第10話
その言葉と同時、俺は一気呵成に駆け出した。強化された脚力で、門の前に立つガイストまでの距離を五歩で詰める。
アスファルトを削るような俺の走行音にガイスト二人が振り向く。その顔面にたたきつけるように掌底を見舞った。攻撃を受けたことに気づけたかどうか、衝撃で吹き飛んだガイストが鉄板にぶつかって鈍い音を立てる。
慌てて下がろうとするもう一人の兵士。姿勢を下げてステップを踏む。滑りこむように敵の懐へ。今度は突き上げるように腹部に掌を撃ちこむ。装甲が砕けて、内部の構造が破壊される。宙に浮いたガイストは壁面へと叩きつけられる前に、その活動を停止していた。
「て、敵襲!」
門の向こう、拠点の中からこちらを見ていたガイストが大声をあげていた。既に左右から銃を持った機械兵たちがこちらへと走り来つつあった。黒い門を蹴破って、敷地内へ。後ろから、イオリとアルフォンスが到着する。
「さっすがアルバだ」
「一度本気で斬り合いたいぜ」
「ふざけてる場合かよ」
軽口を叩きながら走ってきた二人に前を向いたまま言葉を返す。
状況確認。前方二十メートルほど行った先に、建物の裏口のような小さな扉が見える。その周囲に集まっていたガイスト達は武器を取りに戻ったようで、まだ敵は少ない。障害物は小型の車両がいくつかと、巨大なコンテナのトラックが二台。トラックはある程度の距離をおいて、入口の左右を固めるように並べられている。ただ、その上には迎撃用の機関銃が設置されていた。
左右からは既に兵士が銃を構えてこちらに来ている。どちらにも、障害物のような物は見当たらない。身を隠す場所もないということだ。その先まで行けば、建物の角を曲がって表まで行くことも出来そうだったが、作戦のことを考えてもあまりよい選択ではない。だとすると、最優先の項目は一番の脅威になるだろう重機関銃の排除。
左側から銃弾。走りながらアサルトライフルでこちらを狙ったようだが、全て無視して前へ。背後ではアルフォンスが迎撃の銃弾を叩き落としながら、俺に背を向けている。イオリもまた敵に牽制弾を撃ちこみながら、じりじりと後退していた。
前方からも敵影。小銃を構えた兵士が三人ほどこちらへと照準を合わせる。蛇行しながら、ばら撒かれた弾丸をかわす。弾幕というには穴が空きすぎだ。
一人が俺の意図に気づいたのか、左に向けて走りだす。俺は一段とスピードを上げた。思い切り踏みつけた足元のアスファルトが砕ける。人とまるで変わらない表情で驚愕する機械の兵士は、既に俺の目の前。咄嗟に向けられた銃を右手で弾き飛ばす。俺の背部にあった乗用車が被害に遭って蜂の巣になった。
次の一手が出る前に俺は体を半回転。よろめいた体勢の敵兵に右の足裏を叩き込む。地面をスライドして吹き飛んでいくのを横目に見て、前進を再開する。
小銃の射撃をコートで受け止めながら、最短距離を走る。敵兵は次から次へとこちらに向かってきていた。左右からは俺達を包囲するように兵士たちが銃を構え、目指す建物への入り口から出てきた兵士がトラックに取り付こうとしているのが見えた。
懐から拳銃を取り出し、右前方に残っていた敵兵士二人に向ける。狙いも定めずに三度続けて引き金を引く。上手いこと足元に着弾し、敵の足が止まる。
トラックまでは十メートルほど。歩幅を徐々に縮めて、タイミングを図ると、思い切り大地を蹴りつけた。
重力に逆らって、一気に跳躍。前方に迫り来る鋼鉄の車体目掛けて拳を振りかぶった。鈍い鳴動とともに、全体重を乗せて放った拳撃を中心にトラックの側面を歪めていく。
遅れて衝撃が伝播する。まず機械兵が振り落とされ、ついでトラックが横転。二転三転しながら、施設の壁に激突。機関銃は壁の中にめり込んでいた。少なくとも使用可能な状況ではあるまい。
慌てて立ち上がった敵に、ローキックを叩き込んで両足を破壊。もう一度蹴飛ばしてトラックの方へと追いやる。
