3話 生きる核融合炉 竜一

「よおホモ野郎」

「頼むから舌を噛み切ってくれよお前は!」


 朝っぱらから罵ってくる志郎に、思わず全力で答えてしまった。

 そういえば時代劇とかではあるシーンだが、舌って噛み切った程度じゃそう簡単に人間は死なないらしい。


「友達にそういうことを言うなよ」

「じゃあホモって言うのはいいのか?」

「いいんだよ」


 何故だ。基準はどこにあるんだ。


「じゃあお前もホモだ」

「この絶世の女好きに向かってホモとか面白いジョークだな」


 今のお前はもはやジョークにすらなっていないレベルの女好きだよ。

 一昨日は普通だったから、多分昨日発病したのだろう。となるとあと数日はこのままだ。竜一、早く戻ってくれ。


「そんで何の用だよ」

「ただの挨拶だろ。用も何も無い」


 いつからホモ野郎が挨拶になったんだ。


「嘘つけよ、聞きたいことがあるって顔してるぞ」

「えっとあれだ。お前、智羽ちゃんとキ、キスしたのか?」


 ほらみろ。ワクワクしすぎなんだよ。


「それかよ。してみたけど──」

「ててててめぇ! 俺の智羽ちゃんの大事なファーストキスをおぉぉ!」


 お前んじゃねぇよ、僕のだ。

 もといあいつはあいつ自身のものだ。誰のものじゃない。

 それ以前にお前がやらせたことなのに、何故文句を言われるんだ。


「ちっ、家族はノーカンにしてやる。それでどうだったよ」

「どうって、どう?」

「あんだろ? 何かしらの感想がよぉ」


 感想を聞かれるとは思わなかった。なんかあったかなぁ。

 思い出してみても、これといったものはなかった。


「うーっと……。特に無い」

「は、はぁ? 嘘をつくなよ! 味とかそういうのあっただろ!」


 味ってなんだ。


「お前は唇で味がわかるのか?」

「智羽ちゃんの唇の味ならわかるかもしれん。ちょっと試させてくれ」

「80年後に同じことが言えたらな」

「80年か。1年って確か30秒くらいだっけ」


 志郎はどうも僕とは違う時間軸に生きているらしい。

 人の寿命を考えたら1時間も生きていられないじゃないか。


「お前は今いくつだよ」

「ええっと30秒が1年で、16歳だから365の16倍で、1日が何秒あるか……」


 16歳と言っている時点で何かが破綻している。8分前に生まれたのか?


「そんな計算が必要なのかよ、お前の年齢は」

「くっ……じゃあ次だ、次」


 言い返せないとわかった途端、きびすを返すように話を変えてきた。


「次ってなんだよ。意味がわからん」

「そりゃお前、試練だよ」

「僕は武術家の類じゃないぞ」

「男子たるもの、常に試練を乗り越えなくてはならん」


 何故そんな試練を乗り越えなくちゃいけないんだ。がんばって越えたところで、その先にあるのはロクでもないものであることは確かだ。


「で、何をやらせようってんだ?」

「そうだなぁ……うーむ」


 志郎は腕を組んで考え込んだ。

 そうやって数日悩んでいてくれ。病気が治まるまで。


「ならさ、わきを舐めてみたらどうだい?」

「うをっ」


 今日も居ないと思っていた引臣竜一ひきおみりゅういちが突如現れ、僕らの会話に参入してきた。

 背が低いから見落としていた……わけじゃないよな。

 竜一はとても背が低く、かなりの童顔だ。

 にも関わらず異様にモテる。相手がショタコンの類なのかはわからないが。


「お前、来てるなら来てるって言えよ」

「いやいや、逆になんで来ていないと思ったんだい?」

「そりゃ昨日休んだからだよ」

「なるほどねぇ」


 何故か納得している竜一。


「それよりさ、なんでそんなとこ舐めないといけないんだ」

「なんとなくかな」


 なんとなくで僕を貶める真似をさせないで欲しい。

 腋ってなんかよく汗をかいて汚いイメージだし、勘弁してくれ。


「ふむ、それはいいアイデアだな。光輝、ちょっとやってこい」

「おい竜一。どうしてくれるんだ」


 僕は竜一の襟を掴み、恨みをこめてゆさぶった。


「腋を舐めるくらい普通じゃないかな」


 わからない。竜一の普通がわからない。


「それが普通だというお前は舐めたことあるのかよ」

「うんまあ、ぼちぼちは」


 マジデ!

