Battle9 親愛なる強者たちへ④ ~あたしの、最強のトモダチ
9-1
大会前日の土曜日。
最上珠姫は待ち合わせ場所である駅前に来ていた。
うっかり時間ギリギリになってしまった。改札を出て、目の前を見渡してみる。相手はまだ来ていないだろうか? 真面目な子なので早めに来るタイプかと思っていたが。
しかし地図板のある右側にも、宝くじ売り場のある左側にも姿が見当たらない。やはり、まだだったか。改札を再確認しようと真後ろを振り返る。
目の前に一色葵の頭があった。
「うわっひゃあ!?」
「珠姫、いた」
日頃は年上のビジネスマン相手にも臆せず接する女子高生社長が、思わず素っ頓狂な声をあげる。以前にも教室でこんな事があったが……またしてもだ。どうしても葵には不意を突かれてしまう。
「あ、葵ちゃん! 来てたんだね」
取り繕いながら珠姫は一歩後ろに下がる……が、葵はそれにピタリと合わせて一歩進んだ。肌が触れ合いそうなほどの距離感が変わっていない。
「……葵ちゃん? 近くない?」
「?」
珠姫が問いかけると、葵はわずかに首を傾けた。おかっぱの黒髪が耳の横で揺れる。彼女は黒々とした瞳で珠姫を見上げたまま、こんな事を呟いた。
「わたし、守るから……離れちゃダメ」
「あ、ああ。そういうこと」
それで珠姫は合点がいった。ゲーム以外の用事で葵を呼び出すために、彼女は今回このような誘い方をしたのだ。
『葵ちゃん、ボディーガードの初仕事をお願いしてもいいかな。あたし土曜に買い物行くからさ、着いてきてもらってもいい?』
珠姫は頷き、
「葵ちゃん。ボディーガードたるもの、もっと自然に振舞わないといけません。無関係な人を威嚇してもしょうがないしね。そう、さりげなく……ただ友達と歩いてるだけみたいに。ね?」
説明してみる。すると葵は理解したようで、
「! ……うん」
真っ直ぐにこくりと頷き、一歩引いて距離をとった。首の角度は元に戻っていた。珠姫はようやくひと息つく。
葵とのやりとりには一工夫が必要だが、面倒だと思ったことはない。ひたすらに素直で真面目なだけなのだ。むしろ好感が持てた。
「オッケー。じゃあ、行こうか」
そうして二人は並んで歩き出した。
最初の目的地は、駅ビルのアパレルショップだ。
* * *
「ふむ。これと、これ……あと、これかな」
店内を物色し、珠姫は目に着いた服を手に取って集めた。葵は物珍しそうに周囲を見回しながら、珠姫を見失わないように着いていく。
「うん、十分!」
ひととおりの品物を確保した珠姫は満足げに頷き、
「すみませーん、ここ使ってもいいですか?」
店員に声をかけて試着室をひとつ確保し、
「葵ちゃん、ちょっとこれ持って」
手持ちの服を全て葵に渡し、
「そんでこっち向いて、靴脱いで、そうそう。で、ゴー!」
背中を叩いて葵を試着室の中に押し込んだ。
葵はSサイズの洋服1セットを抱えたまま、首をこてん、と真横に倒す。
「んー。あたし、言ったよね? 今日はお買い物の日です」
「?」
「なのでお洋服を揃えますが……あたしの、とは言ってませーん。さて、それは誰のかな?」
三秒ほどの間があった。
その後で葵はぱちくりとまばたき、ぽつりと答えた。
「…………わたし?」
「正解~」
さすがの葵も状況を見て理解できたらしい。珠姫はわざとらしく手を叩いてその答えを肯定した。
「と、いうわけでそれ一式、着てみてね? じゃっ」
そしてウインクし、一方的に試着室のカーテンを閉める。
そこからはさらに1秒ほどの間があったが、
「うん」
とカーテン越しに返事が聞こえ、中から衣擦れの音がし始めた。
着てきた制服を脱いでいるのだろう。
土曜日ではあるが、葵は制服で現れた。珠姫としては正直、どんな私服が見られるのかと期待していた部分もあったが、家の外に着て出られるような服を他に持っていないのかもしれない。
とすると、今日買い物に誘ったのはやはり正解という事になる。翌日の大会では生身で人前に出る事になるのだ。見た目が良いに越した事はない。
「……珠姫。できた」
ややあって、中から再び声がした。
珠姫は期待に胸を弾ませて答える。
「お? どれどれ。じゃあカーテン開けて見せて――」
そしてカーテンが、引き開けられた。
中に天使がいた。
「おっ……おお……カッワイ~~な~~……」
思わずため息が漏れる。
渡した服装は、胸元にリボンをあしらった白いブラウスにチェックのスカート、脚には黒のタイツ。そして髪にはカチューシャをつけている。
普段の制服ともまた違う方向性でまとまった佇まい。落ち着かなさげにもじもじと立っているのがまた良い。