息つく間もなく俺のもとに降り注ぐ弾丸を受け止めると、逆側のトラックに視線をやる。既にその上部には機械兵が立って機関銃を操作しようとしていた。携行兵器程度ならまだしも、あれだけ巨大な銃火器を防ぐ術は俺の装備にはない。それは、アルフォンスやイオリにしても同じだろう。使われる前に防がなくては。
だが、俺が動くまでもなく状況は終了していた。機関銃を動かそうとした兵士が不自然に動きを止める。膝から崩れ落ちて、両腕が後方へと弾け飛ぶ。ついで、銃そのものに数発の射撃が浴びせられる。何処をどう撃ったのか、それだけで機関銃は爆発して大破し、既に原型をとどめていなかった。
「アルバ、こっちだ!」
アルフォンスがトラックの下で叫んでいた。イオリが周囲に短機関銃で攻撃を続けている。二人を包囲しようと敵は動いているようだったが、捉えきれてはいなかった。もとより、アルフォンスの銃は敵の銃弾を叩き落とすほどに精密だ。そんな相手に並の弾幕など通用するはずもない。イオリに至ってはまだ自らの得物である刀を抜いてさえいなかった。それでも的確な射撃で次々と敵は倒れ伏していく。
トラックを背に、敵の攻撃をいなし続けている二人を前に敵の包囲網が距離を詰める。その背後から、俺は攻撃を仕掛ける。アルフォンス達に正対する位置にいた敵兵の頭部を鷲掴みにすると、そのまま右側に投げ飛ばす。前方に集中していた数人を巻き込んで、兵士は地面に叩き据えられる。
同時に、建物の向こう側で激しい爆発音が上がった。ついで、銃声と鬨の声。どうやら本隊が突入したらしい。絶え間なく流れ込んでいた敵の増援が途切れる。
敵側に生じた混乱を見逃さず、イオリが行動を開始した。俺から見て左側の兵士に肉薄。
敵の腹部に至近距離からの銃撃を放つと、怯んだ相手を蹴り飛ばし、包囲を突破。施設の裏口へと走っていく。
アルフォンスがそれを追いながら振り向きざまに発砲。飛来する弾丸がすべて弾き飛ばされて乾いた音とともに落下していく。
包囲の外側にいた俺も、イオリ達と合流すべく走りだした。前方にいたガイストを正拳でなぎ倒す。地面に激突した兵士は、受け身もとれず、何人かの足元をさらって少し先で止まる。
倒れた機械たちを飛び越えて、前方の小さな扉を目指す。側方からの銃撃。コートがそれを絡めとって落とす。襟を立てて首筋を守ると、前方でナイフを構えた敵兵に突撃。
突き出された刃は体を捻ってかわす。勢いを殺さず回し蹴り。機械の頭部だけが吹き飛んで、胴体がゆっくりと倒れていく。金屑となった体を掴んで後方へと無造作に投げる。兵士の体は弾丸を弾いて傷だらけになった。
扉の直前で二人に追いつく。かつて商業施設だった頃は商品の搬入口だったのだろう、トラックに隠れた右奥は巨大なシャッターで閉ざされていた。その隣のこの小さな扉はさしずめ物資ではなく人間の通行路というところか。
先頭に立ったイオリが扉を思い切り蹴破る。鈍い音とともに施設内への道が開ける。敵は俺達を追撃するのか、施設の前面へと援護に行くべきか迷っているものが殆どで、こちらを追ってきているのは少数のようだった。随分と統制が取れていない軍隊だ。
施設内は高い天井を大きな柱が支えている広い空間になっていた。並べられている金属製の棚には側部に黒いフェンスが付けられて、通路を形成する壁になっている。それらの棚で作られた通路は、直角に交わって規則正しい格子を作っていた。
彼方から響いている銃声は、別部隊のものか。少なくともこの周りに敵の兵士はいないようだったが、しかし、こうなると何処に進むべきかもわからない。そんな迷いなどないかのように、先頭を行くイオリは物資が積まれた棚の間を抜けていく。通路の間には大小様々な大きさの仕切りが組み合わさって、小部屋のように分かれている部分もあった。
「なんかアテはあんの?」
俺の後ろにいたアルフォンスがイオリに尋ねる。そういえばこんなことをつい先日もやったばかりだ。