 やばいこいつ、僕とは住んでいる世界が違いすぎる。


「一体何をどうしたらそんなことになるんだよ」

「えーっとねぇ、腋って結構性感帯だったりするんだよ。だから前戯や最中とかに──」

「わかったわかった、ストップ! それ以上聞くと色々とまずい気がする」


 やばいやばい。竜一の話はかなりの猛毒だ。まるでこの世に処男は僕一人なのではないかと錯覚してしまうような気にさせられる。


「てかよ、竜一」

「なんだい?」

「お前いるならさ、僕が何かする必要ないんじゃないか?」

「いやいやいや、俺は今智羽ちゃんモードに入っているんだ。竜一の女話じゃ駄目だ」

「だってさ。仕方ないね」


 僕の妹を脳内で弄ばないでくれ!

 頼みの綱だった竜一までも敵に回ってしまった気分だ。

 しかしいつもだったらなんとか言いくるめてくれる竜一がどういうことだ?

 まさか竜一まで智羽に興味が? 


「なあ竜一」

「何かな?」

「竜一は智羽のことどう思う?」

「くれるのかい?」

「そういう話じゃなくて、志郎が大げさにかわいいだのって言うからさ」

「僕の意見を聞きたいと」

「うんまあ」


 竜一くらいの百戦錬磨なら、志郎みたいな偏った意見を出さないだろう。


「智羽ちゃんは確かに異常なくらいかわいいと思うよ」

「やっぱそうなのか……」

「智羽ちゃんと付き合っていいなら、僕は今の彼女たちに済まない思いをさせるかな」


 竜一が言うのなら本当にそうなんだろう……って


「彼女、たち?」

「うん。彼女たち」


 たちって複数だよな。太刀持った彼女じゃないよな?


「一体何人彼女がいるんだよ」

「人聞きが悪いなぁ。三人しかいないよ」


 充分人聞きが悪い。一人もいない僕らの立場は一体なんなんだ。


「おい光輝、騙されるな。こいつはその程度の男じゃねぇ」


 突然志郎が耳打ちしてきた。


「ん? どういうことだ」

「教えてやるよ。竜一、彼女以外に関係のある女性の数は?」

「うーん……準彼女が5人と、予備彼女が3人で8人かな」


 計11人と。うわぁ……。

 これは刺されても文句は言えない。いや、もはや刺されないほうがおかしいレベルだ。むしろ刺そう。


「智羽と付き合えたらその子らと別れてもいいっていうのか」

「ははは、まさか。ただ智羽ちゃんだけを彼女にして、その他の子と会う数を減らすんだよ」

「智羽1人だけにってわけにはいかないのか?」

「だって智羽ちゃんはそんなにお金持ってないでしょ」


 うわぁ……うわぁ。

 こいつは猛毒とかそういうチャチなレベルじゃない。ウランとかプルトニウムの類だ。近付いただけで命の危機に曝されてしまう。


「光輝、俺よりも竜一をまずどうにかするべきだと思わないか?」


 そうこっそり僕に耳打ちする志郎に同意せざるをえなかった。

 今まで他人の恋愛ごとに興味なかったせいで、竜一の本性が全く見えてなかった。

 しかし僕の周りにはどうしてこう……まともな奴がだなぁ。

 …………。


 あっ!

 この流れはいい。すごくいい。

 話題は竜一のただれた女性遍歴に変わっている。


 今乗っておけば、志郎もさっきの話を忘れるだろう────ん?


「何やってるんだ? 志郎」


 志郎がさっきから自分の手の甲に何かをしている。


「あ? お前が智羽ちゃんの腋を舐めること忘れないよう手に書いてるんだ」


 やめて!


「そうだ、お前の手にも書いておかないとな」


 勘弁! 勘弁してくれ!

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