第17話
二人の剣士の戦闘は未だ終わっていなかった。圧倒的なスピードを誇るレオニートの攻撃をイオリはほとんど先読みで凌いでいく。更にその間隙を縫って幾度も攻撃を浴びせてはいた。
だが、両者の状況は、その姿を見れば一目瞭然だった。体中を切り刻まれ息を荒げながら未だ戦うイオリに対して、レオニートは、斬撃や銃撃によって多少の傷は見受けられるものの、戦闘に支障をきたすほどのものではない。徐々にではあるが、戦局は傾きつつあった。
「さぁ、次の型だ。参るぞ」
未だ倒れないイオリに焦りも怯えもなく、レオニートの声色には彼への期待の色さえ込められていた。
再びの空間居合。目の前に現れたレオニートが斬撃を残して高速機動。残像を追って、イオリは背後へと振り向きかけ、その途中で弾かれたように前へと向き直る。
同時、激突する二つの刃。イオリが放った斬撃がガイストの右腕とぶつかっていた。影を残すほどの機動は、常人にはまったく動かなかったようにすら見えただろう。追いつけるだけの反応速度があって初めて機能する欺きさえ、イオリは凌ぎ切ってみせた。
だが、レオニートは止まらない。
即座に再移動。イオリの右側に潜り込んで放つ斬撃は、体を捻ってイオリがかわす。反撃の刀を右の刃で受け止めながら、再び消失。
その背後から、半回転しながらの袈裟斬り。反応して受け止める。機関銃が火を噴く。
数発が掠めるが無理やり再移動して距離を取る。
二人に言葉はなかった。互いの視線が交錯する。無表情な頭部のカメラが愉しげに嗤う。額からの鮮血で片目を赤く染めながら、イオリは修羅の形相で睨み返す。
状況を破ったのは、レオニートだった。高速移動からの両手の斬撃。得意の形から、攻撃を仕掛ける。先読みしたイオリの斬撃と、左刃が激突。僅かに後ずさったレオニートへ距離を詰めるべくイオリが一歩前へと。
それを待っていたとでも言うように。レオニートの顔が上がる。踏み込んだイオリの目の前から、双刃のガイストが掻き消えた。またしても空間居合。
初めて、イオリは敵の姿を見失った。それは完全に彼にとっては予想外の機動だった。
今までが疾風とすれば、それは稲妻。空間居合、とは、まさしくこのことを指したものだったか、レオニートの姿はイオリの上空にあった。
気配を察知したイオリが振り向く。その時には、落雷の如き斬撃がイオリの脳天目掛けて振り下ろされていた。咄嗟に掲げた左手の銃が斬撃を受け止めるが、重力を借りたその攻撃を防ぎきることはかなわず、銃身が真二つになる。それでも、わずかに得た時間でイオリは大地を転がる。
振り下ろした右刃が左腕を切り裂いていく。肉を抉り、鮮血が散る。立ち上がって距離をとった彼の左手は、赤く染まっていた。恐らくこの戦いではもはや役に立たないだろう。
「フハハ、我が空間居合を相手にここまで耐え切った者は本当に久しいぞ。今は亡き我が戦友たちとも肩を並べるかもしれぬな、貴様は」
立ち止まったレオニートが、イオリを右腕で指し示す。
「だが、貴様の剣では儂は斬れん。片手を失っては尚更そうであろう。まぁ、イオリよ、誇りに思え、儂の空間居合とあそこまで互角に渡り合ったことを」
「そうか?」
笑い出したガイストを前に、イオリは下を向いていた。静かに告げるその表情は見えない。
「何だと?」
「オレの剣でテメェは斬れない、と本当にそう思うか?」
「貴様の剣には殺気が足りん。それでは儂を斬ることは不可能だ」
不気味に尋ね返すイオリにレオニートは僅かに考えた後、落ち着いた声でそう言い返す。
「そうか」
答えたイオリは、顔を上げて言葉を継ぐ。
「なら、気付かなかったテメェの負けだ」
その顔は笑っていた。血に染まりながら余裕さえ伺えるような表情でレオニートを見ていた。
「悪いが、そのハッタリには乗ってやれんぞ。小僧」
笑い、レオニートは構えた。ふらつきながら片手で構えを取るイオリを屠るのに、それは必要ない。だが、誇り高き敵に対する敬意を示して、彼は空間居合の構えを取る。
よろめきながら歩くイオリに向けて、加速した瞬間。彼は違和感に気づいた。左足のブースターが、彼の空間居合の要ともいうべきそれが、動かない、ということに。
