10-2
アカリは考える。絶えず考える事でしか、彼女の活路は開けない。
長柳斎とて弱点はある。「無敵」「
伸びきった腕それ自体はかなり無防備な状態となる。遠くまで伸びた腕を狙われると、蹴りやヒザ等でのカバーができないのだ。伸縮速度にも難があるため、即座に腕を引っ込めて逃げるというのも不可能である。
やはり狙うべきは腕だ。それは間違いない。
(――大丈夫)
(あたしはTwinkle★AKARI)
(あたしは天才)
自らを鼓舞して気持ちを盛り上げる。そのほうが頭も良く働く。テンションは重要だ。
強力な特化型戦術の使い手であるA1を攻略した事も、彼女に自信を与えていた。高い地力と、よく練られた戦法。A1は紛れもない強者であった。相対したアカリはそれを肌で感じていた。
だが、勝てた。彼女の思考と実践は通用した。
片手を掲げる。指をスナップ。
<サウンド>。鳴り出す『虹色Sub-Mission』。
突然の大音量にも、相手はピクリとも動じない。
それでも構わない。これは元より、自分のコンディションを持ち上げるためのスキル。
長柳斎。格の違う相手。
実力で比較すれば、間違いなく向こうが上。
それでいい。目の前の山が大きいほど、超えるために必要な力は大きくなる。
立つ。構える。
再び交錯が始まるまでの約二秒。与えられたそれだけの時間で。
(……よし☆ 思いついた)
アカリの次の行動が決まった。
小さく舌を出して唇を舐める。曲に合わせて小刻みにフットワーク。
長柳斎が一歩前に出る。彼我の距離はまだ遠い。だがそこは既に、<伸縮腕>の間合い。
スウ、と老師父は右腕を前に出す。まるで握手でもするように自然に。だがこの時既に、彼の腕は伸び始めている。
アカリはまず一歩、真横へ避けた。長柳斎は肩口の付け根を微調整し、腕を伸ばす角度を変える。先制の
ホーミング機能でも付いているかのように正確にアカリを追う拳。いよいよ腕が伸びきる。その行き着く果てに。
達人の手は、少女の姿を見失った。
――<ショートワープ>!
横に逃げたアカリを追うための微調整。その一瞬が、彼女に<ショートワープ>の予備動作である硬直のための時間を与えた。アカリは相手の行動を予測し、この時間を自力で捻出したのだ。
ワープ方向は、もちろん前方。かなり離れていたため、いきなり懐に入るような真似はできないが……少女が再出現したのは、ドンピシャで狙い通りの位置だった。
即ち、肘の真横。
<伸縮腕>は、二の腕と肘先が均等に伸びるようになっている。つまり肘は、伸びた腕の中間点に位置する。
伸びきった腕の、無防備な関節。サブミッション使いからすれば、ごちそうを目の前に出されているようなものだった。今すぐにでもむしゃぶりつきたくなる骨つき肉がそこにあった。
ならば、我慢する必要はない。据え膳は食うものだ。アカリは手を伸ばした。
「いっただきまー……」
そこまでだった。
肘。
無防備な関節。
本当にそうだろうか?
顔面に衝撃を感じてアカリはのけぞった。
少し遅れて、敵の肘が自分の額にクリーンヒットしていた事を彼女は理解した。
なぜ思い当らなかったのだろう。肘があるのだから、肘打ちは出せる。
どんなに長く伸びていても、その腕は身体の一部。持ち主の意思で動かすことのできるものだ。
そしてその操作にかけて、長柳斎は一流である。
アカリは即座に体勢復帰し、肘に飛びついて関節技をかけようとした。だが一撃を受けたロスは致命的だった。その間に、長柳斎の逆の腕が伸びてくる。脇腹に貫手を受ける。
「くっ……! そぉ……っ」
「ふむ。それは正解の一つだ。評価はしよう。……だが」
伸ばしたままの腕で、肘を小刻みに曲げ伸ばし。長柳斎は連続の貫手を繰り出す。二撃目。三撃目。老師匠は圧倒的な平静を保ったまま攻撃を続ける。
「このくらいの対策は門下生にも教えておるわ」
無慈悲で一方的な加撃。これが上位者の世界。達人の世界。
彼は今一度、少女に告げた。その言葉は、物理的な間合いだけを言っているのではない。
「届かぬ者は、届く者には勝てぬが
* * *
彼はアクション俳優であった。いくつかの映画や舞台に出演したほか、特撮ヒーローもので悪の怪人を演じた事も、一度だけある。
ただし決して売れていた、とは言えない。主役を演じた事は一度もないし、どちらかというと副業でやっていたスタントマンとしての収入の方が多かったかもしれない。
生活は決して楽ではなかった。それでも彼がこの業界にしがみつき続けたのは、アクション映画などで描かれる「戦いの世界」に身を置きたかったからだ。
己の腕にプライドを乗せ、覚悟を決めて向かい合う者が二人。そこでは法は捨て置かれ、戦いの勝敗のみが互いの価値を決める。
