第8話
俺が着いた時、ムサシノの作戦本部は未だ準備のまっただ中、といった風情だった。寂れたマンション下の広場に、群青色の制服を纏った公安の警官たちが集っている。既に枯れた噴水の横には、六脚のテントが置かれ、事務用の机が幾つか並べられていた。
周囲には同じようなマンションや、それよりも小さなアパート、そしてかつては機能していたのだろう大型の商業施設も目にとまる。揃っている警官は見たところ四十人ほどというところか。確かに少ないといえば少ないだろうが、奇襲をかけるのに必要なのは、機動力と統率のとれた動きだ。
そういう意味で言えば、これくらいが丁度良いのかもしれない。俺はテントの方へと近づいて、何やら会議中の集団に声をかける。
「すまない、アルバート・クライスラーだ。イオリ・オオサワから頼まれて来たのだが」
「おう、来たか、アルバ。ちょっと今話つけるから少し待ってろ」
意外なことに既にイオリはそこに混じっていた。俺より遅くまでいたのにどういうことなのか。
何やら、作戦の方針についての会議らしい。淡々と話しているとはいえ、威圧感のあるイオリに他の者たちはたじろいでいる。服装を見る限り、警部やそれ以上のクラスも混じっているだろう。いくら機捜とはいえ、物怖じをしないやつである。
周りを見渡したところ、アルフォンスはやはり来ていない。まぁ、あの女のことだから仕方がない。来ないということはさすがにないだろう。
警官たちは、各々装備を確認しながら、静かに時を過ごしている。空気は緊張感と、そして僅かな高揚感を含んでいた。
かつての、ドイツの戦場もそうだった。
俺が二歳の時に隣の国、フランスで革命が始まった。定着率の低いガイストだろうと、長い期間お互いに関わりを持てば強い自我を持つ。既にその研究結果は提出されていたが、フランス人達は発展の遅れに焦り、ガイストたちに無理な要求を続けた。結果として、ガイスト達は団結し各地で大規模な反乱が巻き起こることになった。
もとより意志を持った機械が、それを持たない機械や、まして人間に負けるはずもない。彼らの反乱は俺の住んでいた村にも波及し、それから俺達は戦場で暮らすようになった。
俺はまだ若かったので、大人たちは守ってくれたし、危険なことには関わらせなかったが、それでも戦場に物資を拾いに行ったことは数限りなくある。隠れ家を見つけたガイストを追い払うために、銃を手にしたこともあったし、彼らから逃げるため全力で森のなかを走ったこともある。
そうして生きて、気がついた時にはいつの間やら、正規の軍隊に所属するようになっていた。俺達のようなゲリラも戦力に換算しないといけないくらいに人間側は疲弊していたのだろう。それが確か十六歳の時だったろうか。
今でも初めてちゃんと隊列を組んだ時のことを覚えている。湿った空気の匂いと、そこに集まった人々の思いが拡散して絡まりあったような熱量のある沈黙。決して好きだったわけではないが、時折何処かそれに郷愁を覚えている自分がいることにも気づいている。俺にとっての原風景の一つ、だからなのだろう。
「いよっ、どうした、アルバ。ボケっとしてさ」
不意に後ろから肩を叩かれて振り返ると、アルフォンスが大きなあくびをしていた。
「アルフォンスか。早いな、お前にしては」
「まぁね。さすがにイオリにいちゃもん付けられると面倒だし。寝ずに来たよ」
そこで早く寝るという選択肢が出てこないあたりがこいつらしい。
「大丈夫かよ、間違ってもイオリに誤射するんじゃないぞ」
「ああ、分かってるよ。最悪アルバのせいにするから大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。俺があいつと戦う方が危険なんだよ、分かるだろう?」
「あ、そうか……分からんでもない……」
さすがのアルフォンスもげんなりした顔をする。
あの男とも出会った当初は、ちょっとしたスキンシップをはかったりしたものだった。ちなみに二度としたいとは思わないし、仮に二度目があったとしたなら三度目はもうできないだろう。
「どうした、ようやくオレと戦う気になったのか?」
見計らったように現れたのは、黒いスーツのサムライ。いつもは隠されている彼の武器も、今日ばかりは堂々とその柄を男の左腰に晒していた。
イオリの冗談を無視して尋ねる。
「会議は終わったのか?」
「ああ、大体な。テメェらを独立行動させるって言ったら思いの外反対されたんでな。少し手間取ったが大丈夫だ」
「まぁ、普通の隊に混ぜたところでかえって迷惑だと思うが」
「それもそうだと思うがよ」
「というか、指揮官はお前じゃないのか?」
「さすがに機捜でも、現場の指揮を奪えるほど権限はねぇよ。それに指揮官なんて柄でもねぇしな」
そう言ってイオリは苦笑いする。後ろに立っていたアルフォンスが横に来て肩を回してくる。疲れているのだとしたら自業自得なのだが。
「それで、作戦の概要はどうなってんの?」
「ああ、説明してなかったな。今回はガイスト達が潜んでいる、大型商業施設跡を叩く。どうやら市内への潜入を図るガイストたちの拠点みたいなもんらしい。ある程度の規模があるが、生産施設はねぇ。周囲の工場も開発には使ってねぇ。だから、叩くべきはその拠点だけってところだ」
「具体的には? データが狙いならそれを取り返すことも視野に入れたほうがいいの?」
アルフォンスが問い返す。俺が引き剥がそうとするのに抵抗するどころかさらに体重をかけてきて、柑橘系の香りが俺の鼻腔を刺激した。シャワーくらいは浴びてきたらしい。
「いや、それはひとまずは考えなくてもいいぜ。敵の戦力は恐らくこちらと五分、いや、もう少し多いかもしれねぇ。偵察の限りではだいたい五十から七十程度らしいから、まずは敵を殲滅することを考えてくれ。主力部隊は正面から一気に突入して敵を叩く。オレ達三人はそれに合わせて背後から強襲。敵を切り崩すと同時に、可能ならば奪われたデータと、光学迷彩を搭載した個体を拘束する」
「まぁ、データはどっちにしてももうぶち抜かれているだろうし、光学迷彩持ちが全部を把握してるわけでもないだろう」
俺の言葉にイオリはしかめ面を見せた。
「んなことはわかってるんだよ。仕方ねぇだろうが、他に手がかりらしい手がかりなんてないんだからよ」
「それは俺も分かっているさ。ただ、もう少しやりようはないのかと思っただけだ。奇襲をかけるのにも敵の方が多いし、場所を考えれば相手に逃げられやすい事は明白だ。何か手がかりを得たいならこの策はマズいんじゃないか」
これがただの前線拠点にすぎないのならデータや首謀者は、軍の敷いた防衛ラインの向こう、ガイストの勢力圏にある可能性も高い。とは言え、これだけの作戦を展開している以上、革命の頃から生き残ったガイストも関わっているはずだ。
それにしても、ある程度の規模の施設のはずだし、別動部隊であるところの俺達がこの人数では、その探している指揮官クラスやデータ自体を取り逃がす可能性もある。
「そりゃあ、上の方々はとりあえずここを叩いてガイストを殲滅できればいいと思ってるだけだからな。だから、このタイミングでこの人数なんだろう。手がかりなんてのは俺たちだけの都合だ。まぁ、ここを殲滅したから問題が解決する話でもないってことも俺は一応言ったけどな。お偉いