Battle8 親愛なる強者たちへ③ ~立ち止まらない天才たち

8-1

 ——準々決勝第2試合、「プリンセス」VS「Yamato」。


 試合開始直後から、プリンセスは流麗な足捌きで積極的に踏み込んだ。


 いや……おそらくは、流麗なのだろう。正確には、その足捌きを見る事はかなわない。

 彼女のアバターの服装は、豪奢な白いドレス。裾の広がったスカートが足元を隠しており、中でどのような足運びが行われているのかを窺い知る事はできないのだ。


 普段は限界まで短いスカートを好み、その「魅せる脚使い」で周囲を誘惑する女子高生社長は、VRでは「視えない足捌き」で対戦相手を幻惑する。

 次に動くのは右足か、左足か。それすらもわからない。

 足元が見えないがゆえに、まるでスカートから上が浮遊しているかのようだ。


 足の動く方向だけではなく、彼女が一歩を踏み出したタイミングもまた不明である。普通なら、足音に反応する事もできるだろう。しかしプリンセスには……足音というものが存在しない。


「知らないの? お嬢様はねえ、下品にドタバタ歩いたりはしないものよ」


 冗談めかして彼女はそう言うが、もちろん最上珠姫自身にそのような技能があるわけではない。


 <ノイズ>というスキルがある。任意の効果音を発生させるスキルだ。彼女はこれを使って、逆に「音を消す」事ができないかと考えた。

 発生している音と逆位相の音をぶつける事で、音を消すという方法。既にヘッドホンのノイズキャンセリング機能や電子耳せんなどで実用化されている技術だ。


 モストカンパニーの技術部門は早速、<ノイズ>を改良してそのようなスキルを生み出し、<サイレンス>と名をつけた。

 そしてプラネット運営に申請したところ――「全ての音を消すのは強すぎるため、足音に限定して許可する」という裁定が下りたのである。


 こうしてスキル<サイレンス>は発売に至った。モストカンパニーのサイトから、誰でもDLダウンロード購入可能だ。


 足の動きは見えず、足音もない。

 ゆえにプリンセスのフットワークを掴む事はできない。


 対するYamatoは右腕を後ろに引いた、正拳突きの予備動作を取ったまま不動。


「いいだろう。どちらからでも構わん……来るがいい!」


 道着を着た正統派の空手家アバターは、目を見開いてプリンセスの動きを注視する。

 かつてオンラインのランキング戦でプリンセスと相対した時、彼は「目を閉じる」という対処法を試した。動きの読めない相手を見ても無駄だと考えたからだ。


 だがそれは失敗に終わった。そういう対処を取られる所まで、プリンセスは計算しているのだ。

 結局のところ、彼女に対抗する方法はひとつ。目をそらさず、愚直に動きを観察し、それに対応した防御と攻撃をする。


 ――即ち、真っ向勝負。


 プリンセスが右前方に動く。そこに踏み込んだ……のかはまだ分からない。彼女はフェイントを多用する。足はまだ浮かせてあるかもしれない。Yamatoは動かない。


 案の定、すぐにプリンセスはくるりと向きを変えた。舞踏会でワルツでも踊るようにスカートが回る。アバターの金髪がきらりと流れる。さらに、左腕が掌底の予備動作をとっている。

 ――来るか? Yamatoはプリンセスの移動先を見極める。そこに合わせるように、引き絞った右拳を……鋭く前に突き出す!


 パワーに3振った上で、彼の空手の技量の全てを乗せた必殺技「大和正拳」。超弩級戦艦の主砲のごとき重い重い一発は、姫君のドレスの一部を裂いて中空に放たれた。

 Yamatoの目がいっそう見開かれる。正面から攻撃してきていた筈の、プリンセスの胴体がない。


 これは……<空跳くうとう>!