「思った以上に似合うなあ……でも、トーナメントに着てくにはちょい地味か……?」
珠姫は腕組みして考えた。が、それは二秒にも満たない。即断即決は彼女のポリシーだ。
「うん、よし、次を試そう! 葵ちゃん、一回制服に戻して。店員さん、これひととおり下さい!」
この服は候補としてキープする事にした。会計はカードでスマートに済ませてしまう。葵が制服を着終わって試着室から出てくると、珠姫は早々に彼女の手を引いて次の店に向かう。
「葵ちゃん、今日はとことん付き合ってもらうよ?」
2軒目。
試着を終えた葵がカーテンを開ける。
「おー! やっぱこっちもイケたかあ。葵ちゃーん、セクシーじゃん」
キャミソールの上からパーカーを羽織り、下はデニム地のショートパンツ。葵の運動能力を考慮したアクティブさがコンセプトだ。全体的に軽やかで、胸元、脇、へそ、太股など要所が露出されるよう計算もしている。
「……せくしー」
葵は自らの身体を確かめるようにぺたぺたと触っている。今の格好で鏡を見るだけでも、彼女にとってはとても新鮮な体験だった。
「うーん、でも、元の葵ちゃんを知らない人が見たらただの普段着だと思うかな? もうちょっとおめかし感が欲しいか」
結局これも全て購入し、二人は次の店へ。
3軒目。
葵がカーテンを開ける。
「うおっ……こりゃスゴイ……」
珠姫は思わず息を呑み、口元を覆った。
葵が着ているのは……全身にリボンとフリルがあしらわれたゴスロリ衣装。元々の小柄な身体と表情の薄い顔、という素材もあいまって、過剰なまでに「お人形のような」を体現した少女がそこにいた。
「ぎゃ、逆に似合いすぎ……かな……? むしろ似合い過ぎてこわい」
「?」
珠姫のコメントがわからず、葵はわずかに首をかしげた。その仕草がまた愛らしく、珠姫は思わず目をそむけてしまった。
「これもキープ、かな……なんか別の事に使おう。学園祭とか」
相応にお高い値段だったが、珠姫は躊躇わず購入して次の店へ。
4軒目。
カーテンを開ける。
「おお~~似合う似合う。やっぱ清楚系かな~葵ちゃんは」
水色のワンピースに、白のカーディガン。シンプルだが清楚さが前面に出て、色味もある。シックすぎず、おめかし感もあり……ここにいくつかアクセサリーも足せば、かなりそれらしくなりそうだ。
「いいねえいいねえ。このまんまCMにでも使えそうだよ」
つばの広い帽子を被せて、広い草原に置いておきたくなる少女だった。風のひとつでも吹けばそれだけで画になるだろう。
「どうかな、葵ちゃん?」
「……いいかんじ」
葵はこくりと頷いた。腕を動かしたり、スカートの裾をつまんでみたりしている。
ブラウスほど拘束感がなく、パーカーのようにフードもなく、ゴスロリほど重くもない。葵の「いいかんじ」は「技を出すのに支障はない」というような意味だったが、珠姫にはそこまでは知る由もないのであった。
「うん。じゃあ決まりだね」
こうして、女子高生社長は決断した。何しろ明日の葵は、話題をかっさらうスーパーガールになる予定なのだ。これならば、どこに出しても恥ずかしくはない。
最終的に大量の紙袋を抱えた2人は、楽しげに並んで店を出たのだった。
* * *
目的を達した2人は駅に戻るべく歩いていた。
休日の繁華街はけっこうな混雑だった。葵は人混みをすり抜けるのは得意だが、ここまで荷物があるとそうもいかない。
2人は特に急ぐこともなく、ゆっくりと歩いた。珠姫は横の葵を見る。いつもの表情。いつもの葵だ。
が、不意にその葵がピタリと止まった。
「……うおっ? どした?」
珠姫が振り向く。人混みに混乱が起きかけたので、彼女は葵の手を引いて道端に寄った。その間も葵の表情は変わらず、そして視線の先もまた一箇所に固定されていた。
そこからは、とろけるような甘い匂いが漂っていた。
珠姫は葵の視線の先を追った。そこにはクレープ屋の看板があった。
「……葵ちゃん?」
尋ねてみても、葵は答えなかった。ただ、彼女はそこから絶対に視線を外す事がなかった。身体まで硬直したかのように突っ立っていた。
「……食べたいの、かな?」
さらに踏み込んで聞いてみる。葵は悩むようにゆっくりと、顔を右へ左へ往復させ、最後に下を向いた。そして、消え入りそうな声が、少女の口から漏れてきた。注意していなければ聞き逃しただろう。
「…………うん」
「オッケー」
ためらいがちなその返事に、社長は即決した。
道端のベンチに二人は腰を下ろした。
葵は物珍しそうにチョコバナナホイップのクレープをしばし眺めた後、恐る恐る口をつけた。
