5-3

 会場は既に盛り上がりつつあった。


 プラネットを模して床に赤茶色の絨毯がひかれた観戦スペースでは、出場者名簿の載ったパンフレットを持った観客たちが、口々に注目選手の名を挙げて語り合っている。


「オイ今回、けっこう凄いな……『アカリ』に『山本道則みちのり』、『プリンセス』まで出んの……? ていうか『長柳斎ちょうりゅうさい』いるじゃん!」

「そうそう、それヤバイよな」


 順位持ち……レベルA予備軍と言われる今大会の出場者たちは、不動の強者であったり成長株であったり、バラエティに富んでいる。安定しているレベルAよりレベルB上位のほうが面白い、という声もあるほどである。


 アイドル活動を行い、ビジュアル人気も高い新鋭「Twinkle★AKARI」。

 本人がリアルでも格闘家である実戦派「山本道則」。

 曲者揃いのモストカンパニーを束ねる最強のスキル巧者「プリンセス」。

 VR上の格闘流派である『如意道にょいどう』の総帥にしてレベルB最強との呼び声も高い「長柳斎」。


 トーナメントの組み合わせは未発表だが、それを想像するだけでも夢が膨らむ豪華なメンバーだ。

 しかも「リアルイベント」である今大会では、それに加えて特別なお楽しみがある。有名覚醒者アウェイクの素顔を拝む、またとない機会なのだ。


 語り合う観客たちの一部が、にわかに騒ぎ出す。

 参加受付に、顔のよく知られた人物が現れたのだ。

 女子高生社長・最上珠姫……アバター名はプリンセス。優勝候補の一人だ。


「プリンセス……! って事は後ろのはモストの連中か?」

「あっ、男のほうはネットニュースで見た事あるぞ。A1だろ、サドンデス王者……! 出るのか? 今回デュエルだぞ」


 周辺の目が、すぐに彼らに集まった。高校生くらいの、男女3人の集団だ。そう、プリンセスとA1、それ以外に……もう一人いる。


「おい、あと一人女の子いるぞ。モスト絡みで、っていうと……」

「多分そうだろ、アカリに喧嘩売ったってウワサもあるし……」

「え? マジで? あの子がそうなの?」


「「「ゴーストニンジャガール……!」」」


 彼らの目線の先には、水色のワンピースを身につけた黒髪の少女の姿があった。


「あんな大人しそうな子が……」

「いや、でも目のあたりとかそれっぽくない?」

「か、かわいい」


 少女は小柄かつ物静かで存在感が希薄だが、その表情には確かに噂の「ゴーストニンジャガール」を思わせる面影があった。




「うわあ、なんか注目されてんなあ」


 ……多数の視線を向けられ、鋭一は不安になってきた。自分はいい。葵の首がだんだん傾いてきたのだ。


「葵。わかってると思うけど、このへんにいるのは敵じゃなくて観客だからな? ほら、落ち着いて……」


 慣れない景色に戸惑う葵をリラックスさせようと、鋭一は背後から葵の目を手のひらで覆い、目隠ししてやった。周りに沢山の人がいるという事を少しでも忘れさせてやりたいという、親切心だった。


 しかし、それは裏目に出た。


 葵の反応は素早かった。視界が塞がれたのとほぼ同時に体が動いていた。機敏な足さばきでくるりと反転、スカートがふわりと舞う。そのまま瞬時に突き出された二本の指が鋭一の眼球に迫る! それを鋭一は片手でなんとか払った。


「うおおお!? 久しぶりに出たな! 俺、何かマズい事した!?」

「……奇襲されたかと思った」

「奇襲っていうのは今、俺がされたような事を言うと思うんだが」


 そのやりとりに、周囲はさらにざわついた。生身でこれほどの動きができる少女、それに反応して捌く事ができる少年。どう見てもただ者ではない。

 鋭一はしまったと思った。さらに注目を集めてどうする。これ以上、葵を緊張させるのも良くない……。


 が、直後、状況が変わった。

 彼らとはまた別の方向から、大きな歓声が上がったのだ。


「おい、見ろ! 百道が出場するらしいぞ!? あっちに来てるって!」

「えっ? 素顔出してんの?」


 性別不明とすら言われた、謎の配信主が現れた!

