16話 草津の湯

 目覚ましがけたたましく鳴り、目を覚ましたのが午前2時。話し合いの結果、この時間に僕と戸渡さんが入れ替わる。

 ドアをノックしたら智羽も起きていた。寝られないのかな。


「時間だよ」

「あっ、うん。それで私はどうすればいいのかな」


 ……そういえば入れ替わることを話し合ったけど、どこで休むということは考えていなかった。

 このままこの部屋にいたら休もうにも休まらないだろうし、だからといってリビングのソファに寝かせるわけにはいかない。

 そして居ないからといって両親の部屋を勝手に使うのも駄目だ。とすると……。


「申し訳ないけど、僕の部屋を使ってもらえないかな」

「ええっ!?」

「……あー、でも来客用っていうか予備の布団とかないや。冬用はクリーニングに預けたままだし……」


 今から探しても無駄に時間がかかるだけだ。朝まで時間がないのだから、そんな余裕はない。


「ぜ、全然! 大磯君さえよければ、その、大磯君の布団を……」

「あっお兄ちゃん。私がお兄ちゃんの部屋に行けばいいんじゃない?」


 なんだそのよくわからない提案は。

 だけどよく考えてみればそれもアリか。

 智羽は何度かもどしているがシーツやベッドバッドを交換しているし、今は布団カバーやピロケースも綺麗だ。それに女の子同士ならマシな気がする。

 僕の布団は男臭くなっているだろうし、それならば兄妹である智羽のほうが気は楽だと思う。明日も学校へ行くわけじゃないし。


「んじゃそうしようか」

「ううぅ」


 なんか急に戸渡さんがしぼんでしまった。


「智羽、布団に吐いたりしてないよね?」

「うん。替えてからは大丈夫」


 だったら問題ない。僕の布団よりも綺麗だと思う。

 智羽を抱き上げ運ぼうとしたところ、智羽が戸渡さんを呼んで耳打ちした。


「戸渡先輩」

「な、なあに?」

「そういうのはダメですよ」

「ち、違……違うの!」


 丸聞こえだけどなにを言っているのかわからない。僕が寝ている間になにかあったのだろう。


「なんの話?」

「お兄ちゃんには聞かせられない話だよ」


 僕に関係ないというのならわかるが、僕に聞かせられない話ってなんだ。女の子同士の秘密のようなものだろうか。


「よくわからないけどいいか。戸渡さん、朝になったら起こしたほうがいい?」

「えぅっ!? う、うん是非起こして欲しい!」


 なんかよくわからないけど急に元気が出たみたいだ。まあいい……っと。


「智羽」

「なに?」

「なんかモロ不機嫌って顔してるぞ」

「動いたから頭くらくらしてるんだよ」


 そっか、大変だな。まだ良くなる兆しがないのか。そっと運ばないと。


「じゃあ戸渡さん。おやすみ」

「はぅっ! おやすみ、なさいっ」


 返事の勢いがいいけど、あれで寝られるのかな。



 部屋に入り智羽を僕のベッドへ寝かせ、布団をかけてやる。


「……あにい臭がする」

「加齢臭みたいな発音で言うなよ。今日はそれで我慢してくれ」

「我慢もなにも嫌いじゃないよ、お兄ちゃんの匂い」


 それならいい。ゆっくり寝てくれ。

 僕は────寝ないようにゲームでもしていようか。




「ねえお兄ちゃん」


 暫く経ったあと、智羽が話しかけてきた。寝付けないのかな。


「どうした?」

「戸渡さん、いいひとだね」


 今日はずっと面倒見てくれたもんな。智羽のことしっかり見てくれたし、僕も眠れたし。すごく助かった。


「そうだね……ああいう姉が欲しかったとか?」

「それはないよ」


 断言された。


「そこまでは好きじゃないって?」

「ううん、私はお兄ちゃんがいればいいからお姉ちゃんはいらないよ」

「そっか」


 弟妹ならあり得ても姉なんて後からできるもんじゃないし、不毛な考えとも言えるだろう。


「そうだ、明日……てか今日か。また戸渡さん来てくれるって」

「やったあ」

「なんか心がこもってないよ」

「逆にこもってると思われたらびっくりだよ」


 全くこめていなかったのか。


「なんでこめないんだ?」

「えっとね、戸渡さんを好きな私と受け入れ難い私がいるんだよ」

「どういうこと?」

「多分この病気のせいで弱っている私は、この受け入れ難い私に攻め入られているわけ」

「理解できないんだけど、それで?」

「全てはお兄ちゃんが悪いから、お兄ちゃんが責任を持って収拾つけるべきだと思うよ」


 言いたいことがわからない。だけどずきりと胸に刺さった。

 先生の言うとおりで、これの原因がストレスだというのならば、間違いなく僕が原因であり責任を取るべきだ。

 だけど収拾なんてどうつければいいかわからない。


「つまり僕はなにをすればいいんだ?」

「多分お兄ちゃんは根本的な勘違いをしているから、そこを直すところから始めようか」

「勘違い?」


 いくら悩んでも答えが出てこない。僕が一体どんな間違いをしていたのだろうか。


「じゃあ正すから、僕がどんな間違いをしているのか教えて欲しい」


 これで『自らの力で気付くべきだ』みたいな、どこかの師匠のような台詞は言わないだろう。


「私の病気、なんだかわかってる?」

「良性突発性頭位めまい症、だろ」

「違うよ。これは────」


 次の智羽の言葉は、僕の理解できるものではなかった。


「──これは、恋の病だよ」

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