6話 妹の知らない姿
自分の家へ帰るのが、こんなにもつらいと思う日がくるとは思わなかった。
だって自分の家だぞ。住み慣れた最も気が休まる場所のはずだ。
それなのに歩みが普段の半分しか進まない。だけどまだ速い。
もっとゆっくり歩かねば家に着いてしまう。
家に帰ったらきっと、まともに考えられる余裕なんてなくなるだろう。
ダメだ、この道じゃあすぐに家だ。もっと遠回りしないと。
……僕はなんてバカなんだろうか。
遠回りをすることばかりに集中し、本来考えなければいけないことを忘れていた。
結局ただ無駄な時間を過ごしただけで家に帰ってしまった。
玄関のドアを開け、靴を脱ぐ。そして……智羽の靴を確認。帰っているな。
さて──。
「ただいまっと」
「んー」
部屋にいれくれればいいものを、智羽はいつもどおりリビングでソファに座り、テレビを見ていた。
時間は……やばい、5時半じゃないか。あと1時間もしないうちに母さんが帰ってきてしまう。
ことがことだけに、親の前でするわけにはいかない。
急げ、急げっ。
「な、なあ智羽」
僕の声に智羽はテレビから目を離し、こちらを見た。
「どしたの? 急に改まって」
さすがに妹となれど、これを言うには抵抗がある。
妹に対してどう、というよりも台詞として言うことに。
しかし時間がない。ここは思い切りの良さで押し通すしかない。
「えーっと、ちょっとスカートをまくり上げてくれないか」
「……はぁ?」
そして時間が止まった。
「……お兄ちゃんさ、クソ虫にまで落ちぶれたわけ?」
空間的静寂を先に打ち破ったのは智羽の一言だった。
まさか妹にクソ虫呼ばわりされる日がくるとは。
死んだ目で見られている。こんな目で見られることなんて妹どころか他の女子にもない。
罪悪感というか、自分が本当にクソ虫になった気分にさせられる。
「違うんだ、聞いてくれ!」
さすがにあの目は耐えられない。僕は観念し、発端を白状することにした。
「────はぁ、音形さんかぁ。どおりで最近のお兄ちゃんは変だと思ったら」
呆れたように大きなため息を1つつき、智羽は納得してくれた。
智羽も一応志郎の病気を知っている。最初から話していれば面倒はなかったかもしれない。
「うん、まあ」
「それならそうと最初から言ってくれればさぁ」
「すまん」
「まあでも……私だって自分の兄がそんな風に思われたら嫌だし、いいよ」
智羽も僕がホモだなんて町中でうわさになっていたら気分が悪いらしく、承諾してくれた。
ソファに座ったまま、軽く足を開きスカートをまくっている。
僕はその内側へと顔を近づけた。
スカートの中は思いのほか湿度が高く、むわっとしている。
裾が広いから熱が逃げるものだと思っていたが、案外そうでもないらしい。
そして汗ばんだ肌からは、確かに制汗スプレーなどの匂いはなく、人の汗特有のツンとした刺激が鼻をつく。
ふと智羽を見ると、顔を赤らめこちらを見ないようにしている。
まるで恥ずかしいのを耐えているような。
恥ずかしい? なんでだ。
僕らは兄妹で、子供の頃から一緒だし、二人だけで風呂にも入ったことがある。
今更何を恥ずかしがる?
恥ずかしいと思うということは、相手を意識しているからじゃないのか?
智羽は僕を意識している? まさか。
だけど今僕が見ているこの智羽の姿はなんだ。
僕はこの妹を、知らない。
ドクン。
突然心臓が破壊的な鼓動をし、血管を利用し血液を使い、全身を殴りつける。
手を、足を、脳を。
酸素が足りない。呼吸が荒くなる。これではまるで興奮しているみたいじゃないか。
そして顔が前に行くのを止められない。何故だ。
「ね、ねえもうやめようよ。なんか……やっぱりおかしいよ」
突然の智羽の言葉に、意識がハッと戻った。
「そそ、そうだよな。いくら兄妹でもこういうのはな」
僕は慌てて智羽から離れた。
それから僕は部屋に戻ったが、何かがおかしくなっていることにすぐ気付けずにいた。
気持ちが落ち着けばわかるのだろうが、全く治まることはなくもやもやしている。
なんだろう、この感じは。
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