20話 SUKIYAKI
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「突然どうしたんだよ」
戸渡さんが出かけたところで智羽が僕を呼ぶ。
「いいこと教えてあげるね」
「なんだよ」
「今日のお昼はすき焼きなんだよ」
なんだと!?
すき焼き、それは僕の愛する料理ベスト3に君臨するとても尊いものだ。
すき焼きなら毎日でも食べたい。いやさ毎日すき焼きが食べれる身分になりたい。
それを昼からだなんて……なんという贅沢!
「でもなんでだ?」
「私が戸渡さんに頼んだからだよ。お母さんからちゃんとすき焼き代もらってたし」
すき焼き代。なんだその素敵な響きは。
「でも智羽、食べられるのか?」
「少しなら食べられると思うけど、そもそも私はそんなに好きじゃないし」
そうなんだよ、智羽はすき焼きというか肉に然程執着がないんだ。その代わり果物をこよなく愛す。だから基本、食べ物に関して僕と智羽が争うことはない。
「だけどなんでこのタイミングなんだ?」
「戸渡さんにもお世話になったからだよ」
そっか、戸渡さんにも食してもらおうというわけだな。いい心がけだ。僕としても礼をしたかったし、丁度よかった。
戸渡さんが帰ってくるまでに準備を終え、待ち構えていた。そして早速中身を確認。うん、いい肉だ。
早速下ごしらえ……といってもねぎや豆腐などを切ってしらたきを結ぶだけ。戸渡さんがやってくれている間に僕は智羽を背負って1階まで連れてくる。
卓の中央にカセットコンロとすき焼き。僕の横に智羽で、向かいが戸渡さんだ。
「ちゃんと支えてよね」
「わかってるって」
智羽が僕に寄りかかっている。変な動きをしないよう肩を抱いてやらないと。
「料理取れるか?」
「うー、無理」
だよなぁ。仕方ない、食べさせてやろう。
「じゃあ取ってやるから。なにがいい?」
「おとーふ」
智羽は初っ端から肉を食べない。他のものを食べてから肉に手を付けるんだ。もちろんその間に肉の絶対数は減っていく。
「でも豆腐熱いだろ」
「よく卵につけて冷まして。足りない分はふーふーしてよ」
豆腐を取り器の中で四等分し内側を冷まさせる。とりあえずひとつを自分で食べてみる。うん、ちょっと熱いけど、これくらいなら智羽も火傷しないだろう。
安全を確認したため、箸で智羽の口元へ運んでやる。
「ふーふーが足りないよ」
「もうそんな熱くないと思うけど、わかったよ」
軽く吹いてやってから智羽の口へ入れると、満足そうに食べた。
「お、大磯君。私が代わろうか?」
「戸渡先輩はゲストなので心置きなく食べてください」
「う、うん……」
智羽の言う通りだ。全くの無関係なのにずっと智羽の面倒を見てくれたんだ。せめてすき焼きくらいは自由に食べて欲しい。
僕は智羽の注文通りの品を次々と口へ運ぶ。
「そろそろ僕も肉食べたいんだけど」
「仕方ないなぁ。じゃあ食べていいよ」
何故か智羽が仕切っている。まあいいや。
おっ、今日は切り落としじゃないらしく、肉の1枚がでかい。これは嬉しい。卵にからめて口にほおばれば、口の中が肉で埋まる。
……たまらん。
「私もおにくりたい」
「はいはい」
智羽の肉も取ってやる。
「そんな大きいのおにくれないよ」
「半分食べてやるから」
取った肉の脂身が多い部分を選び食いちぎり、残った半分を智羽の口に入れる。
「ね、ねえ。智羽ちゃんのお箸、使わないの?」
「それはお兄ちゃんが面倒だし、兄妹だから問題ないです。なんなら口移しでも」
「くちうつ!?」
「いやそれはさすがに……」
家族なんだから箸くらい別にいいんだけど、口移しは相手が誰だろうと抵抗がある。
「うぅ、なんか居たたまれない気分だよ」
「気のせいですよ」
何故か悲しげな戸渡さんと、満足そうな智羽。
なんだろう。よくわからないけどこれを勝負で表現すると、智羽の完勝で戸渡さんの完敗って感じだ。
「僕や智羽のことは気にしなくていいから、遠慮せず食べてね」
「う、うん……あっ、あのね大磯君! そっちにあるお肉取って欲しいなぁ」
「ん? いいよ」
僕は肉を取り戸渡さんの器に入れると、戸渡さんは顔を赤くしながら味わうように食べた。そして嬉しそうな顔だ。よかった、喜んでくれているみたいだ。
肉好き女子、いいと思うよ。
「お兄ちゃん、戸渡先輩は他所様なんだから自分の箸で渡しちゃ駄目だよ」
「えっ? あ、そっか。ごめん」
「ぜ、全然問題ないよ! むしろ……じゃなくて、ええっと、同じ鍋で食べてるんだから今更だよねっ」
考えてみればそうだな。
「智羽が気にしすぎなんじゃないのか?」
「今回はそういうことにしておくよ」
今回ってどういうことだよ。
「そんなわけだから戸渡さん。取って欲しいものがあったら遠慮なく言ってよ」
「う、うん! それじゃあね──」
「おにーぃちゃーん。私おねぎりたいー」
「え、また?」
「うん。今すぐおねぎらないと気持ち悪くなるー」
よくわからないけどまあいいか。味の染みていそうな長ネギをたまごにからめ、少し吹いてやってから智羽の口へ入れる。
「中は熱いから気を付けろよ……って、箸に吸いつくな」
「んふー」
戸渡さんの前だっていうのにはしたないなぁ。
「それで戸渡さんはなにが欲しかった?」
「えっ!? あ、ま、まだいいかなぁ」
そう言って戸渡さんは手近なところにあった春菊を取って食べている。じゃあ僕もそろそろ再肉を。
……ああ、やっぱすき焼きの肉は最高だ。もし僕がスパイで捕まったとして、毎日すき焼きを出すから吐けと言われたら依頼人のことだろうと洗いざらい話してしまうだろう。
「大磯君、やっぱりその、しいたけ──」
「えのきりたいー。えのきが私を呼んでるよ。えのきだけに」
「意味わかんないよ。それじゃ、はい。戸渡さん」
「うぁ、う、うんっ」
「なんで私が先じゃないの?」
「先に言ったの戸渡さんなんだから順番だよ。それにゲストだったらもてなさないと」
「まぅー」
不貞腐れた声を出した。なんか今日の智羽は一段と幼い気がする。
「智羽は少し甘えすぎじゃないか?」
「こういう病気でもないとできないんだからいいんじゃない?」
そういや小学生のころは結構甘えてたな。
距離ができたのはいつからの話だったか……。
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