6-3

「ぎょあー! 助けてオニイチャーーン!!」

「冗談じゃねえふざけんな!」


 足を滑らせた幼女がスライディングで足元を狙ってくる。デニム地のミニスカートの中がきわどい!

 余談だがプラネットにおけるアバターは、スカートの中にスパッツや短パンを履くかどうかまで選択する事ができる。アカリや百道のようにサービス精神旺盛なタイプは特にそういったものは用いないが。


 今回の百道のテーマ……『ドジっ子酔拳』。別に酒を飲んでいるわけではなく、酔拳がごとくに読めない攻撃を繰り出す、という意味である。

 何しろ突然に転ぶ。つまずいてタイミングをずらす。理不尽な急加速に急減速。A1は<フラッシュ>のタイミングを掴めず、防戦に回りつつあった。


「もおー! お兄ちゃんたら逃げてばっかりなんだからあ! じゃあ、今度はお兄ちゃんが鬼ね! さっきみたいには触らせないんだから!」


 幼女は「べー」と舌を出し、お尻を叩いて挑発した。

 A1は少しカチンときた。相手のポーズにではない。百道が言外に込めたメッセージにだ。百道はこう言っている。


 ――「次はその掌底を見切ってやる」と。


「いっくよー! ぴょーーん!!」


 百道は飛び出した。ジャンプを繰り返しながら近づいて来る。二度。三度。次で、掌底の間合いに入る。A1が身構える。着地し、再び身を沈めて跳躍体勢に入る百道。<フラッシュ>を使うなら、ここだ。


 A1が閃光を放つ。

 百道はそのまま身を伸ばし、思い切り跳ば……ない!


「あっ……あれえええええええ!?」

「なっ……!」


 幼女は足の裏が地面に固定されたかのように、その場に留まった。<ストロングガム>……短時間だけ強力に効果を発揮できる「接着剤」のスキルだ。

 タイミングをズラされた。光が徐々に収まる。百道はそのまま「ビターン!」と地面に叩きつけられた。そこから、両腕でスプリングして即座に飛び上がる!


