28話 危険な会話

「へー、煮込まないで作ったソースをウスターソースって言うんだー」


 僕の説明で窪見さんは納得してくれたようだ。

 非加熱で作ったものがウスターソースで、一般的に知られているように黒っぽくない透明なものもあるという。見たことないけど。


「じゃあなんでウスターソースって名前なの?」

「確か地名だったかな」

「へー、変な名前だね。どこ? 千葉?」

「ヨーロッパだよ」


 うろ覚えだけどイギリスだかフランスだったはず。てかなんで千葉……というか国内だと思っていたんだ。まあ国内でウスターなんて地名があったら確かに変だけど。

 薄田とかだろうか。田んぼが薄いとかあまりいい土地じゃない気もする。


「お兄さんよく知ってるね。料理とか得意だったり?」

「知識と料理の腕は別だと思うけど……」


 うちは母さんが料理下手なせいで、僕も智羽もある程度食事は作れる。

 下手というと語弊があるか。母さんは食べ物の好き嫌いが激しいんだ。それでなのか、子供には好き嫌いしないようにといろんな食材を使うんだけど、そのせいか味見をしないんだ。

 レシピから外れ、味がわからないものが足されていく。あとはいわずもがな。

 だから母さんが料理をしようとすると、僕か智羽が割って入り手伝うと称して味を修正していく。


 そんなわけで適当なものは作れるけど、作れるから得意というわけじゃない。


 でも多分、ここにいる誰よりも上手い気がする。後で自分も食べるのだと思うと手を出さずにはいられない。別に妹の友達にモテようとは思わないから仕切らせてもらおう。




「んー……」


 出来上がった料理を智羽が食べ、少し考えている。

 4人は食卓を囲んで楽しそうにしている。僕だけソファで一人飯。食べづらいが、椅子がないから仕方ない。


「どう? 私たちの料理。変だった?」

「お兄ちゃんの味がするよ」


 まるで僕が出汁になっているような言い方をする。てか大半は僕が作ったんだから、そうだろうなとしか言えない。


「あーやっぱわかるんだ。お兄さんっていつも作ってるの?」

「いつもじゃないよ。ただお兄ちゃんって醤油とみりんを1対1で煮詰めれば万能ソースになると信じてるからさぁ」


 えっ、あれ万能じゃないか。しかも肉料理には最強だぞ。


「でもおいしいですよ」


 柄印さんはニコニコしながら食べている。いい子だ。特別に今度万能ソースのフルコースを食べさせてあげよう。


「DKの料理なんて贅沢なものを食べてるのだから、味なんか評価したら駄目よ」


 えっ、DKってなに? 入泉さんはたまに変なことを言い出す。


「あーじゃあこれどう? うちらだけで作ったんだけど」

「ほほう」


 窪見さんが出したものを智羽が偉そうに食う。

 作ったといってもポテトサラダだ。固ゆで卵に蒸かし芋とマヨネーズ。それに胡椒程度で作れるから失敗なんてまずない。


「んー……すっぱい」


 うん、確かにすっぱい。なにを入れたんだか。




 そんな食事を終えたところで、智羽が「ごはんはみんなで用意したんだから片付けはお願いね」なんてことをほざいた。いやあれほとんど僕が作ったんだけど。

 まあ友達が来てるんだから洗い物くらいはしてやるか。


「あ、お兄ちゃん」

「どうした」


 皿を拭いていると智羽がやってきた。手伝ってくれる……わけじゃないよな。


「これからお風呂なんだけど、先に入ってくれない?」

「いいけどなんで?」

「入ろうとしたところばったりみたいなことがないようにだよ」


 ああそれは避けたい。智羽ならいいが、他の子のを見てしまったら社会的に抹殺されかねない。主に智羽が執行するんだけど。


「じゃあこれ終わったら入るよ」

「んー」




 はあ疲れた。なんというか精神的な負担が大きかった。

 隣はみんなもう風呂から出たらしくやかましい。今更ながら僕らの部屋の壁が薄いと気付かされる。

 だから普段はヘッドホンを付けるのが、僕と智羽の暗黙の了解になっている。


 そんなわけでヘッドホンを付けてゲームでもしようかと思ったんだけど、隣からの会話が気になってしまった。

 マナー的によろしくないのはわかっている。だけど話題の内容が『兄』なのだ。



「────でも凄かったよ。なんでもパパっと作っちゃって」

「んー、お兄ちゃんができるなら私もできるよ」

「DKシェフとか熱くない? ねぇ」


 そういやネット調べでDKは主にデンマークかドンキーコングのことらしい。どちらも僕とは全く関係ないから、男子高校生の略ということなのだろう。

 JKはよく聞くけどDKって初めて聞いたぞ。通はそう呼ぶらしいけど。


「それにしても、ちーはってさ、兄妹仲良さそうだよね」

「普通じゃない? そういやくぼっちもお兄ちゃんいるんじゃなかった?」

「うち? うげっ。あの兄貴マジ勘弁。近寄っても欲しくない」


 辛辣だな。窪見さんは兄さんあまり好きじゃないんだ。


「キリちゃんもお兄ちゃんいるって聞いたけど?」

「えっ……えっと、私の家は……」

「あー確かキリのパンツ頭からかぶってるとこ親に見られて勘当されたんだっけ」

「くぼっちそれ内緒!」


 うわぁ、うわぁ……やばいことを聞いてしまった。

 そういや以前柄印さんと話したとき『うちにも兄がいたんです』とか言ってたな。

 てっきり亡くなったかと思って深く聞かないようにしてたけど、そんなことがあったとは思いもよらなかった。


「そ、そうだったんだ……。今どこにいるかわからない?」

「お母さんの実家の青森でおじいちゃんと暮らしてるらしいの」


 智羽もちょっと引き気味だ。まあ、そうだよな。僕はドン引きだ。


「ねえ、じゃあちょっと質問だけど」

「なになに?」


 智羽がふたりになにかを聞こうとしている。少しだけ嫌な予感がした。


「お兄ちゃんに舐められたこと、ある?」


 おま、なに聞いてんだ!?

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ちょっと妹を舐めてくる 狐付き @kitsunetsuki

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