第5話『対決!怪盗天使』
ディルティの屋敷には、金で雇われたと思しき傭兵やらなにやらが集合していた。全員得物を持ち、物々しい雰囲気だ。
「お、てめぇこないだのハゲじゃねえか」
「どきっ」
僕は運悪くあのごろつきたちと再会してしまったが、特に何をされるわけでもなかった。
「てめぇもディルの旦那に雇われたのか? だが残念だったな。怪盗天使を捕まえるのはこの俺たちよ。謝礼金はたっぷりと貰えるし、捕まえた後は自由にしていいって旦那は仰ってる。噂によると怪盗天使ってのはでらべっぴん(死語)らしいじゃねえか……へへ」
下卑た笑いを浮かべるごろつきたち。
「カズキさん、私たちは地下の担当です。行きましょう」
「あ、はいっ」
ママについて階段を下っていく。
「ママ、怪盗天使は本当に来るんでしょうか? 屋敷への入り口は完全に封鎖してあるし、中には傭兵たちがたくさんいるのに」
僕は一応尋ねてみた。
「はい、間違いなく」
だがママは断言した。ママがそう言うのならそうなんだろう。ちょっと憂鬱。
階段を下り、地下の廊下を歩く。廊下の左右には、普段なかなかお目に掛かれないものが設置されていた。鉄格子に囲まれた部屋―――牢屋だ。
「ママ……」
「個人の趣味ですから。他人がどうこう言えるものではありません」
「監禁趣味でもあるんですかね、あのハゲは」
つきあたりまで進むと、巨大金庫のような部屋があった。
「ここが宝物庫です。私たちはここで怪盗天使を迎え撃ちます」
「あぁ、ドキドキする……」
ママと二人で宝物庫を背に立つ。
ママに買って貰った腕時計で時間を確認する。
怪盗天使の犯行予告の零時まであと十分。
九分。
八分。
七分。
六分。
五分。
四分。
三分。
二分。
一分。
「来ます」
ママのひとことで心臓が跳ねあがる。
時間だ。
僕は目に見えるもの、耳に聞こえるもの、肌に感じるもの全てに集中する。
「………ッ」
空気が張りつめている。僕は極度の緊張に息苦しくなる。肌が粟立つ。
コツ、コツ、コツ、と。誰かが階段を下りてくる。次第に足跡が大きくなる。
やがて階段を下りきり、薄暗い廊下をまっすぐこちらに向かい歩いてきた人物を見て僕は驚いた。
「……ビューティフル」
思わず口走ってしまうくらい、彼女の容姿は桁外れだった。
炎のような強烈な印象の赤髪に、海のような碧眼。あどけない顔立ちのわりに気の強そうな瞳がアクセントになっている。華奢な身体つきに、何より特徴的だったのはその恰好だった。
(JKの制服をファンタジー風味にカスタムしたような……。なんかセーラー○ーンっぽい)
赤を基調としていて、スカートは短い。パンチラに期待しても良いのだろうか。
「カズキさん、鼻の下が伸びてます」
「ッハ!」
いかんいかん。僕は首を振った。これは遊びじゃないのだ。彼女は敵なのだ。
「そこが宝物庫だっけ?」
退屈そうにミディアムロングの髪をいじりながら彼女―――怪盗天使が聞いてきた。まだ幼さを残す声だ。
「ええ。お目当ての『ファイア・オパール』はこの中にあります」
「ちょっ、ママ、どうしてバラしちゃうんですかっ?」
「嘘をついても無駄だからです。彼女たちに嘘は通じません」
「へえ、よく知ってるね」
怪盗天使はママに興味を持ったようだった。
「もしかしてお姉さんも魔法使いなの?」
「はい。あなたを捕らえるのが私の役目です」
ぷ、と怪盗天使は吹きだした。
「あははは! お姉さん面白いね! まあ、一階にいた有象無象よりかはよっぽど骨がありそうだけど」
怪盗天使の言葉に僕は思わず尋ねた。
「一階の奴らをどうしたんだ? というかそもそもどうやってこの屋敷に忍び込んだ?」
「んー? 全員眠ってもらったよ? こんな時間だしね。あと、普通に正面玄関から入ったよ。忍び込んだなんて人聞き悪いなあおじさん♪」
怪盗天使はまだおかしいのか肩を震わせながら答えた。なかなか腹立たしい態度を取る奴だ。
「冗談を言ったつもりはありませんよ。あなたは私に捕らえられ、きついお仕置きに処せられるのです。あなたが泣いて許しを乞うても―――多分、私は許しません」
「………ふうん」
ママが真面目な顔で言うと、怪盗天使の表情から笑顔が消え―――瞳に攻撃色が宿った。
「じゃあさ、どう許さないのか教えてくれる? あたしバカだから、言葉だけじゃわかんないの」
「わかりました。その前に、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あたし? あたしはチェリー。怪盗天使チェリーだよ」
「そうですか。では参りましょうか」
「は? ちょっと、あたしが名乗ったんだからお姉さんも名乗るのが―――」
そこで怪盗天使―――チェリーは目を見開いた。どうしたんだろう?
「あ、あれ……? あ、あたしの名前―――なんだっけ……?」
「―――へ?」
何を言っているんだ? いま自分で名乗ったばかりじゃないか。
「カズキさん」
「あ、はいっ」
「彼女の名前をイメージしてはいけません。私が彼女に掛けた魔法が解けてしまいます」
「なッ―――こ、この卑怯者! まだ『始め』も言ってないのに!」
不意打ちを食らったと知った『彼女』は怒鳴るがママは涼しい顔で受け流す。
「あなたは合図がなければ戦えないお子様なのですね。ならば教えてあげます。戦いとは両者が出会った瞬間から既に始まっているのですよ」
「うるさい! 返して! あたしの名前返してよお!」
『彼女』はぶんぶんとママに殴りかかるが、かすりもしない。
「ほら、早く降参しないと大変なことになりますよ。あなたの名前、両親の名前、友人の名前、仲間の名前……どんどん忘れていって、最後には何も思い出せなくなります。その時あなたは―――どうなるのでしょうね」
「や、やだ……! そんなのやだあ! ねえ返して! 返してったらあ!」
ママは淡々と『彼女』の心を追い詰めていく。
『彼女』は激しく狼狽し半狂乱になって、涙目になりながら暴れている。だが時間経過と共に気力が消耗していったのか、なぜ自分が暴れているのかすらもわからなくなったのか、もしくはその両方か。やがて冷たい床に『彼女』は膝をつき、少女のように泣き出してしまった。
「ひぐっ……うえええぇん」
その姿は、敵である『彼女』にすら同情を禁じ得なかった。
「ママ、いくらなんでもかわいそうでは……」
「そうですか? では『後処理』はカズキさんに任せますが、それでよろしいですね?」
「は、はいっ!」
穏やかだが有無を言わさぬママの口調に気圧され、僕は思わず頷いていた。
手錠で『彼女』が暴れないように拘束し、目隠しで視界を封じてから(既に戦意喪失しておりそこまでする必要があったのかどうかは不明だが)抱きかかえ、僕はママの指示に従い先に屋敷を出て、外に待たせていた馬車に乗り込み『桃色ピクシー』に戻ったのだった。
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