困惑して動きを止める彼の前へイオリが進む。
「なぁ、戦いに勝つための最善策は何だと思う?」
左手からの出血が大地に赤い染みを延々と作っていた。その異様な雰囲気とは対照的な軽い口調で、彼は投げかけた問いに自答する。
「簡単な事だが、一撃必殺だ。が、それは生易しいことじゃねぇ。どんな達人であろうとも一撃で相手の息の根を止める、と言うのは、余程の条件が揃わなければ不可能だ。まして、俺のような凡人には、到底不可能な所業だろうぜ」
自らの異常と、そして、目の前の男の雰囲気でレオニートは冷静さを失っていた。
「貴様、何をしたというのだ!」
「なら、凡人のオレはどうすればいいかと、オレは考えた。答えはシンプルだ。一撃で無理なら、できるだけ少ない手数で。確実に相手の最も壊れやすく、そして重要な部分を叩き壊してやりゃいい。相手を確実に殺すことの出来る段階まで、斬撃を、攻撃を積み重ねりゃいい、ってな」
何かに気付いたように、レオニートが固まる。見つめるのは自らの左足。その周囲、気に留めていなかった幾つもの弾丸がそこに傷を付けていた。
「ようやく気付いたか、爺さん? テメェの空間居合は確かに恐ろしい。それは達人芸だ。あんたがその技をそこまで磨きあげたことは素直に賞賛するぜ。けどな、その技はそいつによって保たれた高機動、それに全て頼りきってる。今のテメェは、羽をもがれた鳥ってところだな」
イオリが右手の刀で壊れたブースターを指し示す。
「ハハハ、さすがだな、イオリ! だが! この程度で! このレオニートが屈するとでも?」
対するレオニートは喜びに笑いを上げる。向かい合う人間が、自らの予想を越えて強大であることへの歓喜だった。
「儂はまだ、この二つの刃を失ってはいないぞ、イオリ!」
同時、残った右足の加速器が点火。一瞬よろめいた姿を見せながら、ガイストは高速で移動。イオリの目前へと一気に跳躍し、繰り出すのは、両腕の交差斬撃。
今までに劣らぬその神速の斬撃を前にしてなお、イオリは笑みを崩さなかった。
「言っただろ。相手を確実に壊せる段階まで、積み重ねる、ってよ」
虚空を切り裂く二つの刃。交差するその真横に抜けだしていたイオリは、血だらけの左手を刀に添えた。レオニートの右腕の上に構えられた刃。
まず一閃。振り下ろされた一撃は鋼鉄のそれを易易と砕き割り、刀は翻る。半分になったレオニートの刃が空を舞う。イオリが折れた刃の下へと潜り込む。
右腕を砕かれて完全に体勢を崩したレオニートと、すれ違うように。鮮やかに、もう一閃。水平に薙ぎ払われた斬撃がガイストの装甲を断ち切り、上半身と下半身を分離させる。
一瞬にして決着は付いていた。血だらけの手を下ろして、イオリが振り向く。地に突き刺さった刃の横で、上半身だけとなったレオニートが倒れていた。
「そうか……撃ちあう一合一合が儂の刃を叩き割る為の布石だったとは、気づかなんだ……」
乾いた笑いをこぼすガイストにイオリが歩み寄る。変わらず笑うその顔は、ほんの少しだけ悲しみを帯びていた。
「テメェがそんなに古びていなかったなら、オレは絶対に勝てなかった」
イオリが見つめる先、機械の身体にはいくつも古傷が刻まれていた。それが、レオニートが超えてきたであろう戦場の数を物語っていた。
「だが、空間居合を磨き上げるためにこれは必要だったのだ……それもまた勝負のうちよ……」
既に掠れかけた声になりながら、ガイストは続ける。存在被拘束性。定着した物体が壊れればガイストも長くはとどまれない。
「イオリよ、最後に貴様のような強者と戦えて儂は満足だ……」
「オレもだぜ、爺さん。いつかまた、どこかで会おうじゃねぇか」
「ああ、いつか……そうだな……」
ガイストの声が小さくなり、戦場の大気と同化していく。頭部のカメラに宿った意志が揺らめいて消えた。
周囲の戦闘も殆ど終わっていた。公安兵士たちによって駆逐されていく機械の兵士たちを見つめながら、イオリは動かなくなったレオニートの横に座り込んだ。
折れた刃が墓標のように月光に照らされていた。
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