第18話
騎士からの何度目かの突進を横に転がって回避すると、アルフォンスはシャツに付いた砂粒を払った。先程放った言葉とは裏腹に、彼女の表情は未だ余裕そのものだ。
だが、槍を構えた騎士のガイストもそれは変わらない。幾度となく攻撃をかわされてはいるものの、その所作には依然として戦場に似つかわしくない落ち着きが残されている。
広場中央の大樹を背にした騎士が、アルフォンスめがけて一気に加速。凄まじい圧力で迫ってくるガイストに正面から向き合うことはせず、アルフォンスが横に跳ぶ。
続けて騎士に向けて銃撃。放った弾丸は四発。更に時間差を付けて五発。第一波が全て槍によって防がれるが、その隙を縫って五つの弾がガイストを狙う。
右腕と右足、それに首に向かっていた弾丸がガイストの武器に落とされる。残りの二発は甲冑に阻まれた。畳み掛けようと、アルフォンスが距離を五メートルほどにまで縮める。
弾丸の雨を降らせて足を止めさせ、より大きなダメージを与えられる距離での銃撃を狙いに行く。襲い来る攻撃に体勢を崩しながらも、フェリクスは槍を真っ直ぐにアルフォンスに向けていた。
正面から見たその武器に言いようのない寒気を覚えて咄嗟に彼女は右側へと転がる。直後、彼女のいた石畳が粉々に砕けた。さながら雨の日の水たまりのように、幾つもの波紋が地面へと刻まれていく。
即座に立ち上がったアルフォンスを追って、波紋が大地を進んでいくが、アルフォンスは大きく後方へと跳躍して、射程外へと逃れる。ガイストが構えた槍の根本には、幾つもの銃口が開かれている。
「機関銃がセットのわけ、ね。ガイスト諸氏も洒落たもの作るね」
煙を上げる槍を下ろし、フェリクスが一歩馬を前に進める。
「私はそうは思いませんが」
「そう?」
「ええ、こんなものは、あなた達人間の模倣に過ぎません」
「それは人間の作るもの全てに言えるさ。創造なんて事出来るのは、天にまします神様だけってものよ」
軽薄な笑みで天を指差すアルフォンスに、ガイストがもう一歩近づく。戦場の生み出す爆轟と衝撃が広場の大樹を揺らす。その中に置き去りにされた二人の会話を聞くものは誰もいない。
「おっと、ガイストのあんたの前で神様の話をするのは、ちょっと失礼だったかな?」
おどけて腕を曲げ、頭を下げるアルフォンス。それを見たフェリクスが小さく笑いを漏らす。
「お構いなく。私は、彼とは違って神を信じていませんから」
「あら、ちょっとばかしそいつは珍しい」
「そうかもしれませんね。確かに、私もガイストが神の意志の下にあるのだと信じていた事はあります」
地面に向けられた銀槍が、所在なさげに揺れた。
「ですが、やはりガイストは人間によって作られた、人間の創造物であることには変わりはないのですよ。だから、人間に取って代わることなど出来はしないでしょう」
「あんたは、ガイストは人間に劣ると?」
「劣るとは言いません。しかし、私達が人間と同じ魂を持つ神の似姿なのだとして、それでも、私達はやはり人の紛い物でしょう」
言葉を聞いたアルフォンスが笑い出し、問いを返す。
「おかしな奴だね。そんな奴がどうして、革命軍の将軍なんてやってるのさ」
「さて、私にもわかりません。ただ、」
「ただ?」
「人間はバベルの塔が崩れた後も、塔を築き続けたでしょう? それと似たようなことです」
少しだけ皮肉げな響きを含んだ声でフェリクスが答えた。同じく楽しそうに二回ほど頷いて、アルフォンスは尋ねる。
「ふーん、なるほどね。ねぇ、フェリクスさん、あんたはずいぶん物好きな人だ」
「さて、どうでしょう。その言葉はそのままお返ししましょうか」
変わらず凛とした声で、ガイストは答え、槍を持ち上げた。
「たしかにそう、かな」
言葉を残して、アルフォンスが疾走。それと同時に騎士も動く。
掲げられた槍から放たれる機銃の弾丸。轍を刻んでいくその軌道から逃れながらアルフォンスも応射。左右に蛇行しながらも、騎士へと向かっていく。
騎士が構えた武器を持ち上げる。アルフォンスが放った弾丸が槍とぶつかって落ちる。
アルフォンスが懐に飛び込んでいく。
「フラットライン!」
近づいてくるアルフォンスに槍を向けて突進。
風を切り裂く鋭い音。巨大な槍をかわさずに、アルフォンスは左手の拳銃を向ける。彼女の前で槍が弾丸に跳ね上げられ、ポニーテールが風圧で大きく揺れる。
その下でアルフォンスの右手が甲冑の隙間を狙う。隙だらけのその腹部へと弾丸が撃ち込まれるが、フェリクスは自らそれを受けに行く。弾丸は甲冑の隙間に入り込むことなく、致命傷には至らない。
リスクを背負った攻撃を回避されるもアルフォンスは冷静に後退。そこに強引に槍を伸ばしていく騎士。足元を狙ったその攻撃をアルフォンスはバックステップで回避する。続けて、地に突き刺さったその槍を踏みつけると、お返しとばかりに射撃を繰り出す。
フェリクスの顔面を狙ったその攻撃は、甲冑に受け止められる。怯むこともなくフェリクスは槍を持ち上げる。体重をものともせずそのままアルフォンスを宙と投げ上げる。体勢を崩して着地した彼女への追撃は軽くいなして後退。両者の距離が離れる。
