12話 邪魔
「それにしたって智羽、なんで……」
「なんで、なに?」
なんであんなに戸渡さんから僕のことを聞こうとしていたのか。
それを聞きたかったのだが、あれは僕のいない風呂場での出来ごとだ。これを訊ねるということは、僕が聞いていたことがバレてしまう。
「えーっと、なんていうか、戸渡さんを見るときの目が挑発的な感じがするんだ」
「そうなの? 気付かなかった」
完全に出まかせだ。本当にそうだったかなんて僕には判断できない。
だけど頬に手を当てむにむにと動かしている智羽を見ると、実際そうだったのではという気がしてきた。
「うぅ、やば。気持ち悪い……」
「変なことするからだよ。もう少し耐えてくれれば薬が効いて楽になるから」
全くもう。
……そういえばあの件以来、僕は智羽とまともに話せていなかった。なのに今は以前のような関係に戻っている。これは病気のせい……というよりも病気がきっかけで余計なことを考えずに済んでいるからだろう。智羽には申し訳ないが、このタイミングで病気になってもらえたのは幸いとも言えそうだ。
「じゃあ楽になるまでやわらか子猫ちゃん歌ってよ」
「なんだそりゃ。聞いたことないよ」
「戸渡先輩から病気のときは歌ってもらえるって……お兄ちゃん、やっぱりそんなに仲良くないの?」
「そりゃ学校でもロクに話さないから」
「そっかそっか。ふぅん」
智羽は少し嬉しそうな笑顔を見せた。なんなんだよ一体。
「でねお兄ちゃん。あの人はキケンだから気をつけてね」
急にあの人呼ばわりか。しかも危険ってなんだ? 女スパイとか?
……僕をスパイするメリットなんて微塵も思いつかないんだけど。
「危険って?」
「んー、なんかね、天然のしたたかさっていうのかな。お兄ちゃんいろんなところでにぶそうだからさぁ」
「僕が鈍い? どこらへんが?」
「例えば服を取りに帰るとき、実家に行ってから帰ってくるって言ってたよね」
「そういえばそんなことを言ってた気が……」
「てことは多分、脳内ではもうお兄ちゃんと結婚してる設定になってるよ」
「……まさかぁ」
それは智羽の考え過ぎだよ流石に。
でも実家って、まるで他に住んでいるところがあるみたいじゃないか。しかも帰ってくるっていうのは、住んでる場所に戻るって意味な気も……。
ううむ、智羽の言っていることには一理あるかもしれない。
もし万が一、智羽の言うように戸渡さんが僕のことを好いているとする。そして僕も満更でもないと考え付き合ったとしよう。
するとどうなるだろうか。……駄目だ、女の子と付き合ったことがないからこの先どうなるか見当もつかない。
「もし僕が戸渡さんと付き合ったらどうなるのかな」
「私がお兄ちゃんという栄養素を摂取できなくなって枯れるんじゃないの?」
「そんなわけないだろ。というか意味がわからない」
「そういう可能性もあるってことだよ。ゼロじゃないでしょ。窒素兄さんカリだよ」
リン酸はどこに行った?
確かにゼロとは言い切れないが、現実的にそんなことがあるのだろうか。
だけど智羽が枯れるのは嫌だな。ううむ。
「だったら逆に僕という枷から解放された智羽が更に躍進をするってことは?」
「それはないよ」
ないのか。断言されてしまった。
「いやほら、万が一あるかもしれないし」
「そもそもお兄ちゃんは私の枷じゃないよ」
そう思ってもらえるのは嬉しい。僕は智羽の邪魔になっていないんだ。
とすると智羽にとって障害になるのは……戸渡さん?
あれ? 僕はなにを言ってるんだ? だけど結論を考えると……あれれ?
「なんか変な解答に行き着いたんだけど」
「気のせいだよ」
だよね。そんなおかしな話になるわけがない。
「……ようするに智羽は戸渡さんをあまり好ましく思っていないのかな」
「そんなわけないよ。親切だし話しやすいし、お兄ちゃんのオトモダチとしてはとてもいいと思うよ」
特に嫌っているわけじゃないんだ。よかった。それなら安心して任せられる。
しかし智羽は「ただ……」と話を続けた。
「ちょっと妄想が強いからね、もし付き合ったりしたら現実のお兄ちゃんとのギャップで別れるようなことがあるかもしれないよ」
「そんなものかなぁ」
「そんなものだよ。お兄ちゃんだって初めて付き合うんだったら、ちゃんと現実の自分をよく知ってくれている人のほうがいいと思うんだ」
智羽の言うことはとても正しいと思う。この人はこういう人だと決めつけで考えていたら、実際には全く異なっていたなんてことがあったらがっかりするだろう。
逆にその相手の新鮮なところが見れて嬉しいということもあるかもしれない。でもそんなのはどっちに転ぶかわからない。
「智羽が考えていることは僕も納得できた。でもそんな相手なんてまずいなさそうなんだけど」
「私、お兄ちゃんのことよく知ってるよ?」
智羽は、なにを言っているんだと言いたげにきょとんとした顔をした。だけどそれは僕が言いたいことだ。
「でも智羽は妹じゃないか」
「そんな妹にこないだドキドキしていたよね?」
今の言葉で心臓が破裂寸前までドキドキした。やばい、平静を装っていたつもりだったのだが、智羽にバレていた。
ドキドキ度で言えば、さっきの風呂場での光景よりも上だ。まるでドキドキを上書きされたみたい。
それと共にあのときの智羽のことが脳裏に浮かび上がる。ようやく元に戻れたのに、智羽はなにをしたいんだ。
「そ、そんなこと言って智羽だってドキドキしたんじゃないのか?」
「私? してたよ」
智羽は誤魔化そうとせず、ストレートに言ってきた。
「今までお兄ちゃんはお兄ちゃんとしか思ってなかったんだけどさ、私ってお兄ちゃんでドキドキできるんだって初めて知ったよ」
「それは……僕もそうだった」
智羽がちゃんと言っているのに、僕が誤魔化してどうするんだ。ちゃんと答えよう。
だけどその次の言葉がなかなか出てこない。智羽も言い辛いのだろう。
「そのとき私思ったんだよ。ひょっとして私はお兄ちゃんのこと好きなんじゃないかなって」
「おい、僕たちは兄妹──」
「その妹にドキドキしてたんでしょ?」
言い返せなかった。焦りとか、恐怖というのとは違う。あのとき感じたドキドキは一体なんだったのか。
「それでお兄ちゃん、さっき戸渡さんにもドキドキしてたでしょ」
それもバレてたのか。智羽はどれだけ僕を観察していたんだ。
「つまり、戸渡さんはお兄ちゃんにとっても、私にとってもキケンなんだよ」
危険とかおだやかじゃない言葉だ。智羽は一体どうしたいんだ。
「まさか僕を戸渡さんに取られるなんて思ってたり──」
「してるよ。ちょっと焦ってる。だから……続き」
「つ、続きって?」
智羽は顔をそむけ、ワンピースの裾を引っ張り上げた。
「舐めて、みる?」
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