19話 汚泥の男

 今日は天気がいいから洗濯日和だ。さすがにこれを戸渡さんにやってもらうのも酷いと思う。

 智羽のはどうしよう。女性ものの下着は手洗いするとかいう話を聞いたことがある。だけど僕はやりたくないなぁ。

 これは智羽が回復したら自分でやってもらおう。



 さて、あとは寝るだけだ……っと、スマホを充電しないと。

 ……なんかいっぱいきてた。メールやらチャットやら、不在着信通知まで。そんなに心配なら来ればいい……いや来ないでくれてよかった。

 とりあえずグループチャットで返事しておこう。……っと、早速電話がかかってきた。早いな。


「どうした志郎」

『どーしたじゃねーよ! 全然連絡つかねーし! 大丈夫なのか!?』


 声がでかい。


「僕は平気だけど智羽が倒れて動けないんだ」

『マジかー……。やっぱ俺のせいか?』


 急に不安そうな声で聞いてくる。やっぱ元の志郎に戻っているようだ。


「直接は関係ないよ。でもまあ、治ったらチーズケーキでも買ってやってくれ」

『わかった。ほんとごめんな』


 基本いい奴なんだよなぁ志郎は。それより気になったことを聞かないと。


「ところでなんで直接うちに来なかったんだ? そんな遠くないだろ」


 僕と志郎と竜一は幼馴染だから家はそれなりに近い。学校帰りちょっと寄って行こうくらいの気持ちで来れるはずだ。


『あー、それなんだが……竜一がさ、お前ん家にクラスメイトの戸渡が入って行ったのを見たって言うんだよ』

「なるほど、それで遠慮してたのか」

『じゃああれマジだったのか! それでどうだったんだよ!』

「交代で智羽の世話をしてくれたから助かったよ」

『そかー。俺らじゃできねえもんな。んじゃ竜一には俺から伝えとくから、がんばってなー』


 とりあえず連絡完了。それはさておき、うちへ入るまであれだけ周囲をキョロキョロしてたのに見られてたんだな。


 本人に伝えようか悩む。言わずにいて明日他の目撃者とかから茶化され恥ずかしい思いをさせるか、今伝えて明日の覚悟をさせておくか。

 但し竜一のほかに誰も目撃者がいなければ前者には問題がなくなり、後者は無駄になる。

 一応そこはかとなく伝えておくか。戸渡さんはアドリブに弱そうだし。



「戸渡さん、ちょっといい?」

「は、はいっ。待っ──」


 返事があったからドアを開けたら、そこには下着姿の戸渡さんが……。

 なんで!?


「ぴゃあああああぁぁっ!」

「ごめん!」


 慌ててドアを閉め、様々なものが投げつけられドアが代わりに犠牲となった。


「汚泥ちゃんなんで開けたの」

「『はい』って返事あったからだよ!」

「なんで後に言葉が続くって考えなかったの?」


 確かにそこまで気が回らなかったのは悪いと思う。だけど智羽だったらいつも「ちょっと待って」が先に来るから、その感じで開けてしまった。


「ううぅ、また見られたぁ」

「戸渡先輩、今のは不可抗力ということで汚泥ちゃんを許してあげてください」

「えっ? う、うん」


 罵られるかと思ったのに智羽がフォローをしてくれている。


「女性に対してロクデナシなのは今に始まったことじゃないんですから」

「智羽、聞こえてるぞ」

「汚泥ちゃんにも言ってるからいいんだよ」

「お、おう」


 いわゆる説教なのだろうか。確かに僕は女性に対する配慮が欠けていると思う。耳が痛い。


「だから今のでお嫁に行けないとか責任取ってもらおうは無しでお願いします」

「えっ!? あ、うん……」


 なんか智羽が圧をかけている気がするんだけど。


「だけど戸渡さんはなんで服着てなかったの?」

「だって休日なのに制服着てたら変かなって」


 そういえばそうだった。というか僕も制服のままじゃないか。着替えないと。


「そういえば汚泥ちゃんはなにか用があったんじゃないの?」

「ああそうだった。えっと、なんか戸渡さんがうちに来たところを竜一のやつが見たらしくて」

「ええええええっ!?」


 やっぱ動揺してる。


「ど、どどどうしよう。私が大磯君の家に泊まったことがバレるなんて……」

「いや泊まったかどうかなんてわからないと思うけど」

「み、見張ってたかも!」

「それはないよ流石に」


 週末をそんなことで過ごすほど竜一は暇じゃない。大体一銭の得にもならない。


「ほんと? 言い切れる?」

「大丈夫だよ。あいつは彼女いるし、そんなつまらないことに時間を使っているほど暇じゃないよ」

「だけどほら、彼女さんが忙しかったり……」

「10人もいるんだから誰かしら空いてるんじゃないかな」


 今の僕の言葉で、隣の部屋が凍り付いたような気がした。

 複数いることは智羽も知っていることだから、戸渡さんが固まってしまったのだろう。

 それはそうとして、僕も着替えよう。色々と買い物行かないといけないし。




「食料買ってくるよー」


 着替えた僕は昼まで仮眠をし、智羽の部屋へ声をかける。すると私服の戸渡さんが出て来た。今日も動きやすそうな……なかなか健康的な姿だ。僕は特にそういった属性が好みだったわけじゃなかったのだが、どうしても短パンとサイハイソックスの間に目が行ってしまう。


「じゃあ私が行って来るね」

「そこまでは流石に悪いよ」

「あー、えっと、智羽ちゃんに頼まれたものがあるから」


 言葉を濁すように戸渡さんがいう。ああ、女性特有のなにかだったら僕じゃわからないし、なによりそういうものが置いてある場所をうろつきたくない。ここは頼むしかないようだ。


「それじゃ頼むね」

「うん、任せて!」


 戸渡さんは財布とエコバッグを受け取ると、リズミカルに階段を降りて行った。それじゃ交代するか。


「智羽、入るぞー」


 扉を開けると智羽はベッドから転がり落ち、四つん這いでふらふらと歩きだした。


「なにやってんだよ」

「少しは楽になったから、動けるようになったかなって」


 まだ駄目そうだけど。頭を無限を描くように振って近付いてくる様は、デンプシーロールで有名な往年のプロボクサーのマック能知みたいだ。


「そんなんじゃどこかに頭ぶつけるよ」

「うーん、まだ無理かぁ」


 智羽を持ち上げ、ベッドへ戻してやる。すると智羽はだらしなく寝転がった。


「みっともないから裾の広いワンピースで片膝を立てるのはやめなよ」

「誰かいるわけじゃないんだから」

「外から見えるぞ」

「うやぁ」


 智羽は内股に手を突っ込み裾を巻き込んだ。正面にマンションなどがあるわけじゃないけど、最近は物騒だからドローン的なものが飛んでいるかもしれない。


「だけどなんで急に歩行訓練なんかやろうと思ったんだ?」

「お兄ちゃんがいれば駄目でもベッドに戻してもらえるからだよ」


 そういうことか。

 僕としてもそろそろ自力で動いてもらえるようになってくれないと困るし、いい傾向かもしれない。

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