Sleeping sister

六桧 史枝

唐突な始まり

 春休みが始まってから1週間も経たないある日の事だ。ぼくは家のある閑静な住宅街を出て、大きな街の駅まできていた。

 晴天とも曇天とも言えない、風の強い寒空の下、多くの人が頭上の電光掲示板を見たり、足早に改札を通り抜けている。ぼくは辺りを見回して、コンビニの隅で制服を着て立っている女の子を見つけた。


「舘前さん」


携帯から目を離して、彼女はこちらを見た。マフラーを巻き直し、ロングヘアーを撫でて、そしてぼくにビシッと指をさした。


「遅いよ、充くん」

ぼくは反射的にとりあえずごめんと言った。


しかし時計を確かめてみれば時間通り。どういうことだろう。でも初対面で指摘するのもなんだか大人気ないなと思って、それはやめた。とりあえず制服について問うと、彼女は肩から先まである長い黒髪を片手で撫でながら、素っ気なく


「目印になると思って」と答えた。


確かに、この街は学校の通学圏から離れており、部活の為に駅を利用する生徒も少ない。ぼくが頷いて、彼女に同意を示した。すると彼女は続けて何かを喋ろうとして、小さく口を開いて、また閉じて、そして口を開いた。

「それに充くんとデートするためにきたわけじゃないもの」

ぼくは殆ど期待していなかった可能性一つを心のなかで握り潰して、小さくため息を吐いた、やれやれ。


          ——————————————


 舘前さんは駅前に運転手付きの車を用意していた。その後部座席に乗りこんだぼくはことの発端について考えた。そもそも高校に通い始めてからのこの1年、舘前さんとぼくの間に接点はなかった。というのもこの社会における階級において、ぼくと彼女は違う位置に存在しているからだ。人体のメカニズムが徐々に解明され、人間の脳の力をより開花させるメソッドが誰にでも施せるようになった今、能力者は一般人と呼ばれるようになった。ただし、その中でもトップクラスと認定された人間は今でも能力の開示が限定され、各種の特権を与えられるものの、人との接触を抑えられる。つまり、彼女がそれに該当し、ぼくは違った。当然のように同じ学校でもクラスは分けられており、見る時といえば廊下ですれ違うどころか、二つある校舎のうちの一つに彼女が特別クラス用の門を通じて、入っていくその時ぐらいである。

 しかし今日になってそんな関係に突如変化が訪れた。誰もいない一階の固定電話が鳴り響くのを二階にいたぼくがしぶしぶ取りにいって「もしもし」と応答した時のことだ。


「あ、繋がってよかった、舘前です。充くんは私のこと、知ってますよね?」


これが舘前さんとぼくのファーストコンタクトである。


 その後彼女は待ち合わせ場所と時間を指定し、とにかく来るようにと一言いった後、ぼくの返事を待たず電話を切った。特に何もすることもなかったぼくだが、あまりにも唐突だったためとりあえず掛かってきた電話番号を確かめて、電話帳を調べた。確かに舘前という名前が入っている。そこでいくことにしたわけだ。

 嬉しいことに騙されていたわけではなかった。しかし肝心の用というものが何かわからないままだ。そういうわけで、なんでぼくを呼び出したのかについて聞こうとすると舘前さんは着いてから説明するという。となるとぼくがやれることは携帯をいじるか、舘前さんと世間話することぐらいしかない。ぼくはどちらかというと前者に流れやすいのだがこの時は状況の非日常さも手伝ってか舘前さんに話しかけた。


「ねえ、舘前さん」

「何、充くん」

「やっぱり聞いてもいいかな、なんでぼくのことを呼んだの」

「うーん、それは着いてからじゃだめ?」舘前さんは困ったような顔する。

ぼくは慌てて「いいけど」と否定した。

「でも、まずどこに向かってるのかも分からないよ」

「私の家よ、あの駅が一番近いの」

「そうなんだ。あ、てか今思ったけど、ぼくの家まで迎えにきてくれば

 よかったのに」

「初対面なのに、そこまで求める?」

「そうかな、でも君の電話ほど唐突じゃないと思うよ」

舘前さんはすこし唸って「私はいいのよ」と言った。

「そう、私はいいの」

「なんで?」

「アルマジロ」

「は?」

「アルマジロ」

「ちょっと、答えになってないよ」

どうも舘前さんには適当なところがあるようだ。


そうこうしているうちに着いたのは街の郊外にある大きな屋敷だった。運転手付きの車で来た時点でわかることだが本当に大きい。警備員の立つ大きな門から中庭に入るとその中央には何か大型の装置が置かれている。


「あれは?」ぼくは指を差して舘前さんに質問した。

「最近能力を使った富裕層への強盗が増えているのは知っているでしょ?それに対抗するために父が設置したの」

「ふーん、そういえば舘前さんの能力ってなんなの?あ、ぼくはね」

「充くんの事は知ってる」

「なんで!?」

「だからそういう話しは後、とりあえず中に入って」


そういってどんどんと先に進む、舘前さん。もてなす気は全くないようで、大きなエントランスや応接間らしき場所を通りこし、横に部屋の扉がずらっと連なる場所へとやってきた。


「ここよ、中に入って」


舘前さんに促されて入った先には天幕付きの寝台に横たわった女の子がいた。舘前さんよりもずっと長い髪を持った、舘前さんと瓜二つの女の子が。


「私の妹、双子のね」

「なぜ」


思わず訪ねた。どういう状況なのか全くわからない。見知らぬ他人に寝ている妹を紹介するという行為にはどういう意味があるのだろう。


「津春はずっと眠っているの」


舘前さんは寝台に近づいて、そっと彼女、津春の髪を撫でた。


「それで、充くんの力を貸して欲しいの」


やはりどういうことなのかさっぱり分からない。ただ彼女がこれから喋ることはぼくにとってこれまでにないことであり、かなり面倒で複雑な様相を醸し出す事なのではないかとぼくは思った。

 彼女は何かを喋ろうとして、小さく口を開き、また閉じて、また口を開いた。

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