25話 それでも抵抗する兄

「それでお兄ちゃんはどうなの?」


 どうと言われても、どういうことなのか全くわからない。


「どうっていうのは?」

「私と付き合うことに対しての抵抗だよ」

「あるよ」


 当たり前じゃないか。智羽のことは小さいころ……といっても、僕自身小さくて記憶があまりないんだけど、とにかく物心ついたころには一緒にいたんだから、親と同様で恋愛対象にならない。

 ただし恋愛としての感情がない代わり、家族愛ならある。


「じゃあまず抵抗を取り除くところから始める?」

「それはおかしいだろ」


 抵抗があるのは、それがおかしいからだ。

 人間はどんな理論や理屈を並べられたところで、上辺ではなく心底納得しない限り、その抵抗を拭い去れない。

 世の中における正しいかどうかは関係ない。自分の正しいと思ったことから外れていればいつまでも抵抗はある。

 だから智羽がどれだけ頑張ったところで、僕の抵抗を取り除くことなんてできないだろう。ひとを心底納得させるなんて容易いことじゃないんだ。


「だったらどうするの?」

「抵抗を持ったまま続けるしかないんじゃないかな」


 いつまでも抵抗があれば一線を越えることはない。常にブレーキをかけている状態だ。

 智羽がこれをいつまで続けるのかわからないし、それにもし、万が一、僕が本気になってしまったとき飽きられたら酷いことになるのは明白。だから必ず線を引く必要がある。


「うーん、それは強制してなんとかできることじゃないから仕方ないよね。それじゃ私の病気が治ったらまずデートでもしよっか」

「それは駄目だよ。周囲に見られるのはまずい」


 世間に晒す真似は流石にできない。僕の心のブレーキはよく効く。


「じゃあ家にいるときだけ?」

「そうなるね」

「部屋で一緒の恋人たちはなにをするの?」

「そりゃあ……」


 なにをするんだ!?

 普通の恋人といえば、遊園地へ行ったりショッピングしたり、大抵外でなにかしらをするイメージだ。ふたりだけの部屋ですることといったら……。


「え、映画を見るとか?」

「それは普段からでもしてるよ」


 確かにそうだ。とするとこれは恋人になったからといって、特別にすることじゃない。だったら他になにがあるだろう。


「手相を見合ったり?」

「お兄ちゃんのカップル像って貧困だね」


 悪かったな! 今までいなかったせいでそういうのを考えたことなかったんだよ!


「だったら智羽の思うカップルってどんなのなんだよ!」


 すると智羽は僕の傍へすすすと寄り、くっついてきた。


「過度なスキンシップかな」

「それだって普段と大して変わらないじゃないか」

「違うよ。普段のはスキンシップでこれからはなスキンシップだよ」

「どう違うの!?」


「だってさ、これって互いの服越しじゃん。スキンシップっていうんだからスキン同士で触れ合わないと」


 そう言いつつ智羽は肌を露出してきた。

 意味がわからない! いや、言っている意味はわかるんだけど、それを兄妹でやる意味がわからない! そういうのはカップルがやることで──。

 ……そうだった、付き合うっていう話だったんだ。


「でも、でもさ、スキンシップって実は和製英語で実際にはボンディング……」

「和製とか関係ないよ。この言葉が使われていて一般に浸透されて意味が通じるんだから、そこで本来がどうこうって言うのは野暮だよ」


 くそっ、なんとか誤魔化して話を逸らそうとしたのに真っ向から切り捨てられた。これだから武士とはやり合いたくないんだ。いや智羽は武士じゃないけど。


「だけど……ああそうだ、そういうカップルだったなら、さっきのアクシデント系のことだって普通に起こりうるはずなんだけど、いいのか?」

「えっ……えーっと……」


 智羽が顔を真っ赤にさせて戸惑った。あってはいけないことがあってしまったんだ。それが再び起こると言われたら悩むのも当然。それでやっぱなかったことにしようという話になるはず。よし勝った。


「……お兄ちゃんがそれでいいっていうなら」

「ごめんなさい!」


 再度妹への土下座。まさかOKするだなんて思わなかった。

 もし同じことが再び起こったら、確実に退路を断たれる。

 僕がやれることは数少ないが、最悪でも逃げ道だけは確保しなければならない。

 これは僕のためだけじゃない。智羽のためにもなる。きっといつか、今日のことはなかったことになる。智羽にちゃんとした恋人ができ、僕にも多分できる。そのときそんなこともあったねと笑って話せるような空気を作らねばならない。


「そうやって頭を下げて許して貰おうと思うのは卑怯だと思うよ」

「許しを乞うてるんじゃない。他に道がないからとりあえず下げてるんだ」

「うーん、そういうのあるよね。それじゃ遠慮なく」


 遠慮なくってなんだ──と思った矢先、頭の上になにかが乗った。

 ……手? じゃないよな。なんか重い……!


「おい智羽! まさか足乗せたりしてないよな!」

「乗せてるよ」

「なんでだよ!」

「足を乗せるのが土下座の完成形だよ」


 知らないよそんな完成形! てか完成させる必要あるの!?


「そこになんの意味があるんだ!」

「土下座が完成したってことは謝罪を受け入れたってことだよ。仕方ないから許してあげる」


 そう言って智羽は頭から足をどけ、僕は起き上がることができた。

 妹の足が頭に乗った屈辱はさておき、僕はどこまで許されたのだろう。


「智羽、えっと──」

「許したからさ、お手洗い連れて行って。限界が……」


 やばい、智羽の顔が真っ青だ。これは急がないと部屋に吐き散らされる。


 全く、変なところで無理するから。

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