「ねぇな。ただ、奴等だって馬鹿じゃねぇだろうから、大事なもんは守るだろ? 普通はよ」
「また大雑把な……」
なんだって俺の周りにはこんな奴ばかりが集まるのか。俺がため息混じりに吐いた言葉は前方からの銃声でかき消される。銃口炎が薄暗い施設内を照らし、足元を弾丸が削っていく。
両手を交差させて前に出る。前に出た俺を敵兵が俺を狙うが、コートがそれを受け止める。
そして、背後からアルフォンスの射撃。まず、武器が、ついで両手両足が吹き飛び、胴体だけになったガイストが崩れ落ちる。その脇を駆け抜けながら、彼が来た方角、斜め右に曲がる。
本当ならあの敵兵にお話の一つや二つ伺いたいところだが、生憎と後ろから追ってきている輩がいるのでそういうわけにもいかない。曲がった先、十メートルほど先には棚で仕切られていない、広い空間が見えている。
幾人かの兵士がそこから俺達のいるのとは逆方向に進んでいった。イオリが広場の前で一度立ち止まる。ただの通路の交差点というわけではなく、一同が集まる時に利用するような場所のようだ。机や椅子のような物も置かれており、左前方には金属の台のようなものも置かれている。
左奥に続く通路からは激しい戦闘の音が聞こえる。どうやらあちらが正面の入り口に続いているのだろう。左右の通路からは援軍に走る者達。
この建物自体は四方に出入口を備えた形になっているようだ。そしてその中心にこの広場があり、ここからなら全ての出入口へとアクセスできるようになっているのだろう。あちらでだいたい二十ほどは敵兵を潰してはいるが、まだ俺達だけでどうにか出来るレベルの戦力ではない。だからこそ、しっかりと機会を伺う必要がある。
だが、イオリの考えは違ったようだ。
「いたぜ」
立ち止まっていたのは何かを探していたからのようだった。彼が指さした先には広場を抜け、右側の通路に走って行く二人の兵士。
その肩には他の兵士とは違う灰色のマントが掛けられていた。イオリが走りだす。当然、敵の交差する広場の中を突っ切ることになる。
「て、敵だ! 撃て! 撃て!」
銃弾の嵐の中を、涼しい顔でイオリが駆けていく。背後から俺がその射線に飛び込む。殺しきれなかった弾丸の衝撃が、小石をぶつけられたように俺の触覚に届く。ふざけた公安警察だ。詐欺罪やらなにやらで訴えてやりたい。
俺と背中合わせの位置を取ったアルフォンスが迫り来る攻撃を叩き落としながら進んでいく。蛇行しながら広場を抜けたサムライは、装備の違うガイストを追っていく。俺達もそうしたいところだが、敵兵の包囲が徐々に狭まっている。概算したところ十五から二十というところか。困ったことに身を隠す場所もないときた。
「さっさと抜けるよ」
「言われなくても」
アルフォンスが軽口をたたくと、イオリの向かった通路の方へと走りだす。俺達を追って来たガイスト達へと、懐から抜いた拳銃で応戦。牽制で足を止めると、俺も全力で走った。
前方の兵士は既にアルフォンスが排除していた。左から接近してきた兵士の左腕を掴んで背後に引っ張る。一瞬、攻撃が緩んだのを逃さず俺達も通路に走りこむ。
その先では、イオリがマントの敵兵の腕をねじり上げているところだった。
「もう一人を逃した! そっちを頼むぜ!」
イオリが叫ぶ。ガイストが左側に見える小部屋に入り込んでいくのが見えた。アルフォンスと視線を交わす。後ろを示したアルフォンスに頷きを返すと、全力で小部屋に向かう。
背後はアルフォンスに任せ、俺は敵兵の背を追う。小部屋の中には幾つかのモニターと、大型の電脳端末が設置されている。入り組んだコードが足元を這いまわり、その上には乱雑に転がったアタッシュケースと壊れた機械の残骸。
大型端末の前で黒いコートがうずくまっていた。やはりデータを持って逃れるつもりらしい。もちろん、そう簡単に逃すわけはない。背後に一気に接近し、鋼の首を掴むとそのまま上に持ち上げる。
