6-2

 その後も一回戦は、滞りなく進んだ。


「みんなーーーーっ! 今日もアカリのライブ、楽しんでいってね☆」


 アカリはダンスのステップを踏むように、軽快なフットワークで右へ、左へ。BGMには、彼女の持ち歌が流れている。これは<サウンド>というスキルだ。いわゆる無意味スキルに分類されがちだが、彼女はこれで戦いのリズムを取る。


「いっくよー! いち! にー!」


 指を立て、あからさまにカウントしてみせる。そして


「さん」


 言い終わらないうちにアカリは動いた。意表を突くタイミングで、小刻みに身体を左右に振ってからのタックル。

 しかし相手も『順位持ち』。素人ではない。リズムに翻弄されるどころか、読み取って利用するくらいの実力はある。

 タイミングを合わせ、下半身に迫るタックルを膝で迎撃。


「——てん、ご!」


 が、そこまでがアカリの読み通り。


 膝が当たる前に彼女は急停止した。そのまま相手の膝を抱え上げる。

 続けてアカリは、相手の足首を固めて倒れ込みながら体重をかけた。これで、この足は使いものにならないだろう。もはや立つ事もできまい。


 さらに彼女は念入りに、相手の膝関節を抱きしめるように取りつき、思い切り伸ばしてやる。流れるような連続技。止めとばかりに立ち上がって顔面を踏みつけてやると、ついに相手は爆発した。


 [FINISH!!]


 [WINNER TWINKLE★AKARI]


「対戦ありがとう。愛してる☆」


 相手を踏みつける動きからステップを繋げ、アカリは最後に決めポーズを取った。


「——もう聞こえないかな?」


 持ち歌の最後のセリフを呟きながら投げキッス。観客席が沸いた。





 ――右前に飛び出した相手が、空中で方向転換して左へ。<空歩>だ。


 相手は視界の外へ着地した。おそらく屈みこんでいる。右へ注意を向けていた、その死角へ潜り込まれた。よく練れている動きだ。

 そこから、渾身の力を乗せたフックが飛び出した。わかる。十分に強者だ。だが。


 山本道則みちのりには、全て見えている。


「一つ教えておいてやるとな」


 彼は相手のパンチを見切り、その腕を捕まえながら言った。


「今くらいの動きができる奴は、にもいる。スキルを使わなくてもだ。大晦日にテレビでも見てみるといい」


 山本が倒れ込みながら、投げを打つ。完璧な投げを。

 威力自体は、大した事はない。何が完璧なのか。

 投げ終わった時点での、相手との位置関係が完璧なのだ。


 それでこの試合は終わったも同然だった。


 次の瞬間には、山本はうつ伏せになった相手に覆いかぶさるように押さえ込み、さらに後ろ手に肘を極めていた。

 寝技はとにかく練習量がモノを言う。そして経験において、「職業・格闘家」である山本道則を超える覚醒者アウェイクはいないだろう。


 その山本に寝技で上を取られて、抜け出せる者がどれほど居るだろうか。

 相手は寝たまま<空歩>を発動し、空中を蹴って逃れようとする。だが既に全身を山本に捕まえられており、そのくらいでは抜けられない。


 もちろん肘関節を壊したからといってその場で勝ちになるわけではない。そこは現実とプラネットの大きな違いだ。

 山本はこの状況でも油断なく左腕を余らせており、二度、三度、相手の脇腹をパウンドして削る。


 相手はついに苦し紛れに、両足同時に<空歩>。流石の山本も体勢が崩れる。が、それも予期していたのだろう。彼はあえて肘を解放し、今度は両腕を使ってきっちりとチョークスリーパーを極めた。


 プラネットにおける絞め技は、HPが徐々に減っていくという形を取る。

 ほどなくして、既に残り少なかった相手HPはゼロとなった。アバターが爆発。


 [FINISH!!]


 [WINNER YAMAMOTO]


 爆風を至近から全身に受け、それでも顔色を変えずに山本は立ち上がった。


「ギブアップしなかったのは評価してやってもいい。怪我したところで、選手生命が絶たれるワケじゃないんだからな」





 長柳斎の試合は、決着までに10秒を要さなかった。


 試合開始直後。道着姿の老人アバターが、両手を前にゆらりと構える。

 互いの距離はおよそ五歩。

 対戦相手は緊張の面持ちでガード気味に警戒している。


「——教授しよう」


 老人がそう口にした時にはもう、相手は胸倉を掴まれていた。

 彼我の距離は変わっていない。そう、長柳斎の腕が長く伸びていた。

 <伸縮腕>。全スキル中でも最も長いリーチを誇るスキル。


「戦いにて最も大きなもの。力、技……否。それは間合い」


 長尺の<武具>が許されない等、プラネットは射程距離には厳しい。なぜ伸縮腕にはその長いリーチが許されているのか? それだけ扱いが難しいからである。

 練度の低い者が操れば、それは自らの腕を無防備なまま相手に差し出すに等しい。そうして何人もの覚醒者アウェイクが腕を取られ、投げられ、折られてきた。


 無論この相手も、そうしようとした。長柳斎となれば腕を伸ばすに決まっている。わかっていた。腕が迫った時点で叩き落すつもりでいた。しかしそれは叶わなかった。タイミングすら悟れないまま腕を伸ばされ、ガードも搔い潜られて掴まれた。