 空中から幼女がA1に迫る。<フラッシュ>は一度使うとクールダウンの時間が必要であり、連続使用はできない。閃光による目くらまし無しでの交錯。

 おそらく百道は、A1の「0.6秒動画」を何度も見たのだろう。相手の視点で観戦し、A1の掌底を見切る練習をしたのだろう。

 だからここで見切れると踏んで、勝負にきた。


 だが、A1……平田鋭一は。


「ナメ……るなよ!」


 肩、そして肘の力を爆発させ、掌打を真っ直ぐに突き出して迎撃する。

 ——そう、真っ直ぐに。




「鋭一」


 数日前。プラネット内で、二人での訓練中にアオイが何やら改まった様子で話しかけてきた事があった。A1は何事かと、くの一のアバターに向き直る。


「ん、どした?」

「それ」


 戦場では鬼神となる少女はいつもの無表情で、A1の腕を指さした。


「腕?」

「ちがう」


 彼女は短く首を振った。


「攻撃、さっきの」

「俺の?」


 A1の返事を聞いてアオイは頷いた。二人はここ何日か訓練を共にしていた。アオイのスキルの使い方と……そして、A1のデュエルにおける戦闘の。


「鋭一は攻撃のときに肘が上がる」

「……え? フォームの話?」

「そう。それで攻撃がちょっと、遅れると思う」


 アオイはすらりと言う。初めての事だった。それは暗殺拳の使い手として幼少から鍛えてきた「格闘技の先輩」からの、貴重なアドバイス。


「鋭一、構えて」


 彼女はA1に対し、いつもの構えを取るように促した。A1は指示に従い両肘を引き構えてみる。


「打って」


 続けて、攻撃指示。掌底を放つ。


「違う。だめ」

「うーん、自分じゃどうにもわからんな、癖ってやつは」

「もう一回、構えて」


 アオイは正直な性格だ。つまり駄目な時は駄目と言う。そういえば初めてA1の戦闘を見せた時も「今の相手は凄くない」と断じていた。

 彼女は予備動作なしにキュッ、と真横へ跳び、再び構えを取ったA1の背後にやってきた。そして彼の、後方へ突き出した肘に手を添える。


「こう」


 そのままアオイは、A1の身体を動かして掌底を出させた。いつもより、ほんの僅かだけ低い軌道で腕を前に。彼女は両手をA1の腕に這わせ、肘を挟んで固定する。


「この場所を覚える」

「お、おう」

「ひとりでやってみて」


 そしてアオイはもう一度キュッ、と移動し、A1のそばを離れた。

 まったくプラネットのリアルさとは罪なものだ。A1は口元を押さえた。今、背中に感じた気のする、彼女の「心臓の手前」の感触は黙っておくとしよう。


 A1は何度も構えては掌底、を繰り返す。


「だめ、違う」

「だめ、違う」

「だめ、違う」


「……厳しいな」

「だって、違う」

「…………だよな」


「だめ、違う」

「だめ、違う」

「だめ、違う」……


 A1を指導しながら、アオイはなんとなく郷愁じみた感情に浸っていた。

 身体の動かし方は、まず手を添えて動かしてやって教える。

 そこから出来るようになるまでは、反復だ。たまに修正もしてやる。


 ――すべて、父がしてくれた事だ。


「だめ、違う」

「だめ、違う」

「……! 鋭一、今の」


「で、出来てたか?」

「今の。もう一回」

「おう!」


「……だめ、違う」

「だめ、違う」

「あ、またできた」


 アオイは両手を胸の前で合わせるように叩いた。つい、そういう仕草が出た。彼女は自分自身の動きに心当たりがないといったふうに首を傾けた。そして、少し考えて理解した。


 ああ、今、自分は、楽しいのだ。

 教えた鋭一に成果が出始めた事が、嬉しいのだ。


「ふう、なかなか完璧にはいかないな。……なあ、葵」

「?」

「その……ありがとう」


「……っ」

「ホントに。俺も、もっと強くなりたかったからさ」


 A1の言葉に、アオイは少し返事ができなかった。

 なぜだろうか。唇が固まったように止まり、言葉が出なくなってしまった。


「……ん」


 少し経って。アオイは何とか、小さく頷いた。

 ——鋭一の癖が完全に直るのには、そこから二日を要した。




 そして矯正されたA1の掌底がいま、真っ直ぐに突き出される!


「えっ、速」


 百道が思わず本音を吐く。演技の化けの皮が剥がれている。

 飛びかかりながら両手を振り下ろして攻撃しようとしていた百道の、その顔面に、正面から綺麗にA1の掌がぶつかった。


「ぎゃんっ!」


 反動で吹き飛ぶ幼女。クリーンヒットと言って良い。

 百道の顔からは、鮮血のエフェクトが散っていた。仰向けに倒れるが、すぐに起き上がる。その表情には驚きが見て取れる。


「強っ……。しかも、あれ……こんな減る?」


 減る、というのは、HPの事だ。サドンデス王者「A1」のカード構成がスピードに3振りである事は知れ渡っている。パワーは0のはずだ。

 先日騙されたばかりなので、相手のカード構成を決めつけるのは早計だが……それにしても、ダメージが大きすぎる。

 そして、先ほど己の顔面から出た、血。掌底を受けてあんなエフェクトが出たか?


 百道は高速で思考した。だが答えが出る前に、A1が目前まで迫っていた。

 カウンタースタイルのA1が自らこんなに距離を詰めてくるのは非常に珍しい。


「ちょっ……ちょっと来ないでよ、お兄ちゃんのエッチ!!」


 幼女は短い腕をグルグルと回した。しかし、これは目くらましにすぎない。A1を最大限に引きつけたところで……本気の突きを一本混ぜる。


「…………ッ! うおっ」

「ふふん! どうよ」


 意表をついた貫手は、<フラッシュ>を使う暇すら与えずA1に命中した。HPが大きく削れる。今回の幼女アバターは、パワーに3だ。百道お得意の、見た目とギャップのあるカード構成。

 ……だが。勝負を決めるには一手足りない。


「でもよ。デュエルは一撃食らっても、終わりじゃないんだよな」

「……あら。やるね」


 貫手とクロスするように、A1の掌打が百道の心臓を捉えていた。

 これも彼にしては珍しい……というか、公式戦では初めての事だ。

 一撃貰うと終わりの世界で育ったA1が被ダメージ覚悟の突撃をするというのは。


「俺にはあと一撃だけあれば、十分だったんでな」


 それで、百道のHPは底を突いた。


「……育っちゃったなあ」


 その言葉を最後に、幼女アバターは爆発した。

 勝利のアナウンスが表示される。


 [FINISH!!]


