第15話
イオリはどうやら上手くやったらしい。走りながら振り返った俺の背後には、青い制服の公安の部隊が追随してきていた。左側、視野の端には先程工場跡から見えた巨大な監視塔。塔からは俺達の横にまで高さ十メートルほどの金網が続いている。
企業がガイストの侵入をある程度容認していると言っても、それは組織を運営する偉い方々にとっての話だ。少なくとも現場の人間は手を抜いたりはしないし、そしてそういうことを口実にして守備を疎かにするわけでもない。そのことをわかりやすく示している光景だった。
金網に流された高圧電流が不気味な音を立て、上方には有刺鉄線と監視カメラがいくつも設置されている。加えて、監視塔から人力による監視も存在している。余程のことがなければ、一人でこれを突破するのは不可能に近い。
ガイスト達もそれが分かっていたからこそ、このような作戦を立てたのだろう。大規模な陽動作戦をかけることで自分たちから注意を引き剥がし、さらに、ナポレオンと博士二人ではこの防壁を突破できないと判断したからこそ、この場所を切り崩す。
平時で戦力が充実しているのなら成功しないだろうそんな作戦も今このタイミングなら話は別だ。イオリがどうやって説得したのかは分からないが、背後にいる人数を見れば内情も知れてくる。
足元の線路が徐々にカーブしながら、電流を放つ金網に近づいていく。同時に視線の先に見えてきたのは、直方体の構造物。
線路は俺達の足元から続くものだけでなく、網の向こう側からも伸びていて、鈍い光を放つ構造物の中で交差している。建物の前方にはそれなりに大きな広場があり、中心に植えられた植木が大きく繁茂して周囲にその手足を伸ばしている。
広場の先には幅の広い階段。十人ほどが同時に通れるだろうその階段の先には、薄暗い駅の入り口が口を開けている。金網は駅舎の端からは内側に曲がり階段の手前も塞いでいた。
巨大な駅舎は直方体がいくつも繋がったような複雑な形をしており、目の前の建物から、更に斜め奥にも同じような形の建築が連なっている。そのためなのか、監視カメラの数は目に見えて少なく、また恐らく監視塔からも死角になっているところがあるようだ。
そして何より問題なのは、ここから見えるだけでも数カ所で金網が無造作に切り裂かれ、駅の入り口への道を開いている、ということだった。おそらくは、巨大な駅舎に阻まれて見通しが悪く、その結果、何度かガイストの侵入を許しているということだろう。
広場では、ガイストと青服の公安兵たちの戦闘が始まっていた。もともとこの辺りに常駐していた兵士、それにイオリの指示で先行していた兵士が混じって、金網を目指す雑多な服装のガイスト達を押しとどめている。
助太刀すべく俺達も足を早めた。人数的にはほぼ互角だが、広場の先のビル辺りには、工場で見かけたトラックが走っているのも見えている。
アルフォンスが両手の拳銃を回しながら、口笛を吹く。
「イオリの野郎が近くにいてよかったよ」
「だな。あっちも無事だといいが」
「あそこが潰れたら私達がここに来た意味もないからね」
やるべきことは簡単だ。この場所を守り、ナポレオンと、ジャン=ポールをこの先へと逃さないこと。あの時見た限りでは敵の戦力も数自体は多いわけではない。問題はあの『名有り』の三機だけだ。
強大な戦力である彼等を上手く処理出来なければ、この作戦はまず間違いなく失敗する。しかしながら、ぶっつけの作戦ではっきり言って対策は何もない。イオリなどは楽しそうに笑っていたが、そこまでの余裕は自分にはなかった。
『アルバ、こちらも無事到着した。そっちはどうだ?』
通信を繋いだままにしていた端末からイオリの声。
「問題なく到着。既に戦闘が始まってるようだ」
『そうか、俺の方はまだだ』
「頼むぞ、そっちが落とされたら洒落にならん」
『わかってるぜ。テメェらこそ抜かんなよ』
「ああ」
短い会話で切り上げて俺は戦場へと駆け出す。あの工場跡からこの場所まではほぼ一本道。俺たちと同じ道を通っているだろうから、ナポレオンも今頃この付近にたどり着いたくらいだろう。
公安の増援がなければ、簡単に突破されていた。ここで戦闘が起きているからこそ、博士を連れているナポレオンは容易にはここを抜けられない。
「まったく、今回は無茶ばっかりだ。もう少し穏便な仕事がいいね」
「誰のせいだか分かって言ってるのか?」
「仕事を受けたアルバのせいだろ?」
「お前もあの場で反論しなかっただろうが」
「私はただの一所員だからさ。決定権は所長にある」
「先輩の意見を尊重しようと思ったんだが、それなら仕方ない。これからはお前に払う給料は半分にすることにするよ」
「それならストライキでも起こすかな」
「今だって大して働いてないのによく言うよ」
無意味な会話が俺達の間を飛び交う。戦場の怒号が俺達の言葉を押し流していく。
「アルバ」
「何だ」
「この程度で死ぬようなら私の相棒じゃないからな」
「抜かせ」
何も言わずに互いに拳を合わせる。目前に迫る戦場を見据えたまま、俺はただ口元を歪めた。
そして、一気にスピードを上げる。植木の陰から銃撃を行う機械の兵士に肉薄。背後からアルフォンスが援護射撃を始める。
目前のガイストの身体を殴り飛ばし、後ろの敵二機ごとまとめて吹き飛ばす。横からの強襲に僅かに動きを乱した敵兵をアルフォンスが次々に狙い撃つ。
左方で応戦していた公安の兵士も俺達の出現に勢いづき飛び出してくる。後方からの援軍もそこに加わり、合わせて三十人ほどになる。悪くない。これなら、心中するには多すぎる人数だ。
