Battle7 親愛なる強者たちへ② ~Real Fighter

7-1

 ――本職の格闘家でありながら、なぜあえてVRでの格闘に挑むのか?


 その質問に対し、山本道則はかつてインタビューでこう答えている。


「どっかのライターが書きやがったんだ。山本が勝ってるのは恵まれた体格によるところが8割だ、ってな」


「技術が無いみたいに書かれちゃ黙ってられねえよな。だから、やってやろうと思ったわけだ。体格が関係ないトコで戦ってやるよ、ってな」


 最初は、衝動的な殴り込みだった。アバターの体格が腕力に直接関係しない世界「プラネット」へ、彼は実名そのままで乗り込んだ。


 そして彼は、短期間でレベルB上位まで駆け上がる。

 一定の成果を示したため、ゲームからは撤退するとの噂も流れたが、山本は今もこうして覚醒者アウェイクであり続けている。


「やってみると中々に面白かった……本当にそれだけだな。ここにしか居ない強者もいるし……俺の動きや技が、漫画チックな連中にも通用するってのは楽しいもんだ。サクラダの奴をブッ飛ばした時は爽快だったぞ」


「俺自身がスキルを使わない理由? まあ、スタンスだな。俺は『俺』が、奴らを攻略するのを楽しんでるんで」


「レベルAの座を狙うのか? 愚問だろう。俺がここに居て、戦っている。勝利を、頂点を目指さずに何を戦う」


「つまり、そういう事だ」


 過去のある大会の会場にて。彼はインタビューを遠巻きに見ていた『Z』=安田に拳を向けて見せた。安田はあからさまに恐怖して飛び退いた。無理もない。



 * * *



 トーナメント会場中央の舞台にて、対戦者二人は向かい合う。

 まだゴーグルは被っていない。生身の人間二名の対峙。

 一色葵と、山本道則。


 見た目の上では一介の女子高生に過ぎぬ葵に対し、山本の体躯は見事なまでに巨体。高さ、重さ、厚み、全てが違う。

 まだREADYの表示どころか、アバターとして闘技場に降り立ってもいないのに、すでに張り詰めた緊張感が漂っている。

 山本の視線は鋭く、呼吸もルーティンめいた深いものに変わっていた。相手が子供だったら、すぐに泣きだしてもおかしくない程の威圧感。


「済まないな。どうしてもリングというか、戦場に立つとな……実際この雰囲気は『あっち』にもかなり近いぞ?」

「…………。」


 葵は特に返事をしなかった。彼女は相手の「気」とでも言うべきものを鋭敏に感じ取る。目の前の山本からは、既に相当な殺気がにじみ出ていた。

 葵の最大値に比べれば幾分か少ない殺気。しかしそれは山本の肉体に完全に馴染んでおり、彼が殺気を自在に飼いならしている事がわかる。


 ——闘いを職業とする、プロフェッショナル。殺気それは彼の商売道具だ。


「……若いわりに動じないな。このゲームは、慣れるとそういう奴が育つ。まったく恐いもんだ」

「うん。わたしは、大丈夫」

「そうだな。恐がるような相手じゃ面白くない。是非それで頼む」


 そこで会話は終わり、二人はゴーグルを被った。

 ほどなくして闘技場に、二人の戦士が降り立つ。


 赤茶けた大地に向かい合う、くの一と格闘家。

 山本のアバターは、当然での試合時の「山本道則」そのもの。上半身は裸、下半身にハーフパンツのみを着用したスキンヘッドの大柄な男。


 [READY]


 両者が構える。アオイは両手を下げたまま視線を相手に。山本は両の拳を顔の前に出すディフェンス気味の構えをとった。

 それまでも二人の間に流れていた殺伐とした空気が、より濃いものとなった。


 風が吹き、向き合う二人の間を通り過ぎるが、この濃密な雰囲気を洗い流す事はできない。

 そのまま、いくらかの時が流れた。観客の中には、数分が過ぎたのではないかと時計を確認する者までいた。しかし彼の時計の文字盤の上では、秒針が三十度ほど進んだに過ぎなかった。


 何人かが唾を飲む音が、客席のそこかしこから聞こえる。

 一人。二人。三人。その時。


 ——[FIGHT!!]