咀嚼しながら顔を上げる。少女の動きがわずかに止まる。
それから顔を戻し、再度口をつける。
そこからは、もう止まらなかった。
珠姫は自分もストロベリーチーズケーキのクレープを頬張りながら葵を眺めていた。あまり言葉は発さないが、葵の一挙手一投足は世界への驚きに満ちていて、可愛らしくも面白い。
クレープを食べ終えた後も、葵はしばらく放心したように中空に目線を彷徨わせていた。そのくらいの衝撃だったのだろう。
少し経ってから、葵は思い出したようにピクリと反応した。
実際、忘れていたのだった。彼女は制服のスカートのポケットに手を突っ込んだ。取り出されたのはもちろん、煎餅。今日はざらめだ。
「……あ」
「?」
葵が横を向いた。今度は珠姫が首を傾げる番だった。葵はおずおずと、煎餅を差し出した。
「今日の、ぶん……ごめんなさい」
「ああ、うん。ありがと。謝る事なんてないんだよ?」
葵はなぜか、この習慣を欠かさない。お金持ちとは仲良くしろ、と教えられたからなのだそうだが。一介のお金持ちの一人として扱われるのは、珠姫としては本意ではなかった。
「……ねえ、葵ちゃん」
珠姫はベンチの背もたれに背を預けて脚を組んだ。なんとなく、自分の気持ちを話してみる気になった。
「あたしね、中学まではメチャクチャ友達いたんだよ。毎日遊びまくってた」
「?」
「でも高校からはそういうの、バッサリやめた。友達じゃなくなったワケじゃないんだけどね。放課後に遊んだりするのはやめた。何でだと思う?」
葵は首を傾げた。珠姫はニッと笑い、手で¥マークを作ってみせた。
「その時間で社長した方が、お金が儲かるからね! 実際すげー儲かったよ。こっちに時間使うほうが、今は楽しいんだよね。才能活かしてる! って感じがしてさ」
「うん」
「……でもさ」
女子高生社長は一拍置き、
「今日ひさしぶりにお出かけしてみたらさー……うん、やっぱ楽しいよね。こういうのもさ。友達と並んで歩いてるだけでも、なんか楽しいもんなんだね。いやーすっかり忘れてたよ」
「うん」
「葵ちゃん」
珠姫は背もたれから身を起こし、葵に向き直った。
「あたし、葵ちゃんの友達かな? 今日は楽しかった?」
いつもの飄々とした社長としてでなく、一人の少女としての疑問。
葵はそれに対し……
「うん」
深く頷いた。首も傾いていない。まっすぐで素直な、彼女の答えだった。
「珠姫、遊んでくれる。やさしい。楽しい。だから……お煎餅あげたい」
「よかった」
珠姫は安心したように笑った。
自分が楽しくて、相手も楽しかったならば、本日のお買い物デートは成功だろう。表情の薄い葵だが、言葉で嘘をつくタイプでもない。だから、良かった。葵とは良い関係を築けている。
珠姫は満足した。
……たったひとつの事を除いて、だが。
* * *
「――ねえ、葵ちゃん!」
歓声うずまく会場。熱狂する観客席に取り囲まれた試合用ステージ。
準決勝。その舞台でふたりの少女は相対していた。
まだゴーグルは被っていない。向かい合うのは一色葵と最上珠姫という、リアルで友達同士の女の子。
「あたし達、友達だし、葵ちゃんの事かなり好きだし。昨日もとっても楽しかったんだけどさ! ひとつだけ、納得いかなかったんだよねえ」
「?」
首を傾ける葵に、珠姫は人差し指をつきつける。
「その顔!」
モストカンパニー社長「プリンセス」の今日の目的は、売り出し中のファイター「アオイ」を勝たせて有名にする事だ。
だが、もう一つ。一色葵の友人たる女子高生「最上珠姫」の目的は。
「あたし、まだ、見た事ないんだよねえ――葵ちゃんの、笑ったとこ!」
「……珠姫?」
「鋭ちゃんばっかズルくない? 戦った時にさあ、笑ったじゃん、ねえ! すごい可愛かった!」
珠姫は腕組みして鼻息を荒くした。
「だから思ったワケよ。戦えば……直接戦って楽しませれば、見せてもらえるのかな?」
彼女はゴーグルを手に取った。葵もつられてゴーグルを取る。
会場のボルテージも上がる。
――客席の鋭一は、合点がいったというように膝を打った。
「……あ、もしかして社長。それで大会に出るのOKしたのか……?」
試合場の両者はゴーグルを被った。
くのいちと、姫君。2人の戦士が闘技場に降り立った。
姫君はスカートを翻しつつ構え、今一度、宣言した。
「絶対、笑ってもらうから」
――準決勝第1試合、「アオイ」VS「プリンセス」。
――[READY]。
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