18話 降格

「──起きて、戸渡さん」

「ん……」

「朝だよ。起きて」

「んうー……う……え……えええーっ!? 大磯君!?」


 戸渡さんは大声を上げて飛び起きた。朝から元気な子だ。


「おはよう戸渡さん」

「お、おひゃようごだいます……」


 ひょっとして泊まってるのを忘れてたのかな。顔が真っ赤だ。


「朝食できてるから食べて行って。そろそろ時間でしょ」


 学校まで徒歩だと20分かからないくらい。チャイムが鳴る8時半まであと1時間あるから、準備や食事をしても充分間に合う。


「う、うんありがとう。智羽ちゃんは?」

「え、えーっと、昨日あれからちょっと拗ねちゃって今機嫌悪いんだ」

「ありゃぁ」


 あれから一切口を聞いてくれない。全くなんだというのか。

 で、触っちゃいけないところというのはなんだろうか。戸渡さんに聞くわけにもいかないし……。


「難しい顔してるけど、大丈夫?」

「ああごめん。じゃあ下で待ってるから」


 そう言って部屋を出たところ、僕の部屋から戸渡さんを呼ぶ声がした。だから部屋の外で待機し、戸渡さんが着替えてくるのを待った。



「うわっ! 下で待ってるんじゃ……」

「智羽が戸渡さんを呼んでるから待ってたんだ」


 制服に着替えた戸渡さんは、ドアの前で僕が待っていたことに驚いていた。声をかけておけばよかったかな。



「おはよう智羽ちゃん。大丈夫?」

「おはようございます戸渡先輩。ちょっとお願いがあります」

「うん、どうしたの?」

「お手洗いまで、お願いしたいです」

「そんなの僕に言えばいいじゃないか」

「お兄ちゃんは降格したからもうお兄ちゃんじゃないよ」

「……降格したら僕はどうなるんだ?」

「んー、汚泥ちゃんかな」


 ……汚泥は嫌だなぁ。


「私がいない間になにがあったの?」

「お兄ちゃんが女性へ配慮のできないロクデナシってことがわかったんだよ」


 悪かったねロクデナシで。触っちゃいけないところがあるだなんて知らなかったんだよ。

 今度竜一に聞いておこう。


「えっ、そんなことはないと思うよ。大磯君はその……、お、王子様だと思うよ!」

「「へ?」」


 僕と智羽がハモった。


「なんで汚泥ちゃんなんかが王子様だと思ったの?」

「だからその呼び方やめてって。あと、僕もちょっと気になったんだけど……」

「ええっ!? な、なんでもないよ。うん、なんでもないから!」


 どう考えてもなんでもあるぞ。第一心当たりがない。


「そそそそれよりも智羽ちゃん、お手洗い! いこっ。うんっ」

「そうだった。お願いします」


 戸渡さんは智羽を支えながらトイレへ向かった。慌ただしい朝だなぁ。

 この場は戸渡さんに任せて、僕は自分のごはんも用意しておくか。




「お待たせ……わあっ」

「朝から智羽の世話させちゃってごめんね」


 智羽をトイレへ連れて行き、ベッドへ寝かせてきてくれた戸渡さんはリビングで感嘆の声を出した。

 時間があったからちょっと手間をかけた朝食にしてみた。といってもパンケーキ、ベーコン、スクランブルエッグ、それとソーセージにサラダという超アメリカンな朝食だ。


「凄いおいしそう! いつもこんな朝ご飯なの?」

「時間があったから、ちょっと張り切ってみたよ」


 戸渡さんが凄く嬉しそうに席へつく。僕も対面に座り、何気なくテレビをつける。


『────本日は久々の晴れの日曜日で、観光日和となるでしょう』

「「えっ!?」」


 僕と戸渡さんはハモった。

 ……今日は日曜日だったのか。



 僕と戸渡さんは黙々とパンケーキを食べる。

 気まずい。


 智羽が気付かなかったのはいい。ずっと寝込んでいたから時間の間隔がおかしくなっているだろう。

 僕もバタバタしていて曜日ってものを気にしていなかった。言い訳がましいが、これも仕方ないと思おう。


「戸渡さん」

「ひゃいっ!?」

「今日、休みだったんだね」

「そ、そそ、そうみたいだねぇ」


 気付いていなかったみたいだ。きっと僕が休んだことで心配してくれていたんだろう。問題ない。

 よし、誰も悪くない。でも早々に気付いてよかった。




「ごちそうさまでしたぁ」

「お粗末さまでした」

「と、とんでもないよぉ! なんかすごい、朝ご飯食べたぁって気になれたっ」


 戸渡さんがニコニコしながら紅茶を飲んでいる。休みだから慌てずに過ごせる朝はいいものだ。


「いつもどんな朝食なの?」

「トーストにバターを塗ってハム乗せただけかな」


 それは少し物足りないかも。朝食は活力なんだからある程度は食べておかないと。


「えっと、それで今日はどうしよう」

「うーん。もう起きちゃったし、このまま智羽ちゃんを見てようかなって思うよ」

「そう? じゃあ僕は──」

「大磯君は寝ておいたほうがいいと思うよ。あれから寝てないでしょ?」


 寝てはいないけど、流石に食べてすぐ寝る気にはならない。


「洗濯とかしてから寝ようかな」

「うんわかった……あっ」


 戸渡さんがなにか気付いたのか、突然声を上げて気まずそうな顔をした。


「どうしたの?」

「そういえば昨日、引臣くんたちが大磯君と連絡が取れないって言ってたのを思い出したんだよ」


 えっ? 僕のスマホは鳴ってないんだけど……やばい、一昨日から充電してなかったからきっとバッテリーが切れてたんだ。


 とりあえず僕は無事だってこと伝えておかないと。

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