第17話 もう一人の自分


「俺の手が消えたー!」


 姉さん事件です!

 つってもナジィカ《俺》の姉さんは何人かいるけど、近親相姦とか双子で閉鎖的でイチャイチャとか鞭と蝋燭の王女様とか、どいつもこいつも腐ってやがって、ちっともあてになんないんだけどそれは兎も角、俺の右!手!が!ね!!ふわわ~んって消えたーぁぁああ、あ?あれ?


 むすーんでーひーらーいーてー。

 おおっ!ちゃんとあるじゃないか、びびったー。

 何だったんだ今の。

 にぎにぎにぎ。

 ぐーぱーぐーぱー。ぐーちょきぱー。


「あれ。俺の手、サイズが」


 5歳の掌じゃないよ、これ。

 え。まさか?


 ばばっと、自分の体を確認すると、嬉し懐かし恥ずかしの、school uniform!

 学ランだ!

 これって、坂谷くんの体じゃないか!


「おお!戻った!もとの体にーっ」


 ガッツポーズをして数秒停止。

 へなへなとその場に座り込みました。


 なんだろこの、何とも言えない、違和感は……。


 懐かしむにはまだ時間が足りないし、だけどこっちが自分の体かと聞かれると、なんか違うって、思うんだよね。


 そんな複雑な思いを抱えつつ、視線を移動させて炎王と子どもを交互に見た。

 あー……状況がさっぱりわからんが……これって、あれか、夢とかそんなヤツ?

 そんでもって。


「炎王が主って呼ぶってことは……この子がナジィカですか?」


 無表情で分厚い本を読んでいる子ども。

 銀髪と銀眼の、表情に乏しいお人形さんみたいな子ども。


 ああ、なんとゆー美少女ですか。

 傾国の美麗王とはよく言ったものですね。

 これが俺かー。

 坂谷くんとの顔面格差が激しすぎて、目から鼻水が出そうですよ。

 嬉しいのか悲しいのかは聞かないでね。

 俺にも分かんねぇーですから。


『あの女を殺したせいか。お前の乳母を殺した俺を疎んじているのか?』


 炎王の切なげな声音に、俺の中のシリアスさんがログインされました。

 いや、なんか、ほんと、目から鼻水でそうなんですけど。

 なんで俺の夢の中で、こんな悲しいストーリーが展開されているんですかね?


 呼び掛けに答えない子どもに、何度も何度も語りかける精霊。

 それは本の中のストーリーだ。

 ナジィカが坂谷一葉前世の記憶を思い出さなければ、炎王の声を聞くことも、姿を見ることも、触れることも出来なかった。


 知らないまま生きて、知らないまま死んでいた。


「炎王」


 呼び掛ける。

 だけど、精霊は俺を見ない。

 声は届かないし、触れようとしても触れられない。

 そこにいるのに、いないのと一緒。


『俺が、憎いか』


 キツいな。

 これはキツい。

 どんなに思っても、願っても、届かないなんて……。


 これは夢だから、炎王が返事をしないのは当然だ。

 だけど、炎王にとっては確かな現実だった。

 あの日まで。メアリーを失ったあの夜まで、ナジィカは炎王の声を聞くことも姿を見ることも出来なかったのだから。


 5年の歳月を、ただ側に寄り添った守護精霊。


 俺の、精霊。



 いつも、俺を守ってくれる腕に触れようとして、手がすり抜けた。

 なんだかそれがすごく、悲しかった。

 

 すり抜けた掌を、ぎゅっと握って拳をつくる。

 ふぅとひとつ息を吐き出した。


「誰もいない塔の上でさ、ひとりぼっちで生きるのって15歳の精神でもキツいよ」


 王さまは俺を気にかけて、よく訪ねて来てくれるけれど、夜になるとみんな俺を置いて帰ってしまう。

 ドアの外の門番たちも、まるでそこに誰も居ないかのように、静かになる。

 鳥かごみたいな塔の中。

 炎王がいなければ、本当にひとりっきりだった。


「自分が死んだ記憶もないのに気づいたら異世界にいて、しかも殺されかけてて、助かったと思ったら自分が死んじゃう未来に気づいて、部屋の外は武器を持った兵士がうようよしてるし……ホント、根性だけの坂谷くんでも、心が折れてリタイアしそうです」


 ひとりっきりなら、頑張ろうと思えたかな。

 炎王がいなかったら……俺はどうなっていただろう。


「もしもの話なんて意味ないけどさ、俺はお前が居てくれて良かったよ。お前が家族になってくれて、良かった。なんて、今言っても無駄ですよねー。まぁなんだ、ちゃんとさ……目が覚めたら伝えるよ」


 大袈裟なくらい過保護な俺の精霊。

 人間を見下しているのはちょっとどーかと思いますが、基本、俺に危害を加えようとした相手しか攻撃してねぇ……よな。

 問答無用で命まで奪うのは、平和な国で生きてきた坂谷くんの常識や精神じゃ受け入れられないけど、こいつが助けてくれたから俺は生きている。

 

『俺が憎いか、主』


「憎くないよ。俺は、お前を憎んだりしないよ」


 だから、そんな悲しそうな目をするなよ。

 命を奪った罪は、俺も半分背負うからさ。

 だからさ、これからも一緒に……。


「憎いよ」


 え?


「寧ろ、どうして彼は自分が憎まれないと思ったんだろうね。僕の世界を粉々に壊したくせに、受け入れて欲しいだなんて、随分と虫のいい話だと思わない?もっとも、精霊はヒトの愛を理解出来ないように創られているから、それを踏まえて考えれば、炎の精霊王の思考もなんら不思議ではないのだけれど」


 ぺらりっと本のページを捲りながら、子どもは続けた。

 外見に似合わない、大人びた口調で。


「彼よりも理解できないのは君だ。君が僕であるならば炎の精霊王を許し受け入れるという結論に達するはずがない。何故かな、前世かこの記憶が甦っても現世いまの記憶や感情が消えるハズはないよね。それなのに……どうして君はっ!!」


 ばん!と音をたてて本が閉じられると、周りの景色が吹き飛んで、ただの白い箱のような部屋に変わった。


 銀色の、凍てつく怒りを瞳に込めて、その子は……ナジィカは、俺をじっと睨んだ。



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