Battle10 親愛なる強者たちへ⑤ ~もうひとつの準決勝
10-1
[FINISH!!]
[WINNER AOI]
「――葵ちゃんっっ!」
決着と同時。最上珠姫はゴーグルを脱ぎ捨てて対戦相手に駆け寄った。
ゆっくりとゴーグルを外しかけていた葵は反応できず、されるがままに相手の接近を許し……そして、派手に抱き着かれた。
「?」
「すごい……すごいよ……!」
珠姫は小柄な葵を強く抱きしめ、感極まったように言った。葵は驚き、ぱちくりと瞬きするばかりだ。
社長として、アオイの理想的な成長に感動する気持ち。
一人のファイターとして、濃密な試合内容に興奮する気持ち。
そして一色葵の友人として、彼女と笑いあえた事を喜ぶ気持ち。
様々な感情。しかしその全てが、嬉しい方向に心が動く感動だった。
それらは混ざり合い、熱をもって膨張し、衝動的に珠姫を突き動かした。
彼女は少しの間、葵を抱いてから手を放し、今度は両肩を掴んで目を合わせる。
「へへっ。なんか、ガラにもなく感激しちゃったよ。ありがとね?」
「! ……うん」
葵はアバターの時のようにはっきりとした笑顔でこそなかったものの、どこか嬉しそうに、ぶんぶんと頷いた。
それから、何か思い当たったかのように肩から下げたポシェットを漁る。取り出したのは……もちろん、煎餅だった。本日二枚目。
葵はそれを両手で持ち、ぎこちなく目の前に差し出した。そして、胸の内を、口にした。
「わたしも楽しかった。珠姫とも、もっと遊びたい……。また、遊んで、くれる……?」
今やそれは貢ぎ物ではなく、友情のしるしだった。
珠姫は躊躇うことなく煎餅を受け取ってウインクした。
「もっちろん! お買い物も、クレープも……あと、バトルもね?」
その言葉を受け――煎餅を手放した葵は、両手を胸元に重ね、何かを探るように指先を動かした。
が、そこに物理的な何かを探し当てる事はできなかった。
確かに今そこに、ざわめくようなくすぐったさと、ジンワリとした熱があった気がしたのだが。
「……、うんっ」
結局その正体を掴む事はできなかったが、葵は晴れ晴れと頷いた。
実際のところ、何であっても構いはしない。
この熱が葵にとって嬉しいものである事は、間違いないからだ。
* * *
客席での観戦後、珠姫から選手控室に呼び出された鋭一は、試合を終えた二人を待っていた。
敗退者が客席に移ったり、会場を去ったりして随分と人の減った控室。長椅子の端に座って待っていると、ほどなくしてドアが開き、二人の少女が現れた。
「鋭一」
先に入ってきた葵は、鋭一を見つけるとピクリと反応し、洗練された歩法でするすると近づくと当たり前のように鋭一の隣に腰を下ろした。
「鋭一、うまくいった」
「……ああ、うまくいったな」
真顔ながら、どこかそわそわしつつ葵は報告した。それに鋭一は笑って応える。思いつきで試したとは思えないほど、上手くいった。
「なるほど。やっぱアレは鋭ちゃん野郎の差金だったか」
後から入ってきた珠姫が腕組みしながら意地悪な笑みを浮かべる。
「お、おう。マズかったですかね、社長?」
「いや、よくやったよ」
珠姫は葵の隣に座り、葵の頭をポンポンと叩いた。
鋭一と珠姫に挟まれた葵は、きょろきょろと両側を見ている。
珠姫は目の前の葵と、その奥の鋭一をまとめて視界に入れ、目を細めた。
「葵ちゃん……完全に『ゲームを覚えた』ね」
――鋭一が「ちょっとした作戦」として葵に提案したのは、たった一つの些細な事である。
即ち「スキルを、墨式の奥義以外に使う」事。
「社長は俺達の特訓も知ってる。葵が『
試合前に、控室で鋭一は葵に説明した。
葵はうんうんと頷きながら熱心に聞いている。
「でも逆に、葵が普通にスキルを使うとは思ってない可能性がある」
「うん」
「だから、試合の最初の方は奥義だけにスキル使っといて『ない』と思わせる。そんで後半で一回だけ急に使ったら、バッチリ決まると思うんだが」
悪くない発想だと思った。格上と戦うなら、隠し玉でいかに不意を突くかがカギになる。それは基本だ。
しかし鋭一は強く勧めはしなかった。なぜならこれはあくまで――ゲーマーとしての基本、だからだ。
「どうかな。奥義とかと関係ないとこで、相手を騙すみたいな戦い方になるんだけど……だから、葵がイヤだと思うなら」
「? なんで?」
しかし。ここで葵が見せたのは……疑問。首がこてんと横に倒れる。
「なんで騙すと駄目?」
「え、だって」
「わたし、右と見せかけて左に跳んだりする。騙すのはすごく強い」
「え? あれ?」
葵は右の手のひらを上に向け、そこを見つめながら、
「……墨式は、人を殺すための技。大事なのは最後に殺すこと。殺さないのが、一番ダメ」
ぽつぽつと呟く。彼女の瞳は黒々と深く、そこにクリーンファイトだとか、そういった余計な情は一切無い。葵は顔を上げて鋭一を見た。
「負けるのが一番ダメ。負けたら殺される。だから騙すの、すごく大事」
「……お、おう」
鋭一は、彼女が何者かを思い出していた。どれほど小柄で愛らしくとも、葵がプラネットという舞台で表現するのは、本物の暗殺拳。
一色葵は殺人者ではない。平和な世に生きてきた、ただの女子高生。