「な…………!! クソッ」


 いや、まだ遅くはない。彼は己の胸倉を掴む長い腕にチョップを加えようとした。が、うまくいかない。長柳斎は腕に力を入れて押し込み、相手のバランスを崩す。まだだ。再度チョップ。これも空を切る。押したかと思えば、今度は引く。まるで手綱をつけられているかのごとく、彼の身体は長柳斎に操られている。


「君がわしに触れるは許されない。わしからのみ、君に触れる」


 まるで、魔法。


 一切の抵抗が許されないまま対戦相手は宙を舞った。長柳斎が胸倉を掴んだまま腕を振り回したのだ。腕が長いがゆえに強大な遠心力がかかり、もがく事もできない。そして脳天から、地面に叩き落とす。

 一度叩きつけてから持ち上げ、再度落とす。それで相手のアバターは爆発した。


「君が望むなら、如意道に入門したまえ。この技を伝えるに拒む理由は無い」


 老人は低い声でそれだけ伝え、口ひげに覆われた口を閉じた。


 [FINISH!!]


 [WINNER TYOURYUSAI]



 * * *



 一回戦を終えた鋭一は、汗を拭って参加者控室に腰を下ろした。

 興奮が収まらない。自らの右手を見る。握って、開いてみる。まだ感触は残っている。不思議な感覚だった。


 結果は、勝利だった。それも万全の。


 当然ながら相手は「順位持ち」。その動きは上級者のそれであり、まるで隙らしきものはない。

 だが「A1」は、この大会の主催者であるレベルA7位、ゴールドラッシュからすら初撃を取って見せた覚醒者アウェイクなのだ。


 <フラッシュ><ショートワープ>を軸としたヒットアンドアウェイのスタイル。そして今回用意した隠し玉は、確かに通用した。相手も驚いた事だろう。たった3度の掌底で受けたとは思えないダメージの大きさに。


 失いかけていた自信が、熱をもって自分の拳に宿っていくような感覚を鋭一は感じていた。元来彼は、自信過剰なタイプではない。だからこそ「勝てる」と自分が確信できるまでは水面下で練習を続ける。


