5話 僕の友達は敵しかいない

「よーぉ、ゲイ掘る君」

「ちょっと屋上から飛び降りてこい」

「そんなことして死んだらどうするんだよ!」

「人のことを伝説の武器みたいな罵り方する奴なんか滅ぶべきだろ」


 今朝は教室の入り口で俺を待っていた志郎は、わざわざ人を罵るために挨拶をしてきた。

 この騒ぎを待っていたとばかりに席から竜一もやってくる。

 こうして僕の包囲網ができあがった。


「んでどうだったよ!」


 来た来た。このために僕はあの苦行を越えてきたんだ。


「あー……、なめてみたよ」

「こここ、こいつ! こいつぅぅ! 殺させてくれえぇぇ!」

「まあまあ」


 興奮して暴れる志郎を、竜一は羽交い絞めにしてなだめた。

 自分でやれと言っておきながらやったら殺したいとか、意味がわからん。だったら最初からやらせないで欲しい。


「家族はノーカン、家族はノーカン、家族は……」


 志郎は英単語の暗記のようにぶつぶつと同じことを繰り返す。

 それで納得できるなら最初からそうしてくれ。


「んでどうだよ!」


 気を取り直したのか、志郎は再び叫んだ。


「だから言っただろ。なめたって」

「ちっげぇぇよ! 味だよ味! それにスメル! 何度も言わすな!」


 来た来た。そうくると思って嘘ではなくちゃんと知識を得てきたんだ。


「うーっと、まずかった」

「嘘つくんじゃねえ! 俺の智羽ちゃんだぞ! まずいとかありえねえ!」


 だからお前のじゃないってば。

 例えお前のだとしても、まずいものはまずい。


「具体的にはどうだったのかい?」


 暴れる志郎を押しのけ、竜一までもが聞いてきた。


「えーっとな、なんかぴりっとした刺激みたいなのがあって……」

「ああ、それは制汗スプレーのせいだね」


 なるほど、そりゃまずかろう。

 制汗スプレーがうまかったら、きっとみんな口の中に──やらないか。

 酸素缶じゃあるまいし、そんな光景見たくない。

 だけどこれでもう僕の役目も──


「じゃあ次いくぞ、次!」


 もう勘弁してくれないだろうか。

 でもワキを舐める以上のことなんて、そうそうないはずだ。


「次はお手柔らかに頼むよ、ほんとに……」

「制汗スプレーがかかっていないところで竜一、いい智恵を貸せ」


 こいつまた竜一に頼りやがった。

 まずいぞ、竜一がワキと言い出さなければこんなことにならなかったからな。またとんでもないことを教えないとも限らない。


「じゃあ内股の付け根辺りを舐めてみるといいよ」

「なんでだよ!」


 あまりにもあまりなことに、返事が脊髄反射した。

 竜一、お前も敵か?


「それは基本、内股に制汗スプレーはしないからだよ。智羽ちゃんは共学だったよね?」

「ああ」

「女子校だとやる子もいるけど、共学ならまず大丈夫だから」


全然大丈夫じゃない。むしろそうであってくれればやらずに済んだと思うと、智羽が共学に通っていることが憎い。


「竜一はそもそもなんで汗にこだわるんだ」

「汗にはフェロモンが含まれているからだよ。女性という感覚を味わいたいのなら、まずフェロモンを感じるのが一番てっとり早いからね」

「僕は別に女性の感覚を味わいたいわけじゃない!」

「だよなぁ。お前ホモだもんな」

「ちげぇよ!」


 そして再びホモ疑惑。だんだん腹がたってくる。


「だったらちょっと味わってこいよ。ぺろんと」

「何が悲しくて妹からそんなもの味わなければいけないんだ」

「妹とか関係ないと思うよ。ただミツは僕から見てもホモっぽいし」

「はあ?」


 とうとう竜一までこんなことを言い出しやがった。一体僕はなんなんだ。


「ああごめんごめん、言い方が悪かったよ。ミツは彼女が欲しいみたいなことを言っている割にはさ、あまりにも女性を知ろうとしていないからさ」


 そうなのか?

 僕だってそれなりに興味を持っているつもりだったのだが、まだ足りないのか。


「具体的に、どう?」

「実際の女性と触れ合っていないことかな」


 だから触れ合うって基本、彼女とするものだろ? 彼女でもない女子と触れ合おうなんてしたら、へたすると訴えられてしまう。


「でも妹ってさ、性別が違うだけのもう一人の自分みたいなものだろ。素材が一緒なんだから──」

「そうやって妹から女性の部分を取り除こうとしているうちは、女性をみようとする努力がうかがえないんだよね」


 そういうものなのか? 今まで考えたことなかったが。


「女性を知るのって努力が必要なのかよ」

「当たり前だよ。男は最初から男だから男については勝手に知っていることだけど、女性っていうものは全く別の生物だからね。知るには努力しないと」

「うーん、そりゃそうかもしれないけどさ、妹をそういう風に見るのもな」

「案外智羽ちゃんの方はそう思っていないかもよ?」

「え? まさかそんな」

「さっきも言ったとおり、女性は別の生き物だよ。妹だから考えも一緒だと思わないことだね」


 僕は智羽を物心ついた時からずっと知っている。

 あいつが何が好きで、どう思っているか手に取るようにわかっているつもりだった。それが兄妹というものだからと。

 しかし現実的に、果たしてそれがどこまで本当なのか疑い始めている。

 竜一はほんと女に関しては僕らよりも比べものにならないほど知識があり、それ相応の場数を踏んでいる。そんな彼が言うのだからそうなのかもしれないなんてな。


「ま、やりたくないならやらなくていいぞ。ホモには過酷だもんな」

「だから違うって言ってんだろ!」

「じゃあ証明してみろよ。できんだろ?」

「おうやったろうじゃねぇか!」

「ミツ!」


 竜一に横槍を入れてもらったが既に遅く、自分が今とんでもないことを口走ってしまったことに気が付いた。

 それを見てにやにやしている志郎。


 しまった…………。

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