しかし、ゲーム上で対戦相手を殺すニンジャガールは。「アオイ」は、暗殺者なのだ。
鋭一は理解した。そして気圧されつつも笑った。
つまり――葵はこう言っているのだ。「どんな手を使っても勝つ」と。
まさに、トップゲーマーを目指すに相応しい在り方ではないか。
ゲーマーは勝ち負けが生死に直結する世界だ。暗殺者は勝ち負けが生死に直結する職業だ。
殺せば勝ち。殺されれば負け。それを理解している葵は、最強の
「鋭一、騙し方、教えてくれた。ありがとう」
葵はそう言って、少しだけぺこりと頭を下げた。
鋭一はぞくぞくした。この少女はまだまだ、強くなる。
「なるほどね。奥義のためのスキルを選んだのと、相手の騙し方を教えたのが鋭ちゃんってワケか」
「まあ、そうだ」
「二人がかりで、あたしを倒せる程とはね~。やるじゃん」
珠姫は背もたれに身体を預けて脚を組んだ。
その後、身を起こし、葵の手を取った。
「葵ちゃんはもう、初心者じゃないよ。あたしが認める。始めて日は浅いけど、もう選手として完成してる。このまま優勝しちゃいなよ」
「うん」
語り掛ける珠姫に、葵は簡単に返事した。実生活では気弱な態度を見せる事もある葵だが、自分の実力に自信があるらしいところは変わらない。
「ああ。俺も葵ならいける……と思う」
鋭一も葵の逆の手を取り、言った。
二人の友達に両手を取られた葵は、左右を一度ずつ見て、感慨深そうに目を閉じた。彼女なりに、幸せを感じているのかもしれない。
「もちろん、俺も一緒に決勝の対策は考えるしさ。ていうか、そうだ。相手どうなるかな?」
そういえば、と鋭一は思い出したように室内のディスプレイを見た。もう片方の準決勝は、とうに始まっている時間だった。つられて葵と珠姫も画面を見る。そこには目まぐるしく動き回る、アイドルと老師匠の姿があった。
「ふうん、この二人ねえ。――葵ちゃん。決勝の相手、どっちが良い?」
珠姫が聞く。しかし葵はこの質問にもまた、首を傾けた。
「わたしは……試合の勝ち負けは決められない」
「うん?」
一瞬、言葉の意図がわからず珠姫は葵の顔を覗き込んだ。
葵は表情を変えずに画面の中の試合を眺めながら、言った。
「相手を倒したほうが勝ち。わたしは……そっちと戦う」
* * *
――準決勝第2試合、「長柳斎」VS「Twinkle★AKARI」。
長柳斎の試合にはひとつ特徴がある。彼の興したVR武術流派である「如意道」のファイトスタイルは、封殺型。可能な限り、相手に何もさせずに勝つのを良しとするものだ。
つまり彼の試合展開は、一方的なものになりやすい。
「届かぬ者は、届く者には勝てぬが
前の試合での言葉を彼は繰り返した。
既に彼の奥義「
伸ばした腕で長柳斎が殴る。
対する相手は関節技を主体とするアカリ。<伸縮腕>の弱点とされている「掴まれたら終わり」を体現するような
パンチを受けたとしても、その拳か、手首か、あるいは肘か。いずれかを確保できれば関節技使いのほうが圧倒的優位に立てる。
にも関わらず。
スウ、と流れるような動きで長柳斎はアカリの手をかわした。完全に見切っている。
<伸縮腕>にも制約のようなものはある。腕が伸びる速度、縮む速度は決して速くなく、その最中を狙われると弱いのだ。
しかし長柳斎は手首を返して相手の腕をはじき、その熟練の技で腕を戻す時間を作る。そして同時に、逆の腕がもう伸びている。
アカリは右腕に気を取られている間に、長柳斎の左腕によって二の腕を掴まれていた。不覚である。
「こ…………ッの!」
「遅い」
当然、アカリはその腕を掴み返した。しかし次の瞬間にはもう、全身にのしかかる遠心力によって身動きが取れなくなっていた。
長柳斎が、長い腕を振り回す。
アカリは空中で相手の腕に抱き着き、十字固めの形に移行できないかと試行した。だが高速で振り回されている状態で、そこまで自由に動けるものではない。全速でカーブを曲がるジェットコースターの上で、サブミッションが出せるだろうか?
赤茶けた地面が近づく。叩きつけられる。アカリにできるのは、受け身をとって致命傷を避け、即座に立ち上がって追撃を防ぐ事だけだった。
観戦席は盛り上がりつつも、大方の予想としての長柳斎有利は揺るぎなかった。長柳斎は、試合数こそ少ないものの勝率が高く、最強との呼び声すらある
格の違いを演出する一方的な戦いぶりもあり、萎縮してしまう対戦相手も少なくない。
アカリに関しては、そのような事はありえないが。
彼女は既に考え始めていた。
両手を構え、戦意にみなぎらせた瞳を相手に向ける。可愛らしさを前面に出す余裕は今はない。
しかしその思考が動き続けている限り。この戦士は止まらない。
「ねえ――もう勝ったと、思ってる?」
アカリは深く息を吐き、いつものようにテンションに任せた言葉を相手に向けた。
「実力で上回ってるくらいで、あたしに勝てると思わない事ね」
恐ろしく強気な物言い。実力差ですら、勝敗を決めるには足りないという。
この挑発を前にしても、長柳斎は落ち着いている。彼もまた言葉を返した。上に立つ実力者としての台詞を。
「――それが届く相手かどうか、試してみるが良い」
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