フェリクスが先程の攻防で大きく傷ついた左手の甲冑を投げ捨てる。赤く装飾された袖口と、美しい手がそこから現れる。人間と変わらないそれも、恐らく素材はアルバの使っているものと同じような義体をベースにしたものだ。
アルフォンスの射撃は、ガイストの弱点たる、関節部分を正確に射抜くことが出来るからこそ強力なものだ。しかし、高速で駆け、甲冑を着たフェリクスに対しては正確な射撃は困難であり、甚大なダメージを受ける可能性は低い。だからこそフェリクスは立ち止まることなく強引な攻めを続けていた。
アルフォンスは静かに両手の銃を回していた。懐から弾丸を取り出して入れ替え、もう一度回す。その顔には変わらず軽薄な笑みが張り付いている。一瞬だけ、その両眼が何かを哀しむように小さく細められた。
フラットラインと呼ばれた騎馬が地面を踏み鳴らす。ゆっくりと動き出しすぐに速度を上げる。アルフォンスが、平行移動しながら、突撃から距離を取る。だが、最大速で走りながら、フェリクスは槍を持ち上げる。アルフォンス目掛けて、機関銃の弾丸が襲いかかる。
襲い来る攻撃を弾きながらアルフォンスが後退。それを逃さずに一気にフェリクスが接近。射撃の間合いから一気に肉弾戦の間合いへ。
右手に持ち直された巨大な槍の穂先は、まっすぐにアルフォンスに向いている。馬を避けるようにアルフォンスは左側に動く。
だがフェリクスは手綱を引いて僅かに進路を調整。突進の勢いを活かした強烈な突きがアルフォンスの胸を刺し貫かんとする。
下から突き上げるような重い攻撃をすんでのところで両手で受け止めるも、アルフォンスの身体は空中に浮き上がる。そして狙いすましたように、フェリクスが自らの武器を掲げる。
肩の高さで構えられたその切っ先が指し示すのは、アルフォンスの胸。身動きがとれない彼女へと致命の一撃が放たれる。
だが、その状況にあって、未だアルフォンスは飄々とした表情を崩さなかった。後方へと吹き飛ばされながらも、彼女は防御の体勢を取らない。代わりに彼女は、両手を自らの目の前で合わせて、二つの拳銃を包むように握り叫ぶ。
「アトス! アラミス!」
『ええ、アルフォンス様』
『仰せのままに』
ゆっくりと組まれた両手の中で拳銃の形が変貌していく。それは早回しの映像のように不可解な動きだった。左右の銃はひとりでに分解し、そして組み直されていく。その手の中に現れたのはより大きな一つの拳銃。
「悪いけど、三つ目はこいつさ。残り二人はいなくてね」
そうつぶやいて。迫り来る槍へと引鉄を引く。炸裂。拳銃とは思えないほどの爆音が周囲に広がり、そして、槍の先端に空洞が刻まれた。時を置かずして、その槍ごとフェリクスの左手は空中へと弾け飛ぶ。
衝撃はそのまま騎士の身体にも伝わり、驚愕の表情を浮かべたガイストを地上へと叩き落とす。叩きつけられた衝撃で兜はひしゃげて地面を転がり、結んでいた長髪が解ける。騎手を失った機械馬は少し先でブレーキをかける。
立ち上がろうと顔を上げたフェリクスが見たのは、未だ煙を上げるマグナム拳銃を突きつけているアルフォンスの姿。フェリクスの槍を貫き、腕ごと破壊した弾丸をこの距離でもう一度受けたならいくら甲冑があろうと絶対に助からないだろう。
そうでなくとも、片腕を損傷しては騎馬で戦うことは難しい。この状況を切り抜けたところで勝ち目はなかった。ガイストの視線の先で、突進を仕掛けようとした機械の馬がゆっくりとスピードを落とす。
「さて、これで終わりだ」
右手を下に向けたまま、アルフォンスが辺りを見回した。未だ激しい戦闘が続いていたが、少しずつ公安が押し返していた。
「やはり、さすがですね。私ではとても及ばないようです」
「そうでもないよ」
振り向いて笑みを返すと右手の拳銃を回し左手を添える。二丁に戻った拳銃をポケットに戻して、アルフォンスは守るべき防衛ラインの方へと戻っていく。歩き始めた彼女にフェリクスが疑問を投げかける。
「どういうつもりです?」
「しばらくそこでおとなしくしてなってこと。どっちにしたってあんたらは負けだけど、運がよけりゃ生きて帰れるでしょ」
「あなたは、人の事を物好きと言っておいて……」
大きくため息をつくフェリクス。それは怒りと言うよりは呆れの方に近いように見えた。
「ちょっとばかし、私はおかしいってね。よく言われる」
片手を上げて立ち止まり、アルフォンスが答える。
「まぁ、面白い話を聞かせてくれた礼だと思ってよ。礼には思えないってなら、復讐っていうのでもいいけど」
凛と立つその背中にフェリクスが何かを言いかけて体を起こし、止める。アルフォンスが再び歩き出し、二歩歩いて振り返った。
「あと、女は撃たないって決めてるからさ。私」
唐突な言葉に、フェリクスが驚きで固まり、一瞬置いて小さく笑った。
「そう……ですか」
散らばった黒髪の下、月光がガイストの美しい横顔を照らす。それを見つめて、アルフォンスは再び背を向ける。フェリクスの愛馬が、そっと主の頬に触れる。
歩くアルフォンスの姿が遠く戦場の中に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます