17話 愚策

 恋だと? なにを言っているんだ智羽は。


「あのな智羽。僕らは兄妹なんだぞ」

「うん。だから?」

「だからって……。普通兄妹でしてはいけないものだろ」

「その普通が間違ってるんだから仕方ないよ」


 普通が間違っている。その発想はなかった。

 ……まず智羽の恋愛論を聞こう。それから考えてみてもいい。


「なんで普通が間違っていると思うんだ?」

「だってそもそも恋ってするものじゃないから」

「へ?」

「恋ってさ、あの人に恋しようとか思ってするものじゃないでしょ。勝手になるものなんだよ」


 ……ああ、そういうことか! だったら確かに普通が間違っているとも言える。

 してはいけないと言われても、自分の意志でどうにかできるものじゃない。咳みたいなものだ。

 だとすると正しくは、恋をしてもそれを進展させようとしてはいけない、かな。

 英語だとフォーリンラブ、つまり落ちるものだと表現されている。自分でどうにかならないものを駄目だというのは無理がある。落ちている人間に落ちるなと言ってるんだから。


「理解した。尤もだ。それで僕にどうして欲しいんだ?」

「だから違うって。私がどうじゃなくてお兄ちゃんがどうするかだよ」


 智羽の気持ちを聞いたんだから、今度は僕がそれに対する気持ちを決める番ってことか。

 だけどこれは急に聞かれて答えられるような話じゃない。兄妹なんだからもちろんノーとなるのだが、だからといって智羽の気持ちを否定するつもりはない。


 それでもまあ、智羽は賢いからわかってくれるだろう。


「時間に任せてみてもいいんじゃないか?」

「それは愚策だよ」


 ……妹に愚策なんて言われてしまった……。

 だけど言わんとしていることもわかる。時間と共に気持ちが薄れるとは限らない。逆に強まることも大いにあるんだ。どちらに転ぶかわからない以上、安易に任せないほうがいい。


「僕がどうしたいっていうのはすぐに答えは出せないと思う。智羽はなにかいい案ある?」

「えっと、そうだね……やっぱりあのときの続きをしてみるべきだと思うよ」

「なんでそうなる!?」


 思わず大きめな声を出してしまった。隣に戸渡さんがいるんだから聞こえたらまずい。


「あのときの気持ちってなんだったのか、もう一度確認してみるんだよ」


 なるほどというよりも、僕自身それは気になっていた。

 実のところ、あれは一体どういった感覚だったのか。妹というよりも、女性に対する行為としてドキッとしたのか、それともああいったことを妹にしたことでドキッとしたのか、はたまた妹そのものに対しての感情だったのか。


 正直、どれもダメージがでかい。最も痛みの小さい前者だとしても、僕は妹に女性を感じてしまったことになる。それはつまり僕の今まで思っていた、兄弟姉妹は自分と同じような存在であるということの否定に繋がる。

 そうなると今まで通りに智羽と接することができなくなるかもしれない。


 とはいえ残りの2つには問題がありすぎる。それこそ破滅だ。なにせ妹に興奮していたということになる。どれだけ飢えているんだ。


 やはりここは確かめるべきだ。その道がどうあれ、智羽がこうなった原因は僕なんだし、根本を調べなくてはならない。


「じゃ、じゃあ再現してみるか」


 こうして再び僕はあの状況に陥ることとなった。




「そういや智羽、下着は?」

「戸渡先輩がいるから履いてるよ」


 そっか、そりゃよかった。履いてなければ大惨事になる。


「寝たままで大丈夫だよね?」

「うん……もう少し足を開いて」


 智羽は横になったまま足を軽く開き、膝を少し上げた。僕はその足の間にいる。


 ……やばい。なにがやばいって、なにがやばいのかわからなくなるくらいやばい。なんだこの光景は。

 まだワンピースの裾で隠れているからいい。だけどあれがめくられたら……。


「じゃ、めくるよ」

「ま、待って!」


 危なかった。あのままめくられていたら頭が狂っていたかもしれない。

 一旦落ち着くため、やはり前回の踏襲をしようと、ソファに座っているような感じに足だけベッドから出してもらった。


「じゃあ、いくよ」

「うん……」


 何故か正座してしまっている僕は、智羽のワンピースの裾がゆっくりと持ち上げられるのを待つ。

 ……おおぅ。何故か感嘆の声が出てしまった。女の子の下着って肌と同化しているかのようにぴったりとフィットしているものなんだな。


 僕はその内ももの付け根に向かって正座したまま体を低くし、ゆっくりと顔を近付ける。

 前回は学校帰りだったせいか、やたらと湿気が篭っていた。それに汗のせいか酸味のようなものが鼻腔をついたが、今回はそれがほとんどなく、どちらかと言えば石鹸のさわやかな匂いが残っている。


 あと今回は智羽が寝ているから顔が見えない。そうだ、前回智羽の顔を見てからおかしくなったんだ。

 ふいに顔を上げ、智羽の様子を伺う。すると智羽は目をぎゅっと閉じていたが、智羽からも僕が見えないからなのか、前よりも穏やかな感じに見える。

 そこで僕はまた顔を元の位置に戻し、ゆっくりと近付けていく。


 するとふいに智羽が足をもぞもぞ動かした。


「ど、どうしたの?」

「鼻息でくすぐったいよ」


 気付くとかなり接近していた。心臓が更に高鳴り、落ち着けず息も整えられない。

 だけどあと少し。もう少しで舌を伸ばせば届く。よし────


「ふやああぁぁっ!」


 急に智羽が足を閉じ、顔がももに挟まれた!


「い、痛い痛い! は、離して!」

「ふ、ふ、ふやあぁっ」


 智羽は膝を上げ、足の裏を僕の顔につけると思い切り蹴飛ばしてきた。


「な、なにすんだよ!」

「ふえぇ、お兄ちゃんが触っちゃいけないトコ触ったぁ!」


 ぼ、僕はどこも触ってないぞ!

 ……そういえば、あと少しというところで鼻先になにかが触れたような気がした。というか触ってはいけないとこってなんだ。


「いいからちょっと落ち着けっ」

「落ち着けることじゃないよぉ!」


 智羽はベッドの中へ足を引っ込め、枕で顔を覆った。


「おい智羽」

「……落ち着くまで話しかけないで」


 一体どうしろっていうんだよ。

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