親愛なるエマニエル夫人へ

藤井さくら

第1話 

―親愛なるエマニエル夫人へ


 ああ、最近は良いことが全くない。沈んだ気持ちで窓を開けると、まるで今の私の心のありようを移すかのように、眼下に広がる街並みは黒ずみ、空は泣いているのです。

 思い出すのはいつの、あの甘美で煌びやかな夜のこと。人を信じることのできなかった私は、あの雪落ちる大聖堂の夜に、過去現在未来すべての幸福を凝縮したかのような偶然とともに、あなたと運命の糸を交わらせたのです。

 あの時の私の思いを言葉にするならば、きっとこの紙面では何千枚と用意しようとも足りることはないでしょう。

 そして、今の私は毎夜思い出すのです。あなたとの、たった一度の素晴らしき逢瀬を夢に見て。

 ああ、なんと悲しいことか! しかしながら、私はすぐに現実を思い出してしまうのです。あなたとの夢はまるで星屑のごとく消え去り、私の前にはいつもの見慣れた天井が最終的には姿を現し、現実が私をあざ笑うのです。

 ああ、なんと悲劇なことか! 様々な形であるべき愛を、人々は束縛の中に閉じ込めてしまう。私の愛は、どうしようとも決して報われることはないのでしょうか。

 私とあなたはまるで一対の双曲線のようです。お互いの思いが高まれば高まるほど、二つの線はどこまでも、どこまでも遠ざかってしまう。

 ああしかしエマニエル夫人。私はもう戻れないところまで来てしまった。もう私はこの思いを制御することができないのです。

 あなたはまるで聖母のような慈愛の持ち主だ。きっとあなたはそれぞれの立場を考えて私を拒むかもしれない。しかしこれだけは知っていてほしい。

 あなたの優しさは、時にそれ以上の傷を私に与えるのだということを。

 ああ、エマニエル。

 私はこの時のために、あなたに釣り合う立派な紳士となるために、様々な努力を重ねてきたのです。私は、きっと努力は裏切らないのだということを信じています。


 明日の夜、ケルンの広場で。

          ウィリアム―





―ウィリアムへ


 お手紙ありがとう。とても愛のこもった手紙だったわ。


 でも不思議ね。

 なぜだかあなたの手紙には、私のことを、私の置かれている状況を真剣に考えて、そして想ってくれるような、そんな気持ちが読み取れないの。

 あなたの手紙には、どうしてか自分の勝手な都合しか書かれていないような気がするのは、私だけかしら。


 手紙と一緒にコートが送られてきたはずよ。お使いになって。

 きっと、広場で一夜を明かされるのは寒いと思いますから。

                       ―エマニエル

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