敵兵もすぐに体勢を持ち直していた。目立つ俺達に照準を向けるガイスト兵。その射撃から逃れながら、乗用車の背後に転がり込む。アルフォンスがちょうど俺の反対側で大型バスの背後に座り込んで拳銃の弾を再装填していた。
窓ガラス越しに敵の様子を確認。十五人程度の兵士が、駅広場の中心にある大樹の麓で戦っている。駅の入り口を塞ぐ位置には、公安の兵士達が陣取っており、そちらにはガイスト達は未だ進めていないようだ。
視線を南側に向ける。新たな敵を乗せたトラックはもはや広場の目前にまでその姿を表していた。向かい側のアルフォンスとアイコンタクトを交わす。
即座に、立ち上がった俺は潜んでいた自動車の上に立つ。一斉に射撃が集中するが、コートで受けながら駅とは逆側に疾走。味方兵の援護で、敵の動きが鈍る。それでいい。更にアルフォンスの攻撃で敵兵が次々倒れていく。
同時に、地を揺るがすような音ともにトラックが広場の入り口へと躍り出た。スピードを緩めずそのまま突き進む車を見て、俺はアルフォンスに叫ぶ。
「アルフォンス!」
「分かってるよ!」
同時に飛び出した相棒の二丁拳銃が火を噴く。正面に見える前輪が歪みながらその向きを変え、後部車輪もそれに続いて車体がそのまま横転する。
飛び退ったアルフォンスと入れ替わるように、俺はトラックの進路に立つ。スピードが落ちてきているとは言え、そのまま突っ込ませれば駅入口付近の金編を破られることになるだろう。ならばここで止めるしかない。
迫り来るトラックを前にして大きく息を吐く。軽く腰を落とし、左手を前に。ギリギリまで引きつけ一歩踏み込む。砕けた大地の感触を感じながら、俺は思い切り右拳を打ち出した。
伝わる衝撃で、上半身にまで震えが来る。トラックの側面は俺の拳を中心に陥没し、軽く浮き上がったあと二三回バウンドして反対側へと滑りだす。歪んだその姿にもはや面影は残っていない。ただ四角いコンテナが、サイコロのように道路を滑り、十メートルほど進んで止まる。
トラックが起こした騒乱で、戦場にはしばしの沈黙が訪れていた。状況を確認しようと前に出てきた公安の兵士を、アルフォンスが手を上げて制する。
緊張の面持ちで前を見つめていた俺達の前、トラックの陰からゆっくりと姿を現すガイスト達。アルフォンスから射撃を受けた時点でトラックから飛び降りていたのだろう。
意思持つ機械達の集団はおおよそ二十人ほど。そして、最後尾にはあの時の騎士の姿の指揮官とカソックを着た爪のガイスト。
「おいでなすった」
アルフォンスが茶化して手を叩く。背後の兵士たちの空気が変わる。当たり前だ。先ほどまででもようやく維持できていた戦線に更に敵が加わるというのだから。俺だって笑いたいところだ。が、諦める程でもない。
握りしめた右拳に異常はない。師匠が買ってくれた特注品だ。そう簡単に壊れるわけがなかった。
「また、貴様らか」
そう言ってこちらを睨みつけたのは、カソックのガイスト。
「それはこっちの台詞なんだけどな」
「貴様らのようなくだらない存在に関わっている暇はない。消えろ」
冷徹に言い放つと同時、振り上げた右腕から、弾丸のようにいくつも黒爪が伸びる。一直線に俺へと襲いかかるそれらを大きく横に跳んで回避。伸ばしたままの腕の先を見つめて、カソックは動かない。その違和感に気づいたときには既に遅かった。
背後の金網は俺が躱した爪によって木っ端微塵に切り刻まれていた。同時にトラックの残骸から白い姿が飛び出していく。
「行け、博士を連れて」
黒爪を引き戻しながら、カソックがそう告げる。走ってきているのは、間違いなく博士を抱えたナポレオンだった。
ナポレオンは巧みに青い服の公安兵士達の間をすり抜けて、破られた金編へと向かっていく。機械兵達も彼の逃走を援護しようと集まってくる。その敵兵を打ち倒しながら、俺も彼の針路へと急ぐ。
阻止しようとする俺達に気付いたのか、一部の敵はこちらに向かってくる。だが、ナポレオンといえど人一人を抱えたままではたいしたスピードは出せないはず。
転がった瓦礫の隙間を縫って俺は更に加速。牽制で放った銃弾がうまい具合に相手の足元で跳ね、ナポレオンがたたらを踏む。隙を逃さず距離を詰めた俺を見て、ナポレオンはこちらに振り向いた。先程まで彼が抱えていた博士は、一人で金網の先に走っていく。
「逃さない!」
アルフォンスが吠える。放たれた弾丸はナポレオンが叩き落とし、お返しとばかりに散弾銃を向ける。アルフォンスが横っ飛びで回避して、ナポレオンとの距離を詰める。突破しようとした俺の背後から再びカソックの爪が迫りくる。頭部を狙ったその攻撃は姿勢を下げてやり過ごす。
前方では飛び出したアルフォンスがナポレオンを飛び蹴りで吹き飛ばしていた。彼が塞いでいた針路が開けている。
「アルバ!」
相棒が叫ぶ。眼差しで意志を察し、俺は脇目も振らずに駆け出した。
追撃をアルフォンスが弾き飛ばしていくが、銀色の甲冑もアルフォンスへと狙いを定め、その脇をカソックが抜け出していく。
あいつのことだ、きっと特に何も考えずに俺を行かせたに違いない。だとしても、託されたからには全うする。それが探偵としての自分のルールだった。
後方の銃声を遠く感じながら、俺は薄暗い駅構内へと博士の後を追った。
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