 あたりはにわかに騒ぎ出した。人々は指を差し、そちらへ押し寄せた。

 そこで彼らが見たものは。


 キリンのかぶりものを被った、あからさまな不審人物だった。


 背は高くも低くもない。服装はパーカーにジーンズ。体つきは華奢で、男性的でも女性的でもない。首から下だけでは性別も年齢も特定不可能だ。


100ch.ヒャクチャン、大会スペシャル~~! ……という事でね、こないだのアバターが当たったんで順位持ちになれました。そしたら大会にも参加させて貰えるらしい! というわけで記念に公開生放送というわけです! やったね!」


 そう言って、キリン人間は動画を自撮りするスマホに向かってピースした。

 もちろん、声はいつもの中性的なものだ。

 結局、何の情報も得られず群衆は憤慨した。


「取れよそれ!」「本物の百道なんだろうな!?」「結局何者なんだよ!」


「何者かというと、今日の私はキリンマンですので、断じてキリンですね」


「「「なんなんだよ!!!」」」




「さてお二人さん、イチャイチャは終わったかい? 参加登録終わったからそろそろ行くよ?」

「お、おう……」

「うん」


 珠姫が振り向き、二人を促す。

 百道周辺の騒ぎを横目に、なんとか解放されたモストカンパニーの一行は大会受付を後にしたのだった。



 * * *



「選手の皆さん、そして観客の皆さん! よく集まってくれました!」


 広々としたホールの中央に据えられた壇上で、スーツの男……金谷健吾=ゴールドラッシュが手を広げた。


 スラリとした長身、ストライプ柄のスーツにメガネ。見た目はプラネット内のアバターとほとんど変わらない。清潔感あふれる青年実業家はマイク片手に意気揚々と語り、眼鏡を光らせる。無論、彼はプレゼンテーションが大の得意だ。


「パンフはもうご覧になって頂けたでしょうか? 今回は、ヤバい面子を集める事に成功しました……耐性のない人は、この場の空気を吸うだけで死ぬかもしれない! そのくらいの濃度です!」


 彼の立つ壇上の目の前には、集められた覚醒者アウェイクたち。プリンセスや長柳斎をはじめ、レベルBのトップクラスや曲者が所狭しと集っている。


 さらにその外周を囲むように観客席。チケットを有料で購入し来場した彼らは、プラネットの、ランキング戦の、あるいは特定の覚醒者アウェイクの……いずれかの熱狂的なファンだ。彼らは思い思いに歓声をあげ、この開会式の盛り上がりに一役買っていた。


「チャレンジトーナメント……皆さんご存知の通り、これはプラネット運営から認可された大会です。つまり優勝者はレベルA……この私と戦う権利が与えられる。7位の座を賭けて!」


 レベルAは、ある意味無慈悲だ。たった一度の「入れ替え戦」に敗北した場合、即座に順位を明け渡さなくてはならない。それまで稼いだポイント数に関係なくだ。


 入れ替え戦はリーグ戦のないオフシーズンにしか行われず、数もそこまで多くない。大抵はこういう形で「チャレンジトーナメント」が開催され、優勝者だけが挑戦権を得る事が出来る。それだけに次代のレベルA候補を見極めるこの大会は注目度も高い。


 金谷はイベントを盛り上げるべく、次の話題を切り出す。


「さらに今回は……なんと。解説に、レベルAのを呼んでいます! いいですか、皆さんは本当に運が良い。この覚醒者アウェイクはレベルA、その中でも紛れもなくトップクラスだ!」


「「「オオオオオオオ!!」」」


 客席からひときわ大きな歓声が上がった。プラネットの頂点たるレベルAが、もう一人来る。しかもその中でもトップクラス。という事は……? 期待感が否応にも高まる。ああ、今日ここに来て良かった!


