一色葵とサンタクロース

「……そういえば。葵の家って、サンタさんって来てた?」


 まだクリスマスも遠い、温かい季節のある日。

 いつものVR個室、ゲーム特訓の休憩時間。

 鋭一は雑談でそんな話をした事があった。


 単純に、興味があった。

 暗殺拳を教えるような家で、どんなクリスマスをしていたのか?

 そもそも純粋無垢な葵は、まだサンタを信じていてもおかしくない気もする。


「むう……サンタさん」


 さて、答えはどうか。葵は真剣な表情で過去に思いを馳せている。

 そして……次に出たのは、こんな発言だった。




「サンタさんは、今まで戦った中で、いちばん強かった」




「……え?」


 鋭一は、それしか返事できなかった。

 それ以外の返事をしろというのが無理な話である。

 葵は話を続ける。


「わたし、気づかなかった。人の気配なんてなかったのに、赤い服のおじいさんが部屋にいたの。わたし、寝てたって、絶対気づくはずなのに。枕元に来られるまで、分からなかった……!」

「は、はあ」


 話を進めるごとに、葵の表情は真剣さを増していった。

 鋭一は中身のない返事しかできない。


「わたしが目を開けたら、サンタさんもびっくりしたみたいで、一歩下がった。それで、それから――言ったの」

「お、おう」


 葵は思い出す。あの戦慄の夜のことを。



 * * *



『メリークリスマス! ……まさか気づかれるとはね。第一段階は、合格ってとこか』

『……ごうかく?』

『いいかい、葵ちゃん。ここにプレゼントがある。た~~~くさんのお煎餅だ。三十種類くらいある』

『…………!』


『でもプレゼントはね、いい子にしか、あげられないんだ』

『うん』

『そう、いい子だ。いい子ってどんな子か、わかるかい?』

『……いい子……いい子は、つよい子』


『――正解! その通り!』


『というわけで、本番だ。プレゼントはこの袋の中さ。奪ってごらん? そうしたら、キミはつよい子。プレゼントはそのままあげよう』

『…………!!』


『どうだい?』

『……がんばる!』

『よしよし。だが簡単にはいかないぞ。サンタの服がなぜ赤いか……教えてあげよう!』


 そこからは激闘だった。まだ幼い葵は、リーチではかなわない。

 相手の懐に潜らなければ、プレゼント袋に手が届かない。

 だから動き回る。気配を消して、超スピードで部屋の中を駆け回る。


 だが横から、背後から、どこから手を伸ばしても、サンタさんはあっさりかわしてしまう。

 そこで……別の方法で意表をつくことにした。

 気配を消したまま動くのではなく……動き回りながら、突然、殺気を全開にする!


 これにサンタさんは過敏に反応する。葵はその裏をついた。即座に殺気をおさめ、気配を消してサンタさんの背中に回る。

 そして手を伸ばすと……サンタさんは諦めたように動きを止め、葵はプレゼント袋を掴むことができた。



 * * *



「そ、そりゃすげえな、サンタさん……」

「うん。たぶん最後、サンタさん……手加減した。ほんとは避けられたのに、わたしに、お煎餅、くれたの」


 葵は回想を終えて目を開け、所在なさげにぷらぷらと足を揺らした。


「そしたら、すぐサンタさん、消えちゃった。わたしがプレゼント見てる間に、いなくなってた。音もしなかった」

「……そうか」

「それから毎年、サンタさんは来たけど……わたし、一度もちゃんと勝てなかった」


 ……鋭一は、その「サンタさん」の正体がわかったような気がした。

 横の葵を見る。彼女の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。


「サンタさん、去年はこなかったなあ。わたしが、修行やめて『いい子』じゃなくなっちゃったからかなあ。……お礼、言いたかったなあ」


 葵の声色は、どこか寂しさを含んでいるようだった。

 その様子を見ていて鋭一は……何か言ってあげたくなってしまった。

 だから、言った。


「……俺たちさ。もうそろそろ子どもって歳でもないだろ? 卒業したんだよ、きっと。葵がいい子じゃないなんてコトは、ないさ」


 鋭一は、葵の頭に手を置いた。


「サンタさんが普段どこにいるかは、わからないけど。とりあえず言っといたらいいんじゃない? お礼。空の向こうにでもさ」

「……そうかな」

「ああ。きっと届くよ」


 葵は立ち上がり、どこか遠くにむかって、ぺこりと頭を下げた。

 そんな彼女を見ながら。鋭一は……


(もう、寂しい思いをさせないように、しないとなあ)


 そんなことを、頭の片隅で考えていたのだった。


 彼らが初めて迎えるクリスマスはまだ先の時期。

 その時にどんなことが起きるかは……また、別のお話である。

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