第16話 精霊の呼ぶ声
『主……』
呼び声が聞こえた。
俺を呼ぶ、アイツの声が。
『主。どうして俺を見ない。どうして俺の声が届かないんだ』
炎王?
何をいってるんだ、炎王。
ちゃんと届いてる。
聞こえてるよ。
『あの女を殺したせいか。お前の乳母を殺した俺を疎んじているのか?』
待って……!
なんでそうなるんだよ?
俺、言ったよな。
俺が許せないのは諦めて逃げようとした自分自身だって、そう言っただろ。
炎王は俺を助けてくれたよな。
メアリーを失ったことは悲しいけど、だからってお前を恨んでなんていないよ。
『主……』
悲しげな声で炎王が俺を呼んで……。
ガシャン!
「なにごとー!」
ガラスが割れる音に俺は飛び起きた。
こん、こん、と床を跳ねて転がったのは、ガラスを割った石ころだ。
窓と同じ高さの木の枝に危険も省みずによじ登り、嬉々として石を投げ入れる少年の姿が見えた。
「呪われっ子!顔をみせろー!」
木の上の少年が叫ぶと、それにならって他の子どももそれぞれ声をあげた。
「呪われっ子!呪われっ子ー!顔を見せてみろ」
「意気地無しー!」
きゃはきゃはと楽しそうに笑いながら、子どもたちは石を投げつけ、
窓の横の壁に背を向けて床に腰を下ろした幼子が一人、床を跳ねて転がる石や木切れをつまらなそうに
あれ?
部屋の真ん中に突っ立った俺は、その状況をぼんやりと見ていた。
俺って誰だ?坂谷くんだ。
高校一年生。
ピチピチの15歳、男子高校生の坂谷一葉で、ででで、いや違った、今はサウザンバルト王国の王子さまだったよ。
こほん、改めまして、俺ってだれだ、ナジィカくんだ。
サウザンバルト王国、現王さまの13番目の子どもにして8番目の王子さまが今の俺です。
そして生まれてすぐに下された神託によって、俺が王さまのお庭の奥深くに幽閉された事は国中の誰もが知っている常識問題です。
職業によっては他国の人も知ってたりするので、ほんと生きにくいわー。
そんな現実にも負けず、悲惨な運命を変えるために足掻く健気な5歳児が今の俺ですよ。
で。
あの壁側に座り込んで本を読んでる子どもは、一体どちらさま?
割れたガラスが飛び散った床。
窓の近くの壁に背を預けて、黙々と本を読んでいる幼い子どもを、俺は見下ろした。
おおお!
なんだかものすごーく整った顔の、可愛らしいお子さまじゃないですか。
さらさら銀髪は俺とお揃いですね!
もしかして、俺の新しいお友だちですか?
原作には無かった、そんな嬉しい新展開ですか?
未来の美少女とお友だち……ありがとうございます。
一体誰がこんな素敵展開をご用意してくれたのかは知らないが、俺はもうボッチじゃないんですね。
守護精霊はいるけれど、やはり人間の友達も欲しいです。やべぇ、泣けてきた。
何故だかまったく涙が浮かんでこない目元を拭いながら、俺はその子どもに近づいた。
う~……ナジィカは同じ年頃の友だちなんていなかったからな、ちょっと話し掛けるのに緊張するぜぃ。
すぅはぁすぅはぁ、よしっ!
「や、やや、やぁ!俺はナジィカだ。きっ君の名前は……」
『主っ!』
その子の隣の壁をすり抜けて、炎王が姿を見せた。
「うわっ……!ビックリしたっ!お前、どっから出てくるんだよ」
外の様子でも確認してたのかな?
精霊にはドアも壁もあってないようなモノだもんな。
すり抜けようと思えばいくらでも出来るらしい。
壊そうと思えばそれも容易い……って、そーいやー、こいつが蹴り壊した入り口のドアは……おぉ、直ってるじゃん。
そりゃあ、牢獄のドアが壊れっぱなしってのは無いですよねーそっすねー。
『主っ!なぜ傍観している。やり返せっ』
「へ?傍観……?あぁ、まぁーた窓が割られたんだな。まったく、どーしてこんな事ばっかりするのかなぁ、お兄ちゃんたちは?」
ころんころんと部屋の中を転がる石や枝や、割れたガラスを見ながら「一応俺、弟なんですけどね」と、肩を竦めた。
本当にこの世界は俺に優しくない。
『黙ってないで少しは言い返したらどうだ?その分厚い本でも投げつけてやれば、儚い命の一つくらい余裕で奪うことができるぞ』
ぶはっ!
どーしたの炎王、なにそのハイテンションっ。
頼むから火炎放射攻撃はもうやらないでね!
「ちょっ!お前何を恐ろしいこと言っちゃってんの?相手は子どもだぞ?そりゃーヤることエゲツナイけど、だからって仕返しに殺すのはダメだろ。やり過ぎな上に犯罪だからね?」
『奴らは数で攻撃してきている。ならば強力な武器を持てばいい!本が嫌なら椅子でも机でも何でもいい。とにかくやり返せ!お前は、誇り高き炎竜の主だぞ!』
「止めたげて!机とか椅子とか一脚しかないから!其が無くなったら只でさえ寂しい室内が更に簡素なことにっ。そもそも5歳児の俺に椅子を窓から放り投げる腕力はないよ!んん?身体強化を使えばいけんのか……いやいやいや!ちょっと思っただけだから!ちょっぴり思い至っただけで、数少ない家具を暖炉の薪にするつもりはないからね!」
『何故だ。どうして俺の声が届かない?己の使命に、何時になれば気づくのだ。お前は誇り高き魂をもった、この地の支配者だ。お前の魂が、この俺に
「いやいや聞こえてるし!さっきからちゃんと会話してるだろーって、んんんん?なんかさ、ちょっとさ、変じゃない?」
なんだろー、この微妙に噛み合ってないこの感じ。
後さ、さっきから気になってたんだけど。
『主……』
切なげな声音で、寂しげな瞳で、俺の守護精霊は子どもに呼び掛ける。
炎王が伸ばした手が、子どもの体をすり抜けた。
『……なぜ、俺を見ない』
ぱらりと本を捲る音に掻き消されそうなほど、弱々しい声だった。
「えっと……なにこれ」
そして、呆然と立ち尽くす俺です。
うん、ごめん。
理解不能。
なに、これ、ホントなにこれ。
いま、俺の前で、何が起きてんの?
「えっと、炎王さん?どーしてそっちに話し掛けるのかな?お前のご主人様は」
俺だよね?
ドクンッと心臓が跳ねた気がした。
俺を見ない、俺の守護精霊。
俺じゃない見知らぬ子どもを、主と呼ぶその姿に、背中がぞわりと
「な、これって何かの冗談?そーだよな、炎王」
思わず炎王に向けて手を伸ばし。
『あの女を殺したせいか』
触れようとした手が、炎王の体をすり抜けた。
は……?
「はいぃぃぃぃ?!なんじゃこれー!!!」
思いっきり叫びましたとも、ええ。
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