 が……こうして試合で勝つと、やはりその楽しさに取りつかれそうになる。サドンデスと同じように、己の強さに浮かれそうになる。

 いや、たまには浮かれるくらいでも良いのかもしれない。自分の力に夢を見られないようでは、この先戦っていけない。


 自らを労うように鋭一は思い切り水を飲み、ペットボトルを空にした。すると、彼を発見した葵が参加者の間を縫い、するすると寄ってくる。


「鋭一」

「葵。おつかれ」


 葵はいつもの定位置……鋭一の横に腰かけた。なんとなくだが、やはり慣れたこの並びが落ち着くらしい。彼女は鋭一の服の裾を掴んで話しかけた。


「虫がいた……。鋭一、プラネットは虫がいる?」

「ああ、あの試合か。いや、虫はいないんだよ。アレは、敵が虫の絵を描いただけで……他の試合じゃ出てこないから、たぶん。だからプラネットを嫌いにならないでくれよ?」

「そう」


 彼女は安心したのか少しだけ目を閉じた。

 いつもの調子で雑談していると、鋭一の興奮していたテンションも落ち着いてくる。


「鋭一は、勝った?」

「ああ、勝った」

「よかった」


 普段通りの口調で、葵はぽつりと彼の勝利を肯定した。


「……喜んでくれるのか?」

「勝ち残れば、鋭一ともまた遊べる?」


「どうかな。一回戦終わるごとにマッチング組み直すみたいだから、この先誰と当たるかもわかんねーし。それこそお互い決勝に残りでもしない限り、確実な事は……」

「わたしは」


 葵は横を向き、鋭一と目を合わせる。


「鋭一と遊んだのが楽しかった。また遊びたい」

「……そ、うか」


 思わぬ眼力に鋭一はたじろいだ。しかし……そうだ。確かにあの時、葵は泣くほど喜んでいた。


「わかったよ。そっちも負けんなよ? 俺も、なるべく勝つさ。俺は勝つのが好きだし……それに、今日勝ちたい理由もある」


 彼は少し目線を上げて宙を見た。思い描く。この大会の先、そこで待つもの。レベルAの「格」を鋭一に見せつけた男、ゴールドラッシュ。

 どうにかしてもう一度、あのいけ好かないメガネをブチ割ってやろうじゃないか。鋭一が拳を固めた、その時。


『一回戦を突破した皆さん、おめでとうございます。二回戦の組み合わせを発表しますので、お近くのディスプレイをご覧ください』


 部屋の隅のスピーカーから、アナウンスが流れた。


「きたか……さて、どうなったかな? 行こうぜ葵」

「うん」


 二人は連れ立って画面を見に行く。そしてそこで、見知った名を見た。




 ——2回戦第1試合、「A1」VS「百道」。



 * * *



「わあ、カッコイイ! よろしくね、お兄ちゃん!」

「…………俺は一人っ子だよ」


 A1は片手で顔を覆った。

 目の前には、どう見ても小学生くらいにしか見えない幼女。

 それを操るのは年齢・性別不詳のキリン人間。もはやワケがわからない。


「そうなんだ! だったらホントの妹と思って可愛がってよね!」


 幼女……すなわち百道はウインクしながらピースサインを出した。身に着けた子供服にプリントされたウサギの絵が揺れる。どうも今大会ではぶりっ子キャラをよく見かける気がする。流行っているのだろうか?


 [READY]


 コントじみた状況の中でも、容赦なく戦闘は始まる。

 READYがコールされた以上、構えるしかない。


 A1は前傾し両肘を引いた「飛蝗バッタ」の構え。

 百道はこともあろうに、「ふあぁぁ~~」とアクビしている。

 ——こっちをイラつかせようって魂胆か? そうはいくか。

 A1はあくまで冷静に前方を警戒する。そして


 [FIGHT!!]


 戦いが始まった。


「さあ、一回戦を危なげなく勝ち、デュエルでも通用するところを見せたサドンデス王者。彼はどうですかね安田君」

「A1か。あいつは、良くないな……。動画の再生数が俺より多いところが良くない。というか奴についてなら、むしろそっちに聞きたいね。実際に一発貰ったんだろ?」


 相も変わらずラフでフランクな実況席。金谷は、かつてサドンデス・ルールで対峙した相手の事を思い出す。


「いやあ、彼は良くないね! 私のメガネに掌底当てちゃうあたりがかなり良くない! ……しかしそれはそれとして。今回の百道とは、相性があまり良くない気はするね」


 試合が始まると同時、A1は小刻みなフットワークを開始していた。慎重に間合いを測る。何しろ油断ならない相手だ。加えて、その百道が一回戦を突破しているという事実。


 つまり今回はおそらく……の部類だ。


「あれー? お兄ちゃん、どうしたの? こっちきて遊ぼうよー!」


 幼女は両手をピコピコと上げ下げして訴える。当然そんな誘いに乗るA1ではない。彼女(?)は不満げに口を尖らせた。


「もー! つまんなーい! じゃあ、こっちから行くからね!!」


 そして百道は大胆にも、ドタドタと大股で走ってA1に突っ込んでくる。無防備にも程がある。

 何らかの攻撃手段があるのかもしれない。ならば狙いを狂わせてやれば良い。警戒を解かず、A1は<フラッシュ>のタイミングを計る。

 百道が近づく。掌底の間合いまであと少し。そこで、


「抱っこしてー! お兄ちゃああああああああ——!?」


 女児が地面に蹴っつまずき、派手につんのめった! 両腕をバタバタと泳ぐように回す。と、同時に……A1の視界の端に映ったものがある。

 空中にある百道の足が一歩、足踏みをする。何もない宙を蹴る。


 ――<空歩>!


 幼女が前方に射出される。

 A1は応じるように<フラッシュ>。だが、反応が遅れた。

 百道の飛ぶ軌道は山なりで、このままではA1の足元まで落ちてくる。この構えのウィークポイントである足元へと的確に!


「うおお……ッ!」


 前屈みの姿勢のままA1は真下を向いた。そして掌底を放つ。うつ伏せで滑り込んでくる百道の背中へと。


「——ふぎゃん!」


 間抜けな声をあげて百道は潰された。その隙を逃さず、A1は<ショートワープ>を発動、再び間合いを取る。

 やられていた。見切りを磨き続けていなければ。


 百道はがば、と起き上がった。いちいち動きがコミカルだ。嫌味なほどに。


「もおーう! お兄ちゃんのイジワルう! 初見で見切っちゃうなんてつまんないじゃない! あたしの今日のテーマ……『ドジっ子酔拳』を!」


 A1は構えを取り直し、苦笑した。


「ははっ……なんつう可愛くねえガキだ」

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