 [WINNER A1]



 A1は自らの手に残る手応えを確かめながら苦笑した。


「そりゃお兄ちゃんだからな、先に育つさ」



 * * *



 二回戦の全試合が終了した。

 ここでの番狂わせは起こらなかった。有力選手たちは観衆の期待通りに躍動し、アカリが関節を砕き、山本が押さえ込み、プリンセスが殴り、長柳斎が投げた。


 とはいえ……順位持ちでない2人が二回戦を突破したのは、記録の上では番狂わせと呼べるものかもしれない。


 アオイは相手の首を腕で抱え込み、捻じりながら後方へ回ってヒザを背中に叩き込んだ。対戦相手は崩れ落ち、爆発。観客席が沸いた。

 レベルB上位勢と比較しても遜色ないどころか、凌駕しているのではないかと思える程の凄まじい動き。もはや彼女は優勝候補と肩を並べる存在とまで、観戦者たちから認識されつつあった。


 ――そして。


「さあ皆さん、長らくお待たせした!」


 壇上に立った”ゴールドラッシュ”金谷がマイクを持ちアナウンスする。

 会場の外周を取り囲む客席では、熱心な観客たちが固唾を飲んで見守っている。


「大会もここからが佳境、真の精鋭によるハイレベルな地獄が、いよいよ始まります! 早速その地獄に挑む戦士たちを……紹介しよう!」


 金谷は手を広げ、後ろを示した。舞台両端からスモークが焚かれる。

 たちこめる白い煙の向こうに浮かび上がるシルエットは、横並びに立つ8人の選手たちの姿。

 舞台上に立体投影された、アバターの姿だ。


 ”モストカンパニー社長”プリンセス。

 ”虹色サブミッション”Twinkle★AKARI。

 ”如意道総帥”長柳斎。

 ”ド根性空手”Yamato。

 ”目覚めし竜王”ドラゴンマン。

 ”職業格闘家”山本道則。

 ”サドンデス王者”A1。

 ”ゴーストニンジャガール”アオイ。


 32人いた参加者は一回戦で16人になり、二回戦を終えた今、ついに8人にまで絞られていた。そしてこれから、ベスト8による組み合わせ抽選が行われるのだ。

 素っ気ないディスプレイ発表だった二回戦と違い、これから先の準々決勝、さらに準決勝の組み合わせは、こうして公開されたくじ引きの元で決められる。


「常連から新顔まで様々……ですが、ここじゃあ経歴なんてモノは関係ありませんね。それでは――順番に、クジを引いて頂きましょう」


 金谷に促され、8人のアバターは1人ずつ順にクジ——壇上の中央に置かれた抽選システムのボタンをタッチした。

 すると舞台上の巨大スクリーンで文字がスロットのように回り……決定した試合順が、表示されていく。


 プリンセス……第二試合。


 Twinkle★AKARI……第四試合。


 長柳斎……第三試合。


 Yamato……第二試合。


 [第二試合決定 プリンセス VS Yamato]


 ドラゴンマン……第三試合。


 [第三試合決定 長柳斎 VS ドラゴンマン]


 山本道則……第一試合。


 ――次は、A1だ。

 胸が高鳴る。唾を飲む。思えば、トーナメント方式の大会でこんなところまで残るのは初めてだった。多少の緊張はある。


 組み合わせの現在の空きは、山本のいる第一試合と、アカリのいる第四試合。

 ここでアオイと当たる事はなくなった。彼女とためには、もうひとヤマ越えなくてはならないようだ。


 さあ、どちらが来る? A1はボタンをタッチする。画面上のスロットが回る。

 ランダムに表示を変える文字列はやがて速度を落とし、彼の試合順を表示して止まった。


 A1……第四試合。


 [第四試合決定 Twinkle★AKARI VS A1]


「アイドル……か!」


 ゴールドラッシュがスポンサーとして囲っている新鋭。

 ある意味、丁度良いか。ゴールドラッシュに辿り着く前のステップとしては。

 A1は彼女のほうに目線を向けてみた。アカリはあざとくウインクしてみせる。

 たいした余裕だ。鋭一はその笑顔を真顔にしてやりたくなった。


 ……そして。


 アオイは壇上で首を傾けていた。

 目の前では金谷がマイクを持ち、先の進行を始めている。

 みんなが押していたあのボタンを、自分はもう押さなくて良いのだという。大会のお楽しみをひとつ奪われたようで、少し残念だった。


 それはそうだ。彼女がクジを引くまでもなく、全ての組み合わせは決定していた。

 アオイは、第一試合。


 A1は視線を感じ、振り返る。しかしそれは彼に向けられた視線ではなかった。

 油断ならぬ目で興味深げにアオイの所作を観察するのは、本職の総合格闘家。




 ——準々決勝第1試合、「山本道則」VS「アオイ」。

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