第15話 大事なことを思い出しました

 意図せず深呼吸したせいか、はたまた緊張が解けたからか、あたりに漂う焦げ臭さが鼻についた。


「……まだ臭いが残っているな。炎王、風の精霊に頼んで焦げ臭い匂いをどうにかしてくれる?」


 ロイを背中に庇ったまま炎王を見上げてそう言った。

 俺の守護精霊、物凄く不機嫌です。

 一体、何がそんなに不満なのか。

 従いはするけど納得はしてないってところなのかな。

 出来れば仲良くして欲しいのだけど。


 腕を組んだ炎王は、無言で顔を逸らした。

 子どもか……。

 ホントさ、原作のクールキャラ設定、どこに捨ててきたよ? 


「もしかして、風の精霊にはお願いできなかったりする?無理ならいいけど」


『……っ!風の精霊!!』


 炎王の怒鳴り声が空気を震わせた。

 こっわ。

 なんでそんなピリピリしてんだよ。


「ね、なんでさっきから怒ってんの?」


『……知るか』


 ぷいっと背を向けて、呼び出した精霊と一緒に炎王は行ってしまった。

 なにあれ。

 知るか、ってなぜに。

 自分の事だろ。

 もしかして俺とは会話したくないレベルで怒ってんの?

 俺が何したよ。

 いや、まぁ、炎王の腹を蹴って窓から飛び出して、ゲロったあと、証拠隠滅するために顎でこき使ってるけど……それが原因かな。


「兄上の精霊は、クロノスより怖いですね」


「いや、あれで案外可愛いところも……」


 って、んん?

 兄上?

 ロイくんいま俺を兄上って呼んだ?


「僕が兄上で、いいのか?」


 思わずそんなことを確認してしまった。

 目が合ったロイは、頬を赤く染めて視線をキョロキョロとさ迷わせ、最終的に俯いてから。


「兄上は……兄上でしょう」


 と、消え入りそうな声でそう言った。


 なにこのかわいい生物。

 弟ってこんななの?

 胸がもだもだする。念のため言っておくが、コレは吐き気ではない。

 ナジィカがロイを溺愛した理由がなんか分かる。

 うん。すごくよく分かるよ。


 そっとロイの頬を掌で包むように押さえて、顔をあげさせた。

 因みに、ロイは地面にペッタリと座り込んでいるが、俺は膝立ちしてます。

 くそっ。ナジィカは今から成長するんだよ。

 

「ありがとうロイ、凄く嬉しいよ」


 にっこりと笑ってロイに気持ちを伝える。

 嬉しいとか楽しいとか感謝の気持ちとかを、素直に伝えるのって照れ臭いんだけどさ、それが自分の命に関わるなら別です。


 ロイも少しだけ嬉しそうに笑った後、ビクッと肩を震わせて、青ざめて、身体を小さくする。

 振り返ると、俺の守護精霊がこっちを見てた。

 超見てた。

 なんか、おどろおどろしい気配を背負っていらっしゃる。

 こぇーよ。守護精霊。

 

「僕の大事な弟を苛めるなよ?」


 弟は嬉しそうに笑って、時の精霊は静かに微笑んで、炎王が超不機嫌になった。

 なんだか、俺の周りが騒がしくなり過ぎです。

 孤独な生活に慣れているナジィカの精神が、物凄く摩耗するね。

 こんな時はちょっと現実から目を背けて別のことを考えてみよう……例えばだな……門番さんたち一体何処にいったんでしょうね、とか?ああ、余計に精神が磨り減ったな。


 塔を見上げれば、壊れた窓枠が見えた。

 あの高さから落ちたのか……と、今さらながら、自分の無謀さに寒気がしたよ。

 炎王がいなきゃヤバかった。

 まあ、そもそも炎王が居なきゃ、ロイを助ける為に飛び出すような事にはならなかったんだけどね。

 でもやっぱり炎王がいなければ、死んでいた可能性もあるからね。

 少なくとも空中に飛び出した後"原作でも飛び降りるシーンがあったなぁー"なんて呑気に考える余裕なんて無かったハズだ。

 あれれ?俺は死亡フラグを打破するために頑張ってるのに、原作のイベント回避、出来てねぇーんじゃね、これ。


 いや、まて違うっ。

 あれはロイは関係ねぇーし、そもそも自殺だっただろ!


 ナジィカがとある出来事に打ちのめされて、現実から逃げ出すために窓から投身したのは確か10歳になる少し前だったよな。

 友人の赤鷹に出会ったのが7歳。

 今のナジィカが5歳だから、2年後に俺は生涯の友人を得てって……更にまて!

 ちょっと待て、坂谷くん!

