったく勘弁してほしい。
可愛くてカッコよくて強い。そういう女の子が、あかりは好きだ。好きだからこそ目指している。
なのに、その目指すような存在が、実際に現れてしまったら。
思わず、好きになってしまいそうになるじゃないか。
尊敬してしまいそうになるじゃないか。
だが、それは許されない。
天野あかりは
彼女が憧れるのは――「理想のアカリ」に対してだけだ。
憧れは、人を自らの上に置く行為だ。そんな事をしていては、あかりは「アカリ」に辿り着けない。どれほど素晴らしい存在が目の前に出てきたとしても、一番上は「アカリ」だ。
だから、彼女も認める尊敬すべき他人が現れた場合は。
……全て「ライバル」ということになる。
2人の少女が壇上に揃う。両者は向かい合って目線を交わす。
「……ひさしぶり、アオイちゃん。あたしの事、覚えてるかな?」
「うん」
あかりが話かける。葵がうなずく。
「あたしねー、勝手に、楽しみにしてたんだ。あなたと戦うの」
「?」
あかりは妖艶に目を伏せ、悩まし気に人差し指を舐めた。
葵はわずかに首を傾ける。
「あんたは、あたしの――『ライバル』だから」
あかりは顔を上げ、射貫くような光をたたえた瞳で前を見据え。
そして人差し指を、葵に向けた。
それを葵は無表情に、まっすぐ受け止めた。
「……ライバル」
葵はその単語に覚えがあった。今まで読んだ漫画でもよく目にした言葉。
鋭一や珠姫との「友情」とはまた違う、競い合う「好敵手」。
仲良くするだけでない、戦う事を前提とした関係。
葵としても、アカリは約束のために超えるべき相手。
なるほど、ぴったりだと思った。
葵は拳を握った。
「じゃあ、遊ぼう――ううん。いや」
彼女は言いかけて、ふるふると首を横に振った。そして、言い直した。
「戦おう」
瞬間。
ぞわり、と、あかりの背をおぞましいものが駆けた。
一色葵の
普通の少女が向き合うには、あまりにも過ぎた
しかしそれを受けてあかりは、
ライバル相手に退いてなるものか。
彼女は好戦的な笑みとともに、言葉を返した。
「望むところよ」
――決勝戦。
――「アオイ」VS「Twinkle★AKARI」。
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