第34話 炎王、神の国で助言を乞う


 リン、と鈴のような高い音が鳴り、空間に走った亀裂から、赤い鱗の竜が渡ってくる。

 青白い水晶のような鉱物に包まれ世界だ。

 無機質なその世界に降り立った炎の竜は、瞬きの間に人の姿へと変化した。


「双子神!助言を請いたい!」


 壁に手を当てて円を描くように撫でると、それを追うように炎が走る。

 炎のまわりだけ、まるでその熱を反射するかのように、壁を造る青白い石が赤い光を放った。


「やぁ。お帰り、炎王」

「お帰りなさい炎ちゃん」


 炎の輪の中に、あらゆる色に溢れた美しい花園が映し出された。

 その中に、花のように愛らしい、二人の少女の姿があった。


 髪の毛も身に纏ったドレスも白く、ただ額に埋め込まれた石だけが黒い、白の少女。

 髪の毛も身に纏ったドレスも黒く、ただ額に埋め込まれた石だけが白い、黒の少女。

 同じ声と同じ顔の、白と黒の少女たちだ。


「「わたしたちの助けが必要?」」


「そうだ、白と黒の神よ。不測の事態だ。俺が仕えるヒトの主に弾かれた。側に寄ることは勿論、主の声すら聞こえぬのだ。水の王が言うには【混ざり者】の気配がするらしい」


 困惑した炎の竜の感情に合わせるかのように、その世界を形作る石は赤く輝いた。


「双子神、アレは紛い無く俺の……俺だけの主か?」


「「…………」」


 炎の竜の言葉を聞いて、双子の神は互いに顔を見合わせる。

 そして。


「「なにそれ!凄く楽しそうっ!!」」


 手をぱんっ!と叩いて、双子神は輝くような笑顔で言った。


「ねぇ、クロハナちゃん!やっぱり【暗き深淵の水面に漂いし青の世の神】の提案に乗ってみて良かったわね!ね?ね?」


「そうだね、シロハナ。5億2千飛んで51万8千6百17回も失敗続きでそろそろ止めてしまおうかと思ったけれど、異界の魂をリサイクルしただけで随分と面白い展開になっているね」


「あら?失敗なんて酷い言い方ね。生まれくるものはいずれ死に逝くのよ?それが速いか遅いかの違いだわ」

 

「5億2千飛んで51万8千6百17回も同じ時代に同じ人物によってもたらされる箱庭せかいの死は、果たして失敗でないと言えるのかな?」


「大失敗だわ!だってシロハナの力でもクロハナちゃんの力でも結末が変えられないんですもの」


「うん、うん、そうだね。でも、今度こそ別の結末が見れそうだね」


「ええ、そうね、きっとそうね、ああ、だけどいつもと変わった結末でも」


「「恐らくそれも、とてもくだらない終わりだろうけど」」


 キャッキャッと双子の少女が笑うのを見て、訳がわからない炎の竜は僅に顔をしかめた。


「「なにも心配いらないよ炎の王。君は君の望む通りに動けばいいよ」」

 

 瞬きの間に少女たちの姿は消えて、同じ顔をした青年の姿がそこにあった。

 シロハナと呼ばれた少女がいた場所に、黒髪と黒衣の青年が立つ。額の石だけが白い。

 クロハナと呼ばれた少女がいた場所に、白髪と白衣の青年が立つ。額の石だけが黒い。


「だが、側に寄れぬのだ」


「「それはどうしてだろうね、炎王」」


「……解らぬ、から、こうして、助言を請いに来たのだ」


「「ヒトの愛とは実に複雑で難しく、純粋な君たちには理解しがたいモノだね。だけど君はいつもそれを知りたがるね。何度目の君も、どんな道を辿ろうとも、いつだって君は同じ選択をする。ヒトの主のために精霊であることを止めてしまった」」


 双子の青年の言葉に、炎の竜は首を傾げた。

 神の言葉は複雑で、その全てを理解することは難しい。

 まして、生まれてから僅かな時しか存在していない炎の竜には、箱庭もそこに存在するヒトのことも、分からないことばかりだった。


「「君はヒトを理解したいと願うのかい?炎王」」


「箱庭を食い荒らす、ヒトを、か?」


「「そう。君が下らないと見下すその存在を、愛したいと思うかい?」」


 何故そんなことを確認されるのか、炎の竜には分からなかった。

 答えなど、はじめから決まっている。

 神の創った大地を汚し、あらゆるモノを奪い、命を壊し続ける存在を、どうして愛する事が出来るだろう。


 あの地に響く嘆きの叫びを、人族以外の全ての種が感じとり悼んでいるのだ。

 ヒトだけが気づかず、悲劇を繰り返し続ける。

 そんな傲慢なイキモノを、なぜ愛さねばならぬのか、炎の竜には理解できなかった。

 ただ。


「俺は、俺の主を理解したいだけだ」


 ただ、ヒトの器を持って生まれた主だけは、別なのだ。

 あれもヒトだ。分かっている。

 地に蔓延る害悪のような人族と、なに一つ変わらない。

 愚かなところも、か弱きところも、なにひとつ変わらない、下らないイキモノなのに……。


「どうすれば傍にいることが出来るのか、知りたいのだ。何をすれば、俺だけを望んでくれるのか、知りたい」


 双子神が、あれに仕えろと定めたせいだろうか。あれの魂が特別なせいだろうか。


 炎の竜には分からない。

 どうして、望まれたいと、そんなことを思うのか、その理由が分からない。


「そうか。なら、どうして君の主が君を拒むのか、知る必要があるね。どうすればいいかな、白の君?」


「そうだね。炎王がちいさな主に『ごめんなさい、どうして怒っているのか教えてください』と頼むのはダメかい、黒の君」


「双子神よ、この俺にヒトに頭を下げろと言うのか?」


「でも、白の君。炎王が理由も分からず頭を下げても、彼の主は許してくれるのかな?」


「おぃ!頭を下げるのは決定事項か、双子神」


「そうだね。"取り敢えず謝っとけ!"みたいな態度は余計に炎王の主を意固地にしてしまうかもね、黒の君。それなら、先に理由を聞き出して、それから話し合う方が良いかな?」


「だから、傍に寄れぬから理由を知るすべもないと……聞いているのか?」


「傍に寄れないなら、向こうをこっちに喚べば良いんじゃない?炎王の主を此処に連れてこよう、白の君」


「ああ、それは名案だね、黒の君」


 そうしよう、そうしようと笑い合う双子神に炎王は慌てて彼らを止めようとした。


「俺の主を殺すつもりか!ヒトの器を持ったまま此方の世界に渡れるはずがないだろう」


 神が存在するこちらの世界は、箱庭のヒトにとって死者が逝く冥界と似たような場所だ。

 精霊ならまだしも、ヒトが生きたままこちらの世界に足を踏み入れることは出来ない。


 炎王が生み出した炎の円の向こう側で、双子神は花のように笑った。


「「夢を渡って、魂だけを喚べば良いんだよ」」


 これは決定事項だよと無邪気に笑う創造主たちに、炎の竜はひくりと頬をひきつらせた。



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