 プリンセスの掌底はYamatoに向けて放たれたものではなかった。彼女は左の掌で空中を叩き、その反動によって大和正拳を回避していた。これもまた、モストカンパニーのオリジナルスキル。


 プリンセスは回避動作を利用して左回りに一回転。その時、彼女の右腕は今度こそ本気の掌底の構えをとっている。スカートの中の足が、地面に着地する。


 ズドン、と音がしたかのようだった。実際には音はなかったが……それほどの衝撃を感じさせる一撃だった。

 プリンセスの右掌は、大技の直後で隙を晒していたYamatoの顔面に命中した。

 打ち終わりの姿勢は八極拳を思わせる形。令嬢の長いスカートの中では、無音の震脚が地を踏んていた。


 ここで、試合の大勢は決した。


 Yamatoは決して怯まなかった。彼が自ら名乗る「ド根性空手」は絶対に退かない空手。何をされても愚直に接近戦を挑み、必殺の正拳を一度でも当てれば、ほぼ勝ち。そういう戦い方だ。

 が、その接近戦で上手を取られれば当然苦しくなる。


 顔面に掌を打ち込まれているが、そのすぐ下には攻撃直後のプリンセスの胴体がある。Yamatoはそこへカウンターを返すべく右手を引く。


 その時点で、一手遅い。

 拳を突き出す暇もなく、二度目の衝撃がYamatoの顔面に押し込まれた。


「な…………ッ!?」


 プリンセスは、逆の手を使って後方の空間を叩いていた。またも<空跳>。

 そうして自らの身体に推進力を与え、敵の顔面に押し当てたままの右掌で二撃目を出しだのだ。同時に、スカートの中では更なる一歩が踏み込まれている。


「見……事」


 無防備な顔面に二連撃を叩き込まれたYamatoの身体が爆発した。プリンセスは、華麗にスカートを翻して振り返る。


「どう、気に入ってくれた? 真似したくなったら、いつでもサイトから購入してね」


 彼女は商売っ気を隠しもせず、カメラのあるであろう上空にVサインした。


 [FINISH!!]


 [WINNER PRINCESS]



 * * *



 ——準々決勝第3試合、「長柳斎」VS「ドラゴンマン」。


 こちらは明確に、一方的な試合となった。


「……長腕幻踊ちょうわんげんよう

「Noooooooooooooooo――――!!!」


 竜頭を持ち、ウロコ模様の肌に爪と牙を備えた竜人のアバター「ドラゴンマン」。羽と尻尾もしっかりと再現されている。

 メインスキルは<爪牙>。一撃の威力は通常の拳を上回る。そして何より特徴的なのが……<武具:尻尾>を取得している点だ。


 しっかりと攻撃判定を持つその尾は、貴重な背後への攻撃手段であり、第三の腕であり、三本目の足でもある。人体にないパーツのためコントロールは至難を極めるとされるが、それだけ価値のあるものである。


 ――が、そのドラゴンマンが、長柳斎には手も足も尾も出ない!


 衣服を着用していない竜人を相手に、長柳斎が選んだのはミドルレンジでの殴り合いであった。……いや、これを殴り合いと呼んでは語弊があるだろう。ミドルレンジである時点で、殴れるのは長柳斎のみ。


「届かぬ者は、届く者には勝てぬがことわりである」

「No……! No……! Oh my God……!」


 伸ばした腕で、長柳斎が殴る。ドラゴンマンはその腕を爪で引き裂こうとする。が、熟練者たる老師匠のアバターは肘と手首を返してそれを容易く弾く。そのまま、貫手が竜人の肩口に入る。


 ドラゴンマンは今度こそ逃すまいと、自慢の牙で老人の拳に食らいつく。だがその時には既に彼の腕は縮み、元の長さに戻っている。

 そして次の瞬間には長柳斎の逆の腕が伸びており、噛みつきにいった竜頭の横面を殴りつけた。


 相手の腕はそこにあるのに、捕まえる事ができない。左右の腕は二匹の生きた蛇のように代わる代わる現れ、襲い来るたびに長さが違う。

 どうにもならない現状にドラゴンマンは困惑し、焦った。そして状況打開のための博打に出ざるをえなくなった。


「Goa……aaaaaaaaaaa!!!」


 竜の口から赤い飛沫が噴き出した。炎を模した真紅の<ミスト>。

 これは視界を覆い隠す役目だ。間髪入れず、赤い霧の中から竜人が躍り出る。老人の長い腕をかいくぐり、突撃。回転しながら跳び上がる!


 必殺の、跳び後ろ回し蹴り。僅かでも触れれば、足の爪で引き裂かれてしまう恐るべき蹴り技だ。

 長柳斎はそれを……爪の先端まで見切り、躱した。<伸縮腕>の力のみを以て彼は実力者と呼ばれているわけではない。


 が、そこに追加で迫る竜の尾ドラゴンテール


 回し蹴りが通り過ぎれば、当然次に現れるのは尻尾である。不意打ちで何人もの覚醒者アウェイクを沈めてきた伏兵だ。遠心力を乗せた強力な尻尾は長柳斎の、憎き片腕をついに打ち据え、


 そこをそのまま掴まれた。


「……愚か」

「What!?」


 長柳斎は尻尾を持ち、ドラゴンマンを振り回す! その腕はどんどん伸びていく。圧倒的な遠心力がかかり、ドラゴンマンはもがく事すらできない!


