15話 通い妻

「はぁー……」


 自室でベッドに寝転がり、大きく息を吐いた。少し疲れていたようだ。気を緩めた瞬間、気だるさを感じた。

 戸渡さんが来てくれて本当に助かった。あと数日続いていたら僕のほうがまいってしまったかもしれない。


 ……寝よう。少しでも回復させて、後で戸渡さんと交代しよう。彼女は今日学校へ行き、そのままうちへ来てくれているんだ。それなりに疲れているはず。


 だけどなんか隣の部屋から叫ぶ声が聞こえると少し落ち着かない。声から判断するに戸渡さんだろう。

 なにを話しているのかな。気になりつつも耳は壁に寄り付こうとしない。疲れているからなぁ。


 あっ、智羽がもどしてる。でもちゃんと対応してくれているみたいだ。これなら任せても大丈夫だろう。

 安心したら意識が緩んできた。眠い……。




 ────っと、寝てたか。時間は……20時!? やばい、ご飯まだだった。

 智羽は食べれるかな。あと戸渡さんの分も用意しないと。




「あっお兄ちゃん」

「えっと、食事中かな」


 戸渡さんがスプーンで掬って智羽の口に入れている得体のしれないものが気になった。スライムかな。


「それはなに?」

「はちみつを寒天で固めて細かく砕いたものとすりおろしりんごを混ぜたやつだよ」


 なにそれ美味そう。食べる直前に絞ったのか、半分に切れたレモンもある。


「そろそろご飯と思ったんだけど……」


 材料を聞く限り、おやつ的な印象がある。それより栄養素の高いものを上げたほうがいいんじゃないかな。

 そんなわけで昨日に引き続き、シチューなんかいいんじゃないかと提案してみたんだけど、戸渡さんから却下されてしまった。


「えっとね、乳製品は確かに栄養あるけど、気分悪いときだと吐きやすいんだよ。折角の栄養も出しちゃったら意味ないから、こういうときはさっぱりとしたもののほうがいいんだって」


 なるほど言われてみればその通りだ。少量でも栄養が摂れるものばかり考えていた。


「智羽はどう?」

「うん、これすっごくいいよ。食べやすいしおいしいし、普段でも食べたいくらい」


 りんごは栄養あるしはちみつも体にいいからばっちりだ。いいものを用意してもらえた。

 それにしても……気になるなぁ。


「ちょっとひとくちもらってもいい?」

「えっ? あ、うん。どうぞ……あっ」


 戸渡さんが手に持っていたスプーンをもらい、ひと口掬って食べてみた。

 ……うん、僕のおやつ毎日これでいいや。


 ちょっと待って、これ超美味いんだけど。もうひと口、もうひと口……。


「お兄ちゃん。私の分なくなっちゃうから」


 やばい、これがハニートラップというやつか。危うく智羽の栄養を奪うところだった。


「ごめんごめん、あまりにも美味しかったからつい」


 スプーンを戸渡さんに返すと、戸渡さんは真剣な顔でスプーンを見始めた。

 今にも曲げそうな感じで見つめていたところ、なにかをごくりと飲み込む。


「わ、わたひもひと口食べ……」

「戸渡先輩、次お願いします」

「えっ!? あ、ちょっと待ってて。新しいスプーンを……」

「なんでですか?」


「う、ううぅ……はい」


 戸渡さんは何故か悲しそうな顔をして智羽へスプーンで例のブツを掬い、智羽は何故かそれを勝ち誇ったような表情で食べた。


「智羽、ちゃんと仲良くやってる?」

「当たり前だよ。戸渡先輩、とてもやさしいんだから」

「そっか、本当にありがとうね」

「えっ!? う、ううん! 私が好きでやってることだから! 智羽ちゃんいい子だし!」


 それはよかった。まあ仲が悪かったらあんな風に上半身を抱き起してごはんをあげたりしないか。


「じゃあ智羽のことを頼むよ。戸渡さん、ごはんまだだよね? 僕が作るよ」

「えええええっ!? 大磯君の手料理!?」

「大したものは作れないけどね。とりあえず食べれるとは思うから。なにか食べたいものある?」

「じゃ、じゃあ……」


 そこまで言って戸渡さんはひとりでぶつぶつ言いながら、急に嬉しそうな顔をしたり悲しんだり照れたりしている。どんなことを頭の中で繰り広げているのだろう。

 なにか決めかねている感じかな。ちょっと聞き方を変えてみるか。


「戸渡さんが好きな食べ物は?」

「えっ? お肉……じゃなくて! えっとね! パスタとかオムレツとか好きかなぁ!」


 顔を赤くして視線を逸らしている。いいじゃん肉好き女子。

 でもうちには肉々しい食材はない。せいぜいひき肉や豚バラ肉のスライスとかだ。


「……よし、ちょっと作ってみるよ」


 僕がそう言うと戸渡さんは赤くなった顔をふせ、モジモジしはじめ智羽は少しつまらなさそうな顔をした。

 さて上手くいくかな。




「──どうかな?」

「えっ!? あ、うん! すっごくおいしい! えへへ」


 智羽が落ち着いたみたいだから、僕と戸渡さんはリビングで遅めの夕食を食べた。

 戸渡さんは凄くご機嫌な感じで僕の作ったオムハンバーグを食べてくれている。

 僕も食べているが、悪くはない。オム分が味を薄めるからちょっと濃いめの味付けをして正解だった。


「大磯君、今ご両親いないんだよね?」

「うん。1週間ちょっとだけど」

「そっか、大変だね」


 普段の僕と智羽だけなら大したことじゃない。だけど今回は本当に大変だ。戸渡さんが来てくれてかなり助かった。


「明日は学校来れそう?」

「今の智羽の状態を見ると無理そうかな」

「……だよね。私もあんな智羽ちゃんを置いて学校に行けないよ」


 せめて家の中だけでも歩き回れるくらい回復していないと放置できない。ごはんは火やレンジなどを使わないものを用意すればいいから、トイレへひとりで行けるようになってくれればいい。


「じゃあ、その……明日も来ていい、かな」

「えっ?」


 戸渡さんの提案はとても魅力的だ。僕としてはかなり助かる。


「だけど戸渡さんが休む時間なくなっちゃうよ」

「あー……だ、大丈夫だよ。私、これでも丈夫だから」


 嬉しいんだけど、僕や智羽のために無理をしないで欲しいな。

 とりあえずもうひと眠りして、それから戸渡さんと交代する方向で話してみよう。

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