Battle6 親愛なる強者たちへ① ~宴のはじまり

6-1

 ゴールドラッシュ杯「チャレンジトーナメント」。


 今回は『順位持ち』30名、推薦枠2名の計32名で争われる。

 大会形式は1対1の単純なトーナメントで、5回勝てば優勝となる。だが回数以上にその道のりは遠い。


「さあ、というワケで、今から行われる1回戦を順に見ていきましょう。同時に4試合ずつ進行しますんで、ダイジェスト的になる点はご容赦願いたい!」


 自ら司会の席に座った金谷が実況を始めた。実況者を雇う事もできるが、喋るのは彼の趣味のようなものだ。


「まず最初の4試合で注目は……話題性から言ってここでしょう。どう思いますか、『Z』選手?」

「帰りたい」


 隣の解説席に座らされた安田はやる気なさげに頬杖をついている。

 毎度のように解説者として呼ばれるのに彼はややうんざりしていた。が、最強の覚醒者アウェイクも、出資者であるスポンサーには逆らえないのである。……そう、ゴールドラッシュの囲っている手持ちで最強の駒、それが『Z』だ。


 彼らは行われている試合の一つに目を落とした。

 今大会の飛び入り参加者にして、いま最もホットな話題となっている覚醒者アウェイクの試合に。



 ——1回戦第1試合、「アオイ」VS「タンポポ」。



「なんだこいつ、聞いた事ないぞ? タンポポ……?」


 鋭一がパンフレットを見ながら呟いた。彼は一回戦の出番が後半なので、今はまだ客席で観戦をしている。

 しかし、『順位持ち』くらいは全員把握しているつもりでいたが、タンポポというのは見覚えのない名前だった。パンフの記載によれば、現在84位。


 客席から見下ろす戦場では、テーブルを挟んで、これから戦う二人が向き合っている。片方は一色葵。もう片方は、サングラスをかけた細身の青年だった。少なくとも、この手のリアルイベントで見かけた事はない。


 とはいえ、どのような相手でも今の葵ならば問題はない……はずだ。この一週間、鋭一は葵と特訓しながら様々な事を教えてきた。「ゲーム」としてのプラネットの事を。


「へえ……キミが噂の。ずいぶん可愛らしいね」

「?」


 青年が口を開いた。葵は黙って首を傾ける。


「すごく……楽しくなりそうだ」

「うん、たのしく遊ぶ」


 葵は頷いた。

 それを聞いた鋭一は口の端を持ち上げてニヤリとした。そうだ……実力者ども。思い知るがいい。

 一色葵の「たのしい遊び」がどういうものか。


 審判が合図をし、二人はゴーグルを装着して着席する。

 ——そして、闘技場に二人の戦士が降り立った。




 アオイはいつもの忍装束。すでに両手を下げた構えをとっている。

 一方の「タンポポ」はフードつきのコートを着た青年のアバターだった。コートはそですそも長く、体のシルエットはわからない。


「さあ、話題の『ゴーストニンジャガール』アオイの登場だ。彼女に関してはネット上でも噂が錯綜してて、どこまでホントかわからないのが正直なところ。果たしてその実力はどうか」


 実況席の金谷が注目選手を紹介し、煽る。

 実際のところ、アオイに関する噂は真偽さまざまだ。客席にいる鋭一の近くからもひそひそ話が絶え間なく聞こえる。


 いわく「何でも無敗らしい」「突然消えたりするらしいぞ」「あの『悪童』を野試合で退けて参戦したとか」「マジで!? 道理で出てないと思った。あいつ嫌いだけど強いのに」……。


 最後の噂には鋭一も苦笑した。おそらく珠姫が流したものだ。彼女に聞けば「嘘はついていない」と胸を張るだろう。


「そしてそのアオイに対するのは、タンポポ。聞きなれない名前ですが、れっきとした現在の84位です」

「……? いや」


 正体不明と思われたタンポポのアバターを見た瞬間、安田が反応した。


「コイツあれだろ、サクラダ。コートが長いとことか、あのムカつく笑みがそれっぽい」

「……ほう、なるほど。言われてみれば」


 言われて金谷も納得がいった。それは実況席の会話を聞いていた鋭一もそうだった。


「サクラダ……か!」


 一回戦から長柳斎などの本命と当たらなかったのは運が良かったと思っていたが、ランダムで百道と当たった時といい……なかなかどうして葵のマッチング運は微妙なのかもしれない。


 [READY]


 合図が始まった。アオイは相手をまっすぐに見たまま動かない。そしてタンポポは……コートのポケットに両手を突っ込み、おおよそこれから戦いに臨むとは思えない姿勢をとった。


 [FIGHT!!]