強化された腕力が機械の体躯をそのまま奥の壁に叩きつける。衝撃で兵士の顔が苦痛に歪む。
「お前に恨みがあるわけじゃないが、調査の一環でね、ちょっとばかし話を聞かせていただきたい」
残った左手でガイストが握っている小型のメモリを掴もうと手を伸ばすと、ガイストの体に張り付いていたマントが駆動音を立てた。
違和感を覚えた瞬間には、既に俺の手の中には何もいなかった。同時に右手を打つ軽い衝撃。何かが俺の手から逃げ出る。
光学迷彩。ぬかった。だが近くにいれば気配で察知は出来る。薄暗い工場の中、目を凝らすと俺の右を抜けようとする透明な影。右の裏拳を振るって咄嗟に攻撃。苦し紛れのそれはしゃがみこんでかわされ、おぼろげに見えていた姿が、暗闇に紛れて消えていく。必死にその場所に手を伸ばすが、空を切るだけ。
すぐに思考を切り替え、入り口に向けて走りだしたその時。左前方で閃光。続いて、機械の倒れる音。ガイストの脚部と光学迷彩マントが撃ちぬかれていた。小部屋の入り口に立つアルフォンスが得意気にこちらを見る。
「詰めが甘いな、アルバ」
今回ばかりは反論できない。マントを着た別装備の兵士だという時点で、光学迷彩に思い当たるべきだったし、情報を引き出すにしてももっとやりようはあった。
俺は動けなくなったガイストに近づいて、その腕を掴んだ。
「すまない、欲張りすぎた」
「いいってことよ。私もたまには手柄がほしかったし」
「それよりお前、後ろはどうした。大丈夫なのか」
俺がそう聞くのと同時、彼女の背後からイオリと警官隊の隊長が歩いてきた。
「はい、皆さんのおかげで、ガイストはほぼ制圧、既にほとんどが戦闘をやめて逃走しています」
男はこちらを見ると、安心した、というように大きくため息をついて告げた。
「こちらの被害は?」
「軽傷者が五人ほど、死者はいねぇ、だと」
質問に答えたのはイオリ。両手足を拘束されたガイストを床に放ると、横にいた隊長を促した。
「失礼します」
俺が捕らえた機械兵の両腕を掴むと、腰につけていた手錠で拘束し、握ったままのメモリを奪いとる。
「とりあえず、こいつらだけでも捕獲して話を聞き出さなきゃなんねぇな」
足元に転がった敵兵を眺めながらイオリが言う。
「首謀者って感じには見えねーな」
「だとしたら、防衛ラインの向こうにいる奴が、黒幕だろうぜ」
「それじゃ埒が明かないね。めんどくせ」
「まぁデータはあるんだ。なんか見つかるかも知れねぇしよ」
肩をすくめるアルフォンスの肩を叩いて、イオリは笑う。
周囲で聞こえる銃声は徐々に小さくなってきていた。確かに戦闘は終局に向かってきている。隊長とイオリ、二人が捕虜を抱えて小部屋の外に出る。先ほど通りすぎた通路には、俺達を追ってきたガイストたちの残骸が転がっている。その内部で銃を構えて慎重に歩く、数人の警官。
向こう側の広場では、残った敵が抗戦しようと小銃を構えていた。その周囲を倍以上の公安勢力が囲い込み、難なく鎮圧される。
逃げ出そうとする兵士や、抗戦しようとする兵士はいるが、投降するものは一人としていない。もとより、公安警察は彼らの命乞いなど聞き入れはしないだろう。それが間違っているかなど、俺には語る権利もない。
小部屋を出て左側に向かう。棚によって作られた入り組んだ迷路の先に、出口の光が透けて見えていた。時折その光を隠しているのは、逃げようとしている敵か、あるいは追う公安か。ひとまず状況は落ち着いたのだろう。
早いところ調査に戻りたいところではあるが、もう少しこの施設を調べてみてもいい。何か手がかりになるものがあったかもしれない。
そう思い、ふと気になって後ろを向く。広場には、やはり大きな台が置かれている。それは別に高い所に手を伸ばすために置かれたものではあるまい。誰かがそこに立ち、全体に話をするために作られたのだ。
