4話 いろんな意味でまずかった

 さてどうしたものか。

 キス程度ならいくらでも誤魔化しがきくが、ワキを舐めるってどうなんだ。


 例えばこういうのはどうだろう。

 智羽の前でつまずきよろけ、もつれて押し倒してしまう。

 その拍子に口から舌が出てしまい、ワキを舐めてしまった。

 慣性の法則に従って口の中に搭載されている舌の勢いが止らず、飛び出してしまったわけだ。


 ……酷い。あまりにも酷すぎる言い訳じゃないか。

 だったらどうする? これはかなり難易度の高い技が必要になるぞ。

 僕はベッドの上で横になり、天井を見ながら色々と考えてみた。

 他に何かないだろうか。よさそうな言い訳とか……。

 というか何故僕がこんなことを考えないといけないんだ。やれと言うやつが考えればいいのに。


 だけどワキを舐めるとか……汚いよなぁ。

 けっこう汗をかく場所だし、それにつれて雑菌も繁殖しやすい。竜一はなんでできるんだろう。

 好きな人相手だから、なのかな。


 でも好きな人といっても他人なんだよな。他人よりも家族のほうがまだ抵抗がないんじゃないかな。

 とはいっても例え家族でもこればかりはなぁ。

 そうだ、自分のを舐めて感想を言えばいい。作り話が下手な僕にだって、それをあたかも智羽のだとすることくらいはできる。


 袖をめくり、腕を上げてみる。

 うーん、毛が……きっついなぁ。

 自分のでも抵抗があるというのに、自分以外のってあまり考えたくもない。

 しかし我慢だ。それで僕のホモ疑惑が払拭されるのなら!

 顔を近づけ、舌を伸ばしてみる。一瞬だ。一瞬だけでいい。


 !!!!!!!!!!!


 いってぇ! 舌が、舌がつった! もうちょっとのところで舌の奥に激痛が。

 やっぱりずるはだめか。

 こうなったら……襲うしかないな。



 コンコンッ


「はぁい」


 智羽の部屋のドアをノックすると、中から返事が聞こえた。

 中にいることを確認した僕はドアを開け、様子を伺う。

 智羽はベッドに腰掛け、テレビを見ていた。


「何見てるんだ?」

「えっとね、映画だよ。一昨日借りたやつ」

「ああ、あれか……」


 一昨日智羽と一緒にレンタルショップへ行って借りてきたやつだ。少し前映画で話題になったやつなんだが、生憎見に行けなかったんだ。


「面白いか?」

「んー、それなりかなぁ」


 なかなか辛口な返事が返ってきた。

 さて、いつまでもたわいのない話をしていてもしょうがない。こういうのはさっと終わらすのが一番いい。


「ちょっと智羽、両手を上げてくれないか?」

「えっと、こう?」


 智羽は軽く両手を上げた。


「もうちょっと上にかな」

「う、うん」


 今度は伸びをするくらいまで上げてきた。

 僕は素早く智羽の手首を交差させ、片手で掴んでそのまま後ろへ押した。

 すると智羽はそのままベッドへ倒れた。


「ちょっ、何……お兄ちゃん」


 少し怯えた感じで僕を見る智羽。ちょっとかわいそうなことをしているとわかっている。

 だけど僕のホモ疑惑を晴らすためだ。すまんが犠牲になってくれ。

 暴れようとする智羽の両足の間にひざを入れ、体をかぶせ動きを奪う。

 体に力を入れているのか、ぷるぷると震えるのがわかる。

 そんな智羽のワキに僕は顔を近付けた。

 鼻腔にはさわやかな香りが漂う。

 そして僕は一気に顔をうずめる勢いでそこへ突っ込んだ。そして──


 ぺろっ


「ふきゃぅ!」

「う……まずい」


 舌先に痺れるような感覚がした。そして一瞬でそれはまずいものだと判断する。


「い、一体どうしたのお兄ちゃん……」

「えっと、なめたらまずいだろうなと思っていたんだが、予想以上にまずかった」

「当たり前でしょ、意味わかんないよ。汚いなぁ」


 僕は文句を言う智羽を解放し、立ち上がった。

 そして智羽はウェットティッシュを取り出し、ワキを拭き始めた。


 さあ……言い訳だ。


「いやあのな、ちょっとそういう占いがあって……」

「さすがにそれは嘘だよ」


 うっ……やはり強引すぎたか。

 大抵のことには納得してくれるとはいっても、度を過ぎたらさすがに怪しむか。


「えっとな、ちょっとした好奇心だったんだよ。ワキってどんな味がするのか」

「だったら自分のワキを舐めればいいじゃん」


 失敗したからここへ来たわけなんだが。


「え、それは……お前届くのか?」

「どぉかなー…………うぅ~……あっ、あああああっ」

「ど、どうした智羽!」


 突然叫ぶ智羽に、僕がさっきなった状態を思い出す。


「あごがつったよ! あごが!」


 涙目で両手で頬を抑える智羽を見て、ああやっぱり兄妹なんだなと感じた。

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