第35話 未来の赤鷹


「アルバート・クレイツァーが末子、ルフナードと申します。宜しく王子さま」


 ミソラの手を握り、椅子に座って目の前に立つ少年を見上げながら、展開早くね?と俺は内心ドキドキしております。

 ミソラさんに添い寝をせがんだ翌日です。

 デュッセンさんと一緒に尋ねて来たのは俺より数歳年上と思わしき赤い髪の少年で、ルフナードと名乗った。


 記憶を探るまでもありませんね。

 そうです、彼です。

 彼こそ、小説の中のナジィカ王の親友で赤鷹と呼ばれた、王の片翼です。

 本人の自己紹介の通り、アルバートさんの末の息子です。本の中の彼は炎王と魂が融合するわ、ナジィカと一緒に王さまや父親と敵対しちゃうで、波乱万丈な人生を送りました。


 そんな彼とナジィカの出会いは、数年先だったハズですが。

 どーしたこの急展開。

 いや、理由はわかってるよ。

 もう、色々俺が、ってゆーか俺の守護精霊がしっちゃかめっちゃか好き放題に暴れるせいですよね?本と現実のストーリー展開が違いすぎて、知識があってもほぼほぼ役にたっていません。


 チート能力とかいつ開花するんでしょうか?

 昨今のライトノベルの異世界転生モノは、チートで俺TUEEEEで無双ハーレムが定番じゃないんですかね?

 因みに異世界に転生してからの、異性との触れ合いを申し上げてみますと……。

 ①メアリーさんに首を絞められる。

 ②かわいいメイドさんに毒飯を食わされる。

 ③昨日も今日も安定の鉄面皮メイド(美人さんではある)に無言でお世話をされる。明日も明後日も彼女は完全無敵のクールフェイスだろう、ありがとうございます。あれ、変だな、視界がぼやけるヨ。悲しくなんてないっ。


 だがしかし、そろそろ『てんぷれ』が展開されてもいーんじゃないですかね。

 どじっ子天使とかロリババア吸血鬼とかぺちゃぱいエルフとかクッ殺女騎士とか爆乳魔王とか登場しても良いと思う。

 ふっ、わかってるよ、みなまで言うな。ジャンルが違うんだろ?知ってるよ。

 誰だ俺をBL世界にブッ込んだやつ!

 一体誰得なんだよ!!


『どうかしたかぇ、我が君よ。そのように恐ろしげな目をして』


 現実逃避をかねた独り芝居を頭の中で展開させてるだけですから、ほうって置いてミソラさん。


「んー?もしかして俺が怖がらせたのかな?王子は恐ろしい目に遭ったばかりですものね」


 にぱっと笑ってホールドアップし、敵意が無いことを示すためか少年は2、3歩下がった。

 よ、良くできたお子ちゃまですこと!

 確か、ナジィカと3つくらい年が違うんだっけ?

 8歳くらいですか?

 大人びてるね。小説の中のルフナード君は、こっそり王さまのお庭を探検しちゃうやんちゃな子でしたけどね。


「るふなーど」


「はい、王子さま。あ。呼びにくいなら、ルフでいーですよ」


 にっこりと笑うルフナード。

 彼がナジィカの片翼……なのか。

 うーん、もっとこう、稲妻が走るような衝撃があるんだと思ってました。

 だって『私の魂の半分』と本の中のナジィカが表現するくらいなんですよ。

 こう、運命的な何かを、ビビビッと感じるのかと思っていた。

 彼が未来の赤鷹で……ナジィカが戦った理由だ。



『さぁ、王子。鳥籠をでよう』と、本の中の少年は言った。


 乳母を焼き殺し、人々に恐れられ、側にいる精霊の姿を見ることも声を聞くことも出来ない、ひとりぼっちの王子さまは、高い高い塔の屋根部屋で、心が死んだまま生きていた。

 そんな王子に、ルフナードだけが手を差し伸べた。


 そして、他人ひとも国も親や兄弟も自分自身ですらいらないと思っていたナジィカは、唯一、その手だけを欲した。

 ルフナードが家族を愛し、友を愛し、生まれ育った国を愛していたから、ナジィカもそれを守ろうと思った。


 ちっぽけな自分の手では全てを守ることは出来ないと知った上で、剣をとった。

 生かすために、殺す覚悟を決めた。

 千人の血で大地を汚しても、千と一人の命を守ろうと思った。


 ナジィカは愛した。

 それはあまりに身勝手で間違った愛の示し方であったが、彼は友を愛し、友が愛した全てを守るために、生きた。


「ルフ坊よ、今は一刻をあらそうのだ。メリー殿を手伝ってくれ」


「りょーかい、デュッセンのおっさ……将軍」


 ひらひらと俺に向けて手を振って、ルフナードがてっぴちゃんのところまで移動した。


「殿下。あのような事があった翌日に、無理を強いること、このデュッセン、大罪であると理解した上で敢えてご無理を申し上げる」


 デュッセンさんが、俺の前に片膝をついて片手を胸にあてた。

 鳶色の眼光が鋭く光っている。

 俺と遊んでくれた時と雰囲気が違いすぎて、なんだかちょっぴし怖いです。

 

「此度の事を受け、陛下は殿下の身を案じられ、地方に殿下の居住をご用意なされた。絶対とは言い切れませぬが、王都に留まるより幾ばくかは安全かと」


「え……?お、僕、ここを出なきゃいけないの?」


 え。まって!それは展開が違い過ぎる。完全に未知なる世界にようこそってヤツじゃん、ヤダヨそんなの!

 只でさえ死亡ルートを回避出来なくて、一回死んでるのにさ。

 ものすごく苦しいんだぞ、死ぬのって!


 ちなみに俺のちみっちゃい脳みそで、直ぐに思い出せるナジィカの今後の死の予定は、異母姉に衣装の中に毒蛇を仕込まれる。

 異母弟が誑かした男に刺される。

 暖炉で燃やす薪の中に毒の煙がでる木を仕込まれる。

 塔を出たあとだと、狩りの途中で誤射のふりして、心臓狙い撃ち☆それでも死なないとはしぶとい呪い子だ。矢に毒を塗りなさい。くぅ、まだ死なないだと!毒が効かぬなら森に置き去りにして獣の餌にしてしまえエトセトラ。


 ふ。毒殺率高すぎ。

 あとさ、運が良くて命が助かった訳じゃなくて、毎回確実に死んでるから。

 ナジィカさんの残機数が異常なんです。


 遠い目をした俺を見て、何を勘違いしたのかデュッセンさん男泣き。


「お、お痛わしい。何一つ殿下に非は御座いません。殿下、陛下は真っ先に殿下のもとへ馳せようとなされた。それを止めたのは我ら配下です。力及ばず、主と主の大切なものを御守り出来ぬ我が身が恨めしい」


 え、いや、別に俺には守護精霊がいるから、衣食住さえ確保できたら、ある意味安全は保証されるんだけどね?

 もしかして、王さまに捨てられた……と俺が感じるかもって思ったのかな、デュッセンさん。


「デュッセンさんは王さまの側近ですから、数多の王子の一人より、王さまの安全を第一に考えるのは当然です。僕は王さまの愛を疑うことも、お恨みもしません」


 言外に、心配しなくてもちゃんと理解してますよと言う意味を込めて伝えてみた。

 すると、デュッセンさんの涙の量が増えました。

 おぃおぃと声をあげて泣かないで下さい。暑苦しいよ、おっさん。



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