「さっそく紹介しましょう! 本日のゲスト……レベルA”1位”! 『Z』さんです!!」


 高らかに、頂点たる男の名がコールされた。ステージの両端からスモークが焚かれる。そして煙の中から、「最強」が姿を現した。


 会場が静まり返る。


 そのまま2秒、3秒。


 やがて何人かが、声をあげた。


「「ああ…………」」


 白けた声だった。それから会場中にひそひそ声が、さざ波のように広がってゆく。


「なんだ安田か……」「また安田だ」「いつもと同じじゃん」「ついにnozomiさん見られるのかと思って期待しちゃったよな……」「あっそれ俺も」「俺もだ」


 潮が引くように盛り下がっていく会場。見かねて金谷がマイクを取る。


「おいおい皆さま、"最強"がここに居るのにそれは無いんじゃないの? 安田君だってお金払って呼んでるんですからね」

「お前まで安田って言うなよ!」


 すっかりスモークの晴れた壇上で、安田……いや「Z」は口を尖らせた。

 量販店のシャツに、ジーンズ。どこにでもいそうな黒髪の青年。


「くそっ、やっぱ俺ってキャラ薄いのかな。1位のオーラ? みたいなの? 無いみたいだし……nozomiさんはいいよな、ファンクラブとかあるんだもんな」

「元気出せよ安田ー」


 客席から野次が飛ぶ。


「うるせーよ! ホラ今日もこんな扱いだし。お前ら、俺が出てきた時なんつった? 『ああ……』っつったよな。それチャンピオンに対するリアクションじゃなくない? どうなの?」

「まあまあ。チャンピオンなら堂々としてろよ」


 金谷が肩に手を置いてなだめてやる。だがまだ安田は不服そうだ。


「なんか最近さあ、俺が負けそうなほうが試合盛り上がるんだよね……。人気ないのかな」

「そりゃお前が勝ちすぎるからだろう」

「どうせ俺なんて、勝つ事しかできない男さ……」


 安田はため息を吐いて沈み込んだ。

 このままだと大会が進行しそうにない。金谷はパン、と一度手を打ち、無理やり進める事にした。


「ハイ、じゃあ安田君から、開会の言葉を頂きたいと思います! みんなも応援してあげて!!」


 すると客席から、徐々に声が上がってくる。


「頑張れ安田―」「なんかいい事言えー」「俺たちがついてるぞー」


 安田は顔を上げた。彼は肩をいからせながら金谷からマイクを奪い取り、大きく息を吸い込む。眼が据わっている。

 そして叫んだ。


「うっせーーーバーーーカ!! 大会でも何でもさっさと始めろ! そんで俺んとこまで来い! さっさと来い!! お前ら全員フルボッコにしてやっからな!!」


 それが開会宣言になった。


 選手たちや、観客の中からは「何だと安田ァー」「やってやらあー!」という叫びが上がる。会場は歓声とも怒声ともつかない様々な声で満たされ、結果的には大いに盛り上がった。


 ランキング1位『Z』——本名、安田晴人。

 彼はどこにでもいる、親しみやすく子供っぽい「ゲーム好きのお兄さん」なのだ。




 ——その頃。周囲の喧騒の中で、一色葵は大いに首を傾けていた。


「鋭一……。あのひとは、一番強い……? あれ??」


 目に見えて困惑している。無理もない。『Z』は葵に「人を殺したことがある?」とまで言わしめた存在……のはずなのだ。鋭一には、彼女の言わんとするところが手に取るようにわかった。


「だから言っただろ。あの人は、ヒトを殺したりなんてできない。そんで……まあ、ああいう人だよ」


 鋭一はそう答えるしかなかった。初めて「安田君」を見る者は多かれ少なかれ、同じような感想を抱くだろう。

 葵は首を傾けたまま呆然と壇上の安田を見つめ、口も半開きになっている。あの一色葵にここまでのリアクションを取らせる人間は珍しい。


「つ、強い……?」

「ああ、すっげえ強い」


 ただ、動画で葵が見た実力、それは嘘ではないのだ。


「……そう」

「いいから、組み合わせ見に行こうぜ」


 葵の背中を押しながら、鋭一は壇上を振り返る。

 未だ一部の観客とギャーギャー言い合っている安田。

 しかしあの男こそが紛れもなく、このゲームの戦いを極めた王者なのだ。


 何人かの視線が、同じように安田を見ている事に鋭一は気が付いた。

 アカリ。山本道則。長柳斎。

 彼の「俺んとこまで来い」という言葉を本気にした者たち。


 それはもちろん鋭一もそうだ。そして。

 鋭一に背中を押されながらつい振り返る葵もまた、そうなのだろう。

 彼女の疑惑交じりの瞳は、しかし『Z』に何かを期待しているようでもあった。


 レベルAへの挑戦権。それを掴めるのは、この中でたった一人。

 大会が、始まった。

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