27話 智羽ダム
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
部屋でくつろいでいたら、智羽がふらふらとやってきた。
「友達来てるんだろ。放っておいていいのか?」
「今3人で料理中だから、私がいても邪魔になるかなって」
今の智羽に包丁を持たせるのは危ないもんな。それにあの狭いキッチンでふらふらしているだけの智羽は邪魔になるだけか。
「それでなんの用だよ」
「私の部屋にあと3人寝るのは厳しいかなって」
「じゃあどうするんだよ。廊下?」
「そんなところに寝かせられるわけないじゃん。この部屋使わせてよ」
誰かと一緒に部屋で寝るの!?
いや……多分違う。僕を追い出す気だ。
「じゃあ僕はどこで寝ればいいの?」
「お母さんの部屋で寝ればいいと思うよ」
なんでそうなるんだ。いくら智羽と僕の部屋が隣だからといって、この部屋を誰かに譲りたくはない。絶対に漁られる。それにいないからって親の部屋で寝るのはちょっと嫌だ。
あと隣とはいえ分かれることには変わりない。折角なんだから一緒のほうがいいと思うんだけど。
「みんなして応接間で寝たらいいんじゃないか?」
「でも応接間で寝てたら朝お兄ちゃん入ってくるでしょ」
ううむ、それはちょっとまずいな。あられもない姿で寝ているところを見てしまったら困ったことになりそうだし。
そうだ、朝食さえあれば別に入る必要はないんだ。
「じゃあ僕の朝食を用意しておいてよ」
「駄目だよ。お兄ちゃんはみんなの分の朝食を用意しないといけないんだから」
僕が用意するのかよ。
「僕は召使いじゃないぞ」
「飯作りだよね」
違う!
最近甘やかせすぎただろうか。我儘になってきている。
「とにかく、僕の部屋に誰かを入れさせる気はないよ」
「じゃあ私がお兄ちゃんの部屋で寝ればいいんじゃない?」
んー、それが一番マシかも。智羽の部屋を3人で使わせ、智羽が僕の部屋で寝る。それなら特に気兼ねもない。だけど……。
「でもそれだと意味ないんじゃないのか?」
「どうして?」
「智羽が心配で来てくれたんだろ? なのに肝心のお前が別だったら一体なにをしに来たのかわからないじゃないか」
「そういえばそうだね」
相変わらず肝心なところが抜けている。
「仕方ないからキリちゃんと一緒に寝るよ」
キリちゃん? ああ柄印さんか。柄印紀里奈という名前だったはず。あの子、枕くらい小っちゃいもんな。智羽のベッドなら一緒に寝ても大丈夫だろう。
……いや枕は言い過ぎか。小学生の中学年くらいだ。
「それはいいけど友達に吐きかけるなよ」
「えーっと、多分大丈夫。お薬飲むし」
まあ危険な目にあうのは僕じゃないから、本人がそれでいいというのだからいいのだろう。
「あっそうだ。夕食ってもちろん僕の分も……」
「作ってあるわけないじゃん」
マジで!? どうするんだよそれ。
ある意味それで安心できるが、かなり切ないぞ。
「嘘だってば。ちゃんと作ってもらってるよ」
少し感情が顔に出てしまったのか、すぐフォローしてきた。
だよな。智羽がそんな意地の悪いことをするわけがない。でも逆に不安だ。ちゃんとした料理が出てくればいいけど。
「……ちょっと様子見てくる」
「そういうとこだよお兄ちゃん」
どういうところ?
「なにが?」
「女の子が料理しているところで口を出す男とかモテないから」
「マジで!?」
「出されたものを文句言わずに食べるのがいいんだよ」
そうだったのか。こちらはまともなものが食べられて、向こうは料理のやり方を覚えられるウィンウィンな感じだと思ったんだけど。
「でも──」
「言いたいことはわかるよ。ただしイケメンシェフは除く、だよ」
だろうな。ちくしょう、イケメンめ。
ドラマとかでたまにあるシーンを思い浮かべたのだが、僕ら一般顔が同じことをしても駄目だということらしい。
「でも僕は行くよ」
「なんで?」
「智羽の友達にモテようとか思ってないし、智羽だってちゃんとしたもの食べたいだろ?」
「う……うーん。それはそうなんだけど」
なんか煮え切らないな。まるで足止めされているようだ。
「問題でもある?」
「白状すると、私はお兄ちゃんが私の友達に色目を使わないよう見張る役なんだよ」
どこからそんな役目を受けたんだよ!
「僕はそんなことしない!」
「じゃあ逆に私の友達がお兄ちゃんに色目を使わないよう見張る役だよ」
「それこそないことじゃないか」
「世の中には万が一ってことがあるんだよ」
万が一があったとして、それのどこに問題が……あるか。
もし万が一なことがあり、そして万が一付き合うことになるとする。
友達が来たと思ったら隣の部屋で兄といちゃいちゃしているとか、ちょっとやるせない気分になるだろう。もし志郎や竜一が智羽と付き合って……付き合って……。
「それは許されないな」
「でしょ?」
あのふたりと智羽が付き合うとか絶対にありえない。もしなにかあるとしたらなにがなんでも止めるだろう。
「でもそれは僕が気をつければ大丈夫だよ」
「女に飢えたお兄ちゃんは女の子から誘われたら食いつく可能性があるかなって」
「僕はそこまで飢えてないよ」
「でも飢えてることには変わりないんだね」
否定はできない。だけどあの3人だったら大丈夫。
みんなかわいいとは思うけど、性格的に僕の好みと違う。いやそれは窪見さんだけか。あの子のテンションにはついていける気がしない。
あとのふたりは……よく知らないからなぁ。
「ならちょっと聞き耳を立てるだけ」
「女の子の会話を盗み聞きとか私は妹として恥ずかしいよ」
「いい? ウスターソースは薄いから薄たーソースっていうんだよ」
「「……」」
窪見さんの不穏な言葉が一階から聞こえ、僕と智羽は無言で見つめあってしまった。その知識で作られたものがまともなものだとは思えない。
「……やっぱ見てくる」
「うんお願い」
顔に手を当てながら智羽はドアの前からどいた。
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