場合によっては、賭けるのは己の矜持だけでは済まない事もある。例えば、達人が自らの流派の看板を賭ける時。
自分の技に流派という名を持たせ、門下生を抱える。己の技は他の流派よりも優れていると喧伝し、それを証明するために他流試合も行う。
柳川玄はそういった生き方に憧れた。
そんな彼が現役を引退したのが、二年前。
隠居という歳でもないが、やはり生身のアクションはいつまでも出来るものではない。
とはいえ、貯金はさほどない。当面の生活をどうにかする必要があった。
そこで、彼はプラネットにやってきた。
すると、世界が開けた。
元々、格闘の真似事を職業にしていた事もあり、すぐに小さな大会で優勝する事ができた。そのまま賞金目当てでいくつかの大会を制する。
そのうちに、彼の技を真似したいというプレイヤーが現れるようになった。
悪くない気分だったので、自らのテクニックを説明してやる事にした。すると……不思議な事に、話しているうちに新たな技を次々に思いついた。
彼は元々、フィクションの世界で戦っていたのだ。現実離れした格闘技にも造詣は深い。
充実した日々が続いた。今までそんな機会がなかったため気づかなかったが、彼は人にものを教えるのも上手かった。門下生は徐々に増えた。「如意道」の看板を掲げ、その名はプラネット中に知れ渡っていった。
流石に、トッププレイヤーのように一日に数十試合をこなす体力はもはやない。だが少ない試合数の中でも「長柳斎」は負けなかった。レベルBに身を置いているにも関わらず、最強とすら噂されている。
まったく、出来すぎではないだろうか。
彼は今、VRというひとつの現実の中で「流派の開祖たる老師父」を演じ続けている。
* * *
長柳斎による打突は終わらない。
アカリに出来るのは両腕でガードし、弾き、掴まれないようにする事だけだった。掴む事さえできれば長柳斎は試合を終わらせられる自信があったため、これは正解とは言えるだろう。それで状況が好転する事もないが。
右腕で数回攻撃。適当なところで徐々に腕を縮め、逆に左腕を伸ばす。幻惑するように腕を入れ替え、対処させず攻撃を続ける。隙があれば掴むぞ、とプレッシャーをかけながら。
「こ、のぉ…………ッ」
アカリが横に、大きめのステップ。フットワークでかき回して攻撃を中断させようとする。が、即座に長柳斎の拳が追いつく。無論、彼も追うように足を動かしていた。
こうしたところで長柳斎は達人と呼ばれるのだ。腕で攻撃しつつ、決して足元をおろそかにしない。
まるで隙というものがない。
それはそうだろう。柳川玄の理想とする達人には、隙など存在しない。
ここまで大技らしい大技は、投げを一度だけ。あとは打撃で削ったのみ。
それでもアカリのHPは、既に危険域にまできていた。このまま攻撃を続ければ遠からずゼロになる。
実力差を突き付けての圧殺。いわば横綱相撲。
これが達人。これが長柳斎。
「あ……たしは…………」
アカリの声が漏れる。
いま、彼女は自分が許せなかった。
大きく後ろへ跳んで逃げる。長柳斎も踏み込んで追ってくるが、アカリは地面を転がって強引に離れた。
何としても仕切り直す必要があった。そのための方法を考えて考えた末、こうするしかなかった。
その結果、地を這うことになった。華やかな衣装が赤土にまみれる。唾でも吐き捨てたい気分だった。
「あたしは」
彼女の見た目はTwinkle★AKARI。理想のアイドル。
だが中身は天野あかり。プラネット上のAKARIが理想のAKARIであるためには、中身が理想に追いついていなくてはならない。
そもそも劣勢に立つなどAKARIのすべき事ではない。
自分のせいで、AKARIがAKARIになれない。
それはとても悲しくて悔しい事だった。
息を大きく吐く。考えなくてはならない。次に攻撃されるまでに考えなくてはならない。
長く伸びた腕による打突。ショートワープでも懐には潜れない。関節狙いは効かなかった。
ならばどこを狙う? どうやって狙う? 自分に出来る事は何だ? その中で、相手が一番嫌がるのは何だ? 相手はどう対処してくる? それにどう返す? 選択肢はいくつある? 最も有効なものはどれだ?
アカリは血走った眼を落ち着かせ、クールダウンして思考を回す。相手が一歩進むまでに百のことを考えろ。正解を探せ。
長柳斎がさらに前に出る。<伸縮腕>の間合いに入る。
老師父は腕を持ち上げた。片腕が伸びる。
「あたしは勝つ。あたしは、AKARIだ」
「ふむ。だが、儂は長柳斎だ。その勝ちは通らぬ」
赤茶けた大地に風が吹く。
天野あかりと柳川玄。
両者の「理想」は、最後の衝突を迎えようとしていた。
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