 今、とっても嫌なことに気づいたが、このまま俺が原作を変え続けると、赤鷹が死ぬんじゃね?


「……やべ」


「兄上?」


 不味い。

 原作だと、赤鷹は流行り病で13歳を前に

 そして、ナジィカが絶望のあまり自ら命を絶とうとしたことで、赤鷹は命を繋ぐのだ。


 赤鷹はナジィカにとって唯一の存在だった。

 乳母に裏切られた後、塔の外の木に登ってまでナジィカに関わろうとしたのは彼だけだった。

 ロイに関わるのは牢獄を出た後だから、その頃のナジィカの生きる支えは友人ただひとりだけ。


 王の庭の奥深くまで足繁く通い「さぁ、王子。鳥籠をでよう」と手を差し伸べ続けたその友人は、ナジィカと3つほど歳の離れた少年で、名前をルフナード・クレイツァーという。

 王さまの側近の、アルバートさんの末の息子です。


 因みにナジィカは赤鷹のことを生涯で唯一の友であり、魂を分け合った片方の翼。"私の片羽かたはね片翼かたよく"と表現するほどだった。

 アルバートさんは王さまの右腕であり右翼と称されたので、脳みそ腐らせた幼馴染みは『親カップルと子カップルのどっちを選べばいいのかわからない』と真剣に悩んだそうです。

 ぶっちゃけ彼女の悩みはどうでもいい。

 問題は本の中でなく、現在進行形のこの現実せかいにある。

 このまま本の通りにストーリーが進めば、赤鷹が死ぬ確率は高く、そして今のままだと多分、赤鷹が助かる可能性は低い。

 何故ならば、俺に投身自殺をする気がさらさらねぇーからです。

 仮に窓から飛び降りても、炎王がいたら助かるって先程証明されちゃったし、飛ぶだけ無駄ですね。


「……な、なんで、こう……次から次へと問題が起きるんだよ」


 死亡フラグを回避しようとしたら、未来の友人の死亡ルートが煌々と輝き始めるってこれいかに?

 俺は、地面に掌をついて項垂れた。

 弟が心配してくれるけれど、俺の心のどんよりした憂いは晴れません。


 赤鷹を見捨てられるなら話はそれで終了だが、そんなこと天地がひっくり返っても出来ません。

 だって作中で好きなキャラ上位だったんだもん!

 それに見捨てたりしたら、今後アルバートさんの顔をマトモに見えなくなるよ。

 罪悪感で坂谷くんの精神が死んじゃいます。

 そんなわけで見殺しにする選択は絶対にない。と、なると……どーするよ?


 原作と同じ方法は選択出来ない。

 しても無意味だし、そもそも原作通りに進むとだな……。


「炎王……」


 風の精霊と空気浄化中の炎王を見る。

 赤い髪の、憎たらしいほどイケメンで、ちょっと中身が子どもっぽくて残念で、過保護過ぎる俺の守護精霊。

 まだ、ほんの僅な時間しか共有していないけど、俺の中ではとっくに大事な家族になってるんだよ。


『呼んだか』


 炎王が側にいた。

 なんで?

 さっきまであんなに離れた場所にいて、俺の声なんて届くはずもないのに。

 それに怒ってたんじゃないのお前。


 どうして、いるんだろ。

 どうして、そこに居てくれるんだろう。


『主、どうした。足が痛むのか?』


 そして思い出す。

 そういえば足の裏を怪我してるんだった、と。

 思い出したら、急に痛みを感じた。


 ヒトとは本当に軟弱だな、とそんな事を呟くような言いながら、炎王が俺を抱き上げた。

 男に抱っこされるとか、15歳の精神だと耐えられねぇと思ってたんだけど何でかな、ちっとも嫌じゃねぇーんです。

 やっぱ家族だからかな。

 15歳だけど、5歳でもある俺。

 5歳の孤独な子どもが欲しかったものを、コイツはくれるんだ。


『疲れたのか。少し休め。お前の眠りは俺が守ろう』


 無駄に偉そうなくせに人を安心させる声音で炎王が言った。

 だけど、寝てる場合じゃないんだよ。

 そんな場合じゃないんだ。

 どうにかしなきゃと心が焦る。

 答えも得られないまま、ただ焦る。


 な、どうすればいいと思う?


 原作を無視すると、アルバートさんの息子でナジィカの片羽かたはねとなる赤鷹、ルフナードが死んでしまう。

 だけど、原作通りにストーリーが進んだら。

 

 炎王こいつが、消えてしまうー。


 炎王の首に手を回して抱きつき肩口に顔を押し付けると、炎王はガシガシと俺の頭をかき混ぜるように撫でた。


 髪の毛が抜け落ちて禿げるかと思いました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る