そして、もう一つ。どうして、これほどまでに多くのガイストが逃走という選択をするのか。ここから、防衛ラインまでは決して近くない。それを考えても、逃げるという選択肢は決して最善ではない。つまり、逃げる場所や、逃げれば助けが来ると知っているからだとしたなら。俺達は何かを取り逃がしてはいないか。
振り向いた俺の視界には棚の陰に滑り込んだ影が映っていた。同時、異音。分厚い紙を破ったような、不穏なそれで。俺は投げかけた問いの答えを得る。
目の前を仕切った金属の壁から飛び出すのは、五メートルはあろうかという漆黒の爪。
「愚かな人間よ、自らの罪を知れ」
冷えきった、見下しきった声が響く。鋼鉄の爪は、先頭を歩いていた公安隊長の手足を貫いていた。
「マツモト!」
イオリが叫び、腰の刀に手をやる。だが、それよりも早く隊長――マツモト――の体が持ち上げられる。三本の爪によって十字架にかけられたように吊り上げられ、その表情は激痛で歪んでいた。
彼の右手から、奪いとったメモリが零れ落ちる。同時、目の前に置かれていた金属の棚が五つに分解する。
その向こうから現れたのは、長身の人型。切りそろえられた金髪と、身に纏った黒いカソック。固く引き結んだ唇と、冷徹にこちらを見据えるその顔は、まだ幼さを残している。だが、もっとも目を引くのは彼の両腕。身の丈と同じほどもあるそれは、むき出しの鋼鉄。円柱状の先には五つの黒い爪が鋭い光を放っていた。
「『名有り』が来やがるとはね!」
アルフォンスがガイストに向けて射撃する。
「鬱陶しい!」
カソック男の叫びとともに、左側の爪が展開して回転。高速で機動するそれらが銃弾を叩き落とすと、そのまますべての爪が引き戻される。
マツモトが地面に投げ捨てられるが、助ける間もなく敵は両腕での攻撃を開始する。爪と思われるそれは、ただ伸びるだけでなく、それぞれ固有の角度で俺達に襲いかかってきた。
だが、それだけで、その攻撃だけではそれほどの破壊力はない。俺が前方に出て、襲い来る三つの刃を、義体の腕で逸らした。アルフォンスとイオリが素早く飛び退いて回避。施設の床に刺さった爪が高速で戻っていく。
その隙を逃さず、俺は前進。まずはマツモトを救出すべく、走りだす。
瞬間、背筋が凍るような感覚。目の前に一対の銀の刃。俺の首筋を狙い、必殺の一撃を放つ兵士が視界に入る。
反応が間に合わない。わずかに身を捻るが、攻撃の圏内からは逃れられず、必殺の攻撃をこの身で受け止める未来を幻視する。
だが、聞こえたのは鈍い衝突音。俺の首はまだ胴体にくっついていた。
「儂の斬撃を止めるものがおるとはな。小僧、なかなかやるではないか」
しわがれ声で語るその機械に答えたのは、跪いて斬撃を受け止めていたイオリだった。
「あんたこそなかなか面白ぇじゃねぇか、爺さん。アルバ、手出しすんなよ、こいつは俺の獲物だ」
背中で俺に告げながら、敵の攻撃を受け止めていた刀を思い切り薙ぐ。弾き飛ばされたガイストは余裕を持って着地して、イオリに剣を向ける。いや、それは剣ではない。鈍く光る鉄塊はそのまま彼の腕なのだ。
「ようやく、骨のある奴が出てきたぜ。退屈してたところだったんでちょうどいい」
「随分と腕に自信があるようだな。若造」
「あんたこそ、そうなんじゃねぇのか? 見せてみろよ、自慢の腕前をよ」
そう言って刀を片手に構え、もう片手で銃を握るイオリ。敵の頭部、そこに光る単眼のアイカメラが静かに嗤ったようだった。その瞬間、俺は三度目の予感に背後を振り返った。
そこには、鋼で構成された馬に乗った、銀色の甲冑の騎士が。直径五十センチはあろうかという巨大な槍で狙うのは、アルフォンスの背中。前方から迫った黒爪を弾き飛ばそうとしているアルフォンスは、それに気づいていない。
だが、今度は俺が気付いている。穂の根本に左腕を添わせて、攻撃の勢いを上方へと逃がす。
攻撃を上へと導きながら、機械で作られたその銀馬に向けて残った右手を構える。