「Wait……!! Wait……waitwaitwaitwait」


 半径数メートルにも達したかという長い腕の風車は回り続け……ついに、哀れな竜人を地面に叩きつけた。


「Ahhhhhhhhhh!! I……I’m……Dragon-man!!」


 その言葉を最後にドラゴンマンは爆発した。

 爆風を意にも介さず、長柳斎は腕を戻す。


 [FINISH!!]


 [WINNER TYOURYUSAI]



「筋は悪くない。入門は受け付けるぞ。君の腕が伸びるのは……少々、グロテスクかもしれんがな」


 老人アバターは片手を後ろ手に腰へ。もう片手を顎に当て、余裕たっぷりに呟いた。



 * * *



「いやー、流石に格が違ったわなあ」

「そりゃあねえ。姫ちゃんは13位、長柳斎は18位。こん中で優勝候補筆頭と言えば、当然この二人でしょ」


 長柳斎の大技にややテンションを上げながら、実況席がコメントする。


「まあ、13位つったらBで最上位だしな。おじいちゃんの方は、勝率がすげー高いんだっけ?」

「長柳斎は対戦数が少ない割にポイントが多いというデータがある。実力なら一番だって噂もあるね」

「えっ何それ、俺より強いの。何で俺にはそういう噂ないの」

「知らんよ」


 金谷は手元の資料を見つつ、眼鏡の位置を直す。

 ちなみに彼の眼鏡は特にズレやすいわけではないが、キャラ作りのために定期的に位置を直すそうだ。


「ふーん。しかしアレだな、いいのか?」

「何が」

「これから自分とこの選手が出てくるのに、他の連中を優勝候補とか言ってさ」


 安田が疑問を呈す。だが金谷は特に気にする様子もない。


「そりゃあ、あの子はまだ彼らの域には達してないからね」

「そんなもんか」

「まあ彼女に関しては優勝ともかく、なるべく勝ち残ってもらうのが目的かな。そういう意味で……次はすごく良い相手と当たれたと思ってる」


 金谷は再び眼鏡を直し、会場を見下ろした。

 次の試合を行う選手が入場する。


 ——準々決勝第4試合、「Twinkle★AKARI」VS「A1」。


 鋭一は目の前の少女を見つめる。

 清楚な白のブラウスにハイウェストのスカート、足にはニーソックス。可愛らしさを意識した服装という点では共通しているが、アバターの「AKARI」と比べると露出はかなり控えめだ。


 髪はブラウン。それなりに垢抜けた雰囲気。歳は鋭一より少し上かもしれないが、そう変わらないだろう。

 試合を前に鋭一が軽く頭を下げると、彼女はにっこりと笑って手をひらひらと振って見せた。


「ハロー。こちらこそよろしくね♥」

「……やりにくいなあ」


 またこのタイプか。鋭一は二回戦で戦ったぶりっ子幼女を思い出し、息を吐いた。気乗りしない様子の鋭一に、少女は頬を膨らませる。


「あら、お気に召さない感じ?」

「ガチで戦うテンションには、なかなか。どうにかなりません?」

「そっかー。んー……じゃあ。こういうのはどうかな」


 彼女は何かを思いついたように人差し指を立て、それをそのまま鋭一に向けてウインクした。


「そんな気の抜けたカオしてると……キミの初撃はじめて、頂いちゃうぞ?」


 キラリ、と彼女の全身が一瞬光ったかのような決めポーズ。

 鋭一は一歩たじろいだが、しかし彼女の言葉の中身は、しっかりと届いた。


「……ほ、ほお……マジで。そうきますか」


 少年の目に火が灯った。

 初撃。鋭一の唯一絶対のプライド。それを奪ってやるというのか。

 思わず口の端が歪めながらゴーグルを掴む。鋭一はニヤリと、少女はニコリとそれぞれ笑い、ゴーグルを装着した。


「――やってみろよ」

「なら、遠慮なく♥」


 そして闘技場に、二人の戦士が降り立った。

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