 戦闘、開始。

 それと同時に、タンポポはポケットから右手を引き抜いた。人差し指を前方に向ける。そして


「ビーム!」


 その指先から、直線的な光が迸った。


 アオイは即座に反応して半歩ほど回避。彼女の肩のすぐ横を通り過ぎた光線は、後方の地面にぶつかると「ジュウッ」という熱のこもった音を発し、着弾点からは白煙が上がった。


「…………!?」

「いいリアクションだ!」


 非現実の極致ともいえる現象を前にさすがのアオイも目を見開いた。その瞬間にはもう、タンポポはアオイの至近にまで迫っている。タンポポが右拳を繰り出す。アオイが腕でガードする。彼女が相手の拳を受け止めた瞬間。


 ド ッ ゴ オオオォォォォォォォン


 タンポポの拳が瞬間的に発光し、火薬を使っているとしか思えないような強烈な爆発音が響いた。

 ガード状態のアオイがびくりと反応する。ダメージに備え、身をこわばらせる。


 しかし彼女を襲ったのは爆発によるダメージではなく、その隙をついたタンポポの左ボディーブローだった。

 アオイは身を捻って回避を試みる。だが驚いた分、わずかに遅い。相手の拳が脇腹をかすめ、それはHPへのダメージとして計上された。


「いやあ、初々しい反応だ。いいねえ! しかし私のダイナマイト・パンチに反応するとは君もやる」

「…………!」


 アオイは一度飛び離れ、体勢を立て直した。タンポポも再び両手をポケットに入れる。


 客席の鋭一は固唾を飲んで見守る。

 やはり、葵のクジ運は決して良くないのだろう。このタンポポ(サクラダ)は格闘者というよりも、典型的な「ゲーム的戦術」を使う相手なのだ。


 ビームの正体は、前方に<ミスト>で道を作り、そこに<フラッシュ>を当てただけ。雨の日に車のライトの道筋がはっきり見えるのと似た原理だ。

 着弾と同時に<ノイズ>というスキルで溶解音を出し、さらに<ミスト>を煙に見立ててやる事でいかにもフィクションのビームらしくなる。


 ダイナマイト・パンチも似たようなものだ。拳を当てると同時に<ノイズ>で爆発音、<フラッシュ>で光を出す。

 これらはいずれも直接的な威力がなく、攻撃系や移動系のスキルと比べるとスキル装備枠をほとんど圧迫しないため多数装備する事ができる。

 一つ一つは大した効果を持たない安いスキル。しかしそれらを独創的に組み合わせて優位を取るのが、彼の戦い方だ。


「さあ、もっと遊ぼう」


 タンポポが、再びポケットから両手を引き抜いた。その両手からは、バチバチと爆ぜる音とともに黒い稲妻のようなものが迸っている。


 <ノイズ>そして、空中に模様を描く<ドローイング>。慣れている者ならば看破するのは難しくない仕掛け。しかしこのVR世界で「実際にそこにある」かのように見せられると、無視するのも簡単ではないものだ。

 タンポポが前方へダッシュ、アオイに迫る。右手でチョップの構え。


「この両手に触れたら全身が焼け焦げるぞっ!」


 ハッタリを交えながら攻撃を繰り出す。

 一色葵は、素直で真面目で、馬鹿正直なところのある性格をしている。もちろん彼の言葉もすべて信じる。

 やはり彼女にとって、この相手は決定的に相性が悪かったのだろうか?


 アオイは「全身が焼け焦げる」ほどの危険な攻撃を前に、一歩引いた。相手も追うように前進する。

 左方から迫るチョップに対し、右へ体を倒して回避する。すると敵は右からも貫手を出してくる。

 身体を傾けた状態から、アオイは、右足を軸にして跳んだ。相手の両手の間を縫うように右回りに回転しながら、左脚を上へ蹴り上げる。


 アオイの飛び蹴りは、タンポポの顎を正確に捉えていた。


「アガ…………ッ!?」


 驚愕の声が漏れる。大きくHPを減らしながらタンポポは仰向けに吹き飛んだ。ダメージが大きいが、すぐに頭を振って起き上がる。

 アオイもまた跳び蹴りから着地し、両手を下げたデフォルトの構えに戻った。


「…………たのしい」


 彼女の口から、思わず本音が漏れる。


 そう、アオイもいつまでも驚いてばかりではない。

 ビームや爆発、稲妻の手。ありえないファンタジーな攻撃。それらをかわして、こちらの攻撃を決める。

 まさに、ゲームだ。これは一色葵が初めて経験する、たまらなく楽しい体験型アトラクションだった。アオイは快感に少し、身震いした。


「凄い……凄いな。ずいぶん楽しそうに戦うね。好ましいよ」


 タンポポが口を開く。重い一撃を受けていながら、その口元は笑みを失っていない。


「私はね、人生とは、死ぬまでに得た快感の総量で決まるんじゃないかと思っているんだ。人が富を、名誉を、勝利を求めるのは何故だ? それらが全て『快』の感情に繋がるからじゃないのか?」


 彼は再び両手をポケットに収めながら語る。


「キミの最も楽しい事は何だ? やはり戦いか?」

「うん」


 敵からの問いに、アオイは正直に頷いた。が、


「……あ、でも」


 彼女はそこから、何かに思い至ったかのように言葉を繋ぐ。


「あと、寝る前、とか」

「寝る前?」


 アオイは昨晩を思い出しながら視線を宙に泳がせた。


「明日も遊べると思うと……うれしくて、とっても楽しい」

「ほう」

「鋭一が……明日も一緒に遊ぶって、言ってくれたから」


 呟くような声だった。しかしその語尾には、どこか明るい響きがあった。

 客席でそれを聞いていた鋭一は、なんだか恥ずかしくなって顔を伏せた。わざわざ名前まで出さなくても、と思う。

 しかし葵は今でも、帰り際に必ず聞いてくるのだ。「明日も遊んでくれる?」と。だから毎日答えてやる。それが彼女にとって、聞くまでもない当たり前になるまで。


 ――ああ、明日も遊ぼう。


「ほう……ほう、ほう!」


 その話を聞いたタンポポは、いっそう笑みを濃くした。何かの琴線に触れたらしい。


「これは面白いぞ! 形も見えない『明日』そのものが、快感を与えてくれるなんて! それって無敵じゃないか!!」


 彼は顔を上げ、やや身を屈めた。ポケットの中の手が動く。来る。


「キミと戦えてよかった」

「うん」


 アオイは返事しながら集中力を増した。

 タンポポが、手を出さぬまま前方へダッシュする。

 まだ十分に距離がある。アオイはいつもの構えをとったまま、足元を爪先立ちへと変化させた。その時。


 タンポポがポケットから手を引き抜いた。何かを下手で投げるような仕草を取る。アオイは腕をクロスしてガードする。


 ――何の衝撃もない。

 代わりに、カサカサという乾いた音が耳に届いた。

 何だろうか、と彼女は訝しむ。次の瞬間。


 彼女は自らの二の腕を這い上ってくる茶色い昆虫の姿を見た。




 そこから先は、様々な事が起こった。


 結論から言えば、一色葵はゴキブリが大の苦手である。人間相手では無敵に近い彼女といえど、虫を暗殺するような技は習っていない。


 ゴキブリを前に、身をのけぞらせて嫌悪感に震えるアオイ。

 彼女のリアクションはタンポポを大いに興奮させた。彼の「快感」にはこういったものも含まれる。<ドローイング>のスキルを用いれば、相手の腕にゴキブリ柄の模様を出現させるなど造作もない。


 こういった悪質な「遊び」をするせいで、中には彼の名を見るだけで対戦を拒否して投了するプレイヤーまで出るようになった。

 だから彼は定期的に名を変えるのだ。最初はサクラダという名だった。そこからヒマワリ、クリタ、ユキオ……なんとなく四季をなぞっていき、今は一周してタンポポ。


 相手の隙を誘うという点で、この戦法は功を奏する事も多い。元の格闘センスも悪くない事から、おおよそ彼は安定して100位以内にいる。


 が、相手を驚かせるのが必ずしも有利に働くわけではない、という話である。


「…………!!!」


 アオイは一気に頭に血を上らせた。身をすくませて動けなくなるような弱気な少女ではない。彼女にとって憎むべきゴキブリがそこにいる。

 ならばアオイはどうするか?


「…………たおす!」


 とてつもない殺気が、彼女の全身から溢れ出した。

 ゴキブリの取りついた右腕を、渾身の勢いで振るう。

 その目の前には、隙をついて攻撃を加えようとしていたタンポポの姿。


 アオイのチョップまがいの強烈な右腕がタンポポの横面を殴り飛ばした。

 しかしゴキブリはアオイの腕を離れてくれない。当然だ。それは腕に描かれた絵なのだ。が、アオイにはもちろんそんな事はわからない。


「たおす。たおす」


 何度も何度も腕を振り下ろす。そのたびにタンポポが殴られる。おそるべき速さと重さ。人間離れした殺人ラッシュ。なお余談だが、アオイは以前と変わらずアバターのパワーに3振っている。


「なんで……たおせない……!」


 凍り付くような殺気の籠もった目でアオイは腕を振り続けた。もはや前もろくに見てはいないだろう。それを続けるうちにやがて、目の前で爆発が起こった。対戦相手のHPがゼロになったのだ。


 [FINISH!!]


 [WINNER AOI]


 勝利画面が表示され、気が付くと腕のゴキブリも消えていた。

 アオイはようやく落ち着いた顔になり、ふうと息をついた。


「たおした……」


 もはや何と戦っていたのかすら、定かではなかった。

 実況席は少し呆然とした後、次のようにコメントした。


「これは……ヤベエ、だろ」

「……というと?」


 思わず身を乗り出した安田に、金谷が聞く。


「この子、テクニックにいくつ振ってる? あんなアクロバティックな蹴り、滅多に見ねえぞ。最後のラッシュもだ。あんなもん俺だって避けられん」

「安田君は避けないで捌くでしょう」


「まあ、そうするしかないな。しかし物騒だなあ……あの子とは付き合いたくない」

「そもそも女の子と付き合った事ないだろ、安田君」

「うるせえ。テメーだってお熱のJK社長から相手にされてねーだろが」


 二人は顔を見合わせた。こちらの勝負はドローに終わったようだ。

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