狙うは頭部。大振りな攻撃は必要ない。纏ったコートが俺の意志を読み取って、右腕部分を引き絞る。
俺の掌底が馬を叩くと同時、コートが溜め込んだエネルギーを開放し、打撃に上乗せする。バランスを失った金属製のそれは、よろめきながら俺達を避けていく。しかし、その上に乗っていたはずの甲冑は、既に俺の真横に飛び降りていた。
身をかがめて、振るわれた槍を回避。視界の端でアルフォンスが前転したのが見える。反撃に出ようと身を翻した俺は間違いに気づく。
そう、ヤツらの狙いは最初から一つだった。俺の足元に転がっているのは、先程隊長が落としたデータメモリ。甲冑はそれを拾い上げると、すぐさま俺達三人から離れていく。アルフォンスが追いすがるように放った攻撃は、カソック男が弾き飛ばす。
馬を拾った甲冑が馬上で槍を構え直し、爪の男のところまで後退する。イオリと両腕が剣の兵士の打ち合いが続く中、俺達二人は沈黙を保ったまま動かない。
あるいは動けなかった、とも言える。カソックの爪は、この狭い空間では非常に有利だ。自在に壁や仕切りを破壊して動くことの出来る半径五メートルのそれに対して、俺達は通路という狭い制限の中で戦わなくてはいけない。
近づかず、敵の攻撃をかわすだけならばそれほど難しいことではない。しかし、今俺たちがなさなければならないのは、奪われたデータの回収。そのためには、あの鋼鉄の暴風地帯を抜けなければならない。それは容易な仕事ではなかった。
甲冑の騎馬兵は、カソックの隣に並ぶと凛とした声で告げる。
「データは回収しました。撤退します」
「フェリクス、敵はまだ残っている、殲滅だ」
カソックが低く反論すると、こちらへとその鋭い視線を向ける。
「カイン、退きます。我々の役目を忘れましたか?」
甲冑が彼を見つめたまま繰り返す。渋々と言った様子で、カソックは出口の方へと動き出した。同時、イオリと対していた敵兵もその場を飛び退いて甲冑の隣に移動。カソックが開いた出口までの道を駆けていく。
「逃すかよ……!各員、敵のアタマだ、包囲しろ!」
イオリが檄を飛ばし、走っていく。しかし、カインと呼ばれた男の攻撃に為す術もなく道を開けるしかない。アルフォンスの射撃も、殿を走る単眼の兵士が全て弾き返していく。
追いかけて施設の外に出る。生き残った敵兵達はそこに集まっていた。いや、それだけではない。様子から見るに、それとは別の機械兵たちもいるようだった。
施設を囲む鉄の壁は切り裂かれ、そこに止められたトラックの荷台に兵士たちが飛び込む。アルフォンスがトラックのタイヤを狙い撃つが、カソックが車から降りてそれを弾く。
その隙に俺とイオリが飛び込む。銃弾を弾いた隙を突いて、一気に懐まで侵入する。再度放たれたカソック男の爪をかわし、攻撃範囲へと入ったその瞬間。
足元に爆発したような穴が開いた。咄嗟に反応して横に跳ぶも、追いかけて再び爆発。
施設の塀の上、そびえ立つ銀の壁に白いトレンチコートの男が立っていた。両手にはショットガンと思しき銃。片手で一丁ずつを操り、それぞれで俺とイオリを迎撃したようだ。
俺達が足を止めた瞬間に、トラックは爪の兵士を乗せて発進。猛スピードで逃げ去っていく。イオリが本部に通信を繋いでいるが、ここより市外の奥に向かわれたなら、追跡は難しいだろう。
傷を負った隊長が別の兵士の肩を借りながら、こちらに歩いている。予想外の事態にどこか落ち着きを失った味方の兵士たちに、イオリが指示を飛ばしている。俺はコートに触れてそっけなく告げる。
「感謝する」
力が抜けたようにコートがただの布へと戻っていく。ガイストを長期的に定着させておくのは俺の趣味ではない。
銀壁を見上げる。そこには既に誰もいなかった。あるのはただ、灰色に染まった曇天の空だけだった。
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