 沈黙を破り、開戦の合図が告げられた。


 瞬間、戦場に流れる空気がさらに変化する。

 山本の周囲をただよい、彼に寄り添うだけだった戦意がベクトルを与えられ、全てアオイに向けられた。


 しかし、どちらもまだ動かない。アオイは完全な不動。山本は小刻みに左右に動き、様子をうかがっている。

 実況席はこの状況について、次のように語った。


「いきなり膠着しましたか……この試合はどことなく、これまでと雰囲気が違うね。いかがですか『Z』選手」

「山本か……あのおっさんはマジで恐いので勘弁してほしい」

「頼むから解説をしてくれ」


「つまりだな。恐さも武器、って事だよ。経験値も違うし、どうしたって相手は萎縮する。俺でもだ」

「それは安田君だからじゃないの……?」


「相手のコンディションを崩すのも強さのうちって話だ。nozomiさんあたりも使う手だな。俺も、ちょっと恐い顔の練習とかした事あるし」

「それ、成果はどうだったのさ」

「……爆笑された。もう二度とやんねえ」


 安田の経験はともかくとして、彼の言う事は実際、山本もある程度意識してやっている。ナメられたら終わり、というやつである。

 しかし、この相手はどうだろう。目の前のアオイという少女はまるで心乱れる様子なく、自然な構えのまま動かない。


 ならば、山本としても不用意には動けない。彼の経験してきた格闘技の試合において、初手は非常に重要な意味を持つ。


 不用意な初手は、不利な体勢で組まれる事に繋がる。するとそのまま、相手にとって良い位置関係になるように投げられる。あとは寝技で有利なポジションを取られ、ギブアップするしかなくなる。


 一度主導権を渡せば、連鎖的に敗北までのレールが敷かれてしまう。そういう世界だ。だから可能な限り、自分から仕掛けたくはなかった。それは相手にとってもそうだろう。我慢比べだ。


 だが。

 選手控室のディスプレイで観戦していた鋭一はこの時、気が付いた。

 アオイの口元が、少し、ほんの少しだけ、むように緩んでいることに。


「……そうか。あんな恐ぇー奴を前にしても、楽しいんだな」


 自分の試合を前に緊張しつつあった鋭一はそれを見て、どこか安心した。

 彼女はいつでも、戦いの楽しさを思い出させてくれる。

 強者を前にした時の緊迫感と集中。その中でいかに自分の力を出し、技を決め、攻略してやるか。その期待とワクワクを。


「いいよ、やっちまえ。――突っ込みたいんだろ? あの殺気の中にさ」


 瞬間。アオイが加速した。


 墨式――『おもて』!!


 静から動へ。自らの殺気を解放して彼女は真正面から山本を急襲した。鋭く、ただ鋭く。アオイの指は二本の剣となって山本のガードの中へ潜り込んだ。


「な…………ッ」


 山本に隙というものは存在しない。常に連続する意識が相手を捉えている。

 が……しかし。瞬きをしない人間というものがいないように、どれほど集中し張り詰めた意識でも、数秒に一度「継ぎ目」とでも言うべきものが存在する。


 そこを、アオイは狙って突く事ができる。


 今度は、山本が殺気を浴びせられる番だった。獣のごとき純粋な殺意が……そう、これはもはや殺意だ。それほどの「気」が、指先とともに眼前に迫った。


 既に相手はガードの内側にいる。今から身体を掴んでも遅い。眼球を突かれる。

 山本は即座に頭を下げ、屈み込むという選択をとった。

 そこにアオイの膝が迫っていた。


 二段構え。恐るべき、熟達した先読みだ。これは避けられない。

 なので山本は、身を引きながらアオイの膝を額で受け止めた。可能な限り衝撃を殺す。

 そして——捕まえた。両腕でアオイの肩を掴む。


 そのまま力を籠め、相手を仰向けに倒すような投げを打つ。

 これが決まれば山本はアオイに覆いかぶさる形となり、主導権を完全に握ることができる。両肩を押さえられたアオイは腕を使って抵抗する事ができない。


 アオイは背中から倒れ込みながら……膝蹴りのために曲げていた右脚を、思い切り伸ばす。山本の肩口を蹴り飛ばす。アオイの肩を掴んでいた左手が、離れる!

 片手落ちとなった山本の投げから、アオイは身をひねって逃れた。横向きに落ちながら受け身を取り、即座に離れる。


 両者、再びスタンディングポジション。

 山本は驚愕に息を吐いた。

 彼が最も驚いたのは、最初の『おもて』。ガードすら無視する、真正面からの奇襲。あんな技は、現実でもゲームでも、見た事がない。


「……おい、何だ今のは。お前は……お前みたいなのは、にも居なかったぞ……!」

「あなたは」


 アオイは応えるように、静かに呟いた。

 先ほどの獣のごとき殺意は既に消えている。


「とっても強い」

「ああ、お前もな」


 山本は歯を剝きだして笑った。現実の試合中ならば、ありえない事だ。

 いつぶりだろうか? 戦いの最中に笑うなど。


 覚醒者アウェイクは皆、戦法に差はあれど勝利を目指して戦う。

 が、その戦意には二通りあると山本は考えている。


 ひとつは、あくまでゲームとしてのウィナーを目指す者。

 もうひとつは……戦闘者として、相手を叩きのめす事を目指す者だ。

 この二人は、両者ともに紛れもない後者と言えるだろう。


「まったく……なあ、本当に。居るもんだな」


 戦闘中に語り合う余裕があるのも、ゲームの良いところだ。

 無駄に息が上がったり、舌を噛む心配もない。

 思いの丈を、存分に言葉にしながら戦う事ができる。


「まだ、見た事もない技を使う奴が!」


 山本が、動いた。


 自ら前に出ながら、左のジャブ。アオイは最小限の動きで体をずらし回避する。避けるだけではなく、僅かに前進しているのは流石だ。

 山本が攻撃を続ける。回避動作で右に寄ったアオイを迎え撃つような右ボディブロー。だが、アオイは淀みない足運びでこれもかわす。


 山本の右拳は、彼女の脇腹の真横を通り過ぎた。その手首をアオイが掴み取る。間合いが近距離に固定される。

 瞬間。再び、アオイの殺気が解放された。山本ほどの男の、肌が粟立つ。悪寒と快感が、同時に身体の表面を駆け上がる!


 アオイは掴んだ手を引いて相手の頭を下げ、そこへ逆の手で、目潰し。山本は首を倒して回避。さらに頭の位置が下がる。


 これで、届く。

 アオイは目を突きにいった手で、山本の頭部を掴んだ。

 必殺の形だ。


「……やってみろ」


 山本が獰猛な笑みを向けた。

 アオイは動じず、言葉を返す事もなかった。

 返事は、技で返した。


 神速のヒザ蹴りが山本の鳩尾に突き込まれる。大きなダメージ。

 そのままアオイは残った足で地を蹴り、山本を仰向けに倒そうとする。首と腕を捻じりながら。

 首、肩、ヒザ、投げの四つの技が同時に襲い来る。受ける者からすれば、まるで理解不能な代物。


 だが、山本はその技の一つ一つを知覚できる。

 寝技に対応する時のように、相手が力を籠める向きを感じ取る。


 凄まじい力で仰向けに倒されそうになっているが、山本の足はまだ地に着いている。これを踏ん張り、空中にヘッドバットを出すような動きで、掴まれた頭部を解放する。

 首にダメージはある。だが折られては、いない!


 右肩は、もう助かるまい。関節を壊されるに任せる。

 そしてヒザと、投げ。これは難しい動きではない。

 山本は背中から落ちないよう身体を横向きに傾けた。その流れで、鳩尾に当てられたヒザをずらす。


 二人の身体が、地に落ちる。

 アオイは地面にヒザを突き立てる形。山本は余った左手で受け身。


 山本のHPは8割近くが削れ、右手も失ったに等しい。

 だが、生き残った。


 必殺が、必殺でなくなった。墨式が……『とどめ』が、破られた。

 当然のごとく、アオイにとって——いや、一色家にとって初めての経験。

 ゆえに仕方ないのだろう。

 ここで彼女の殺気が途切れ、わずかな隙を見せてしまったのも。


 山本は、そこを突く。


 着地から間髪入れず左腕でスプリングし起き上がる。うつぶせに近い体勢となった、アオイの背後を取る!

 圧倒的に有利な位置取り。それは対戦相手にとって、敗北へと続く固定されたレール。


「ハァーッ……。ここからは、俺の時間でいいか?」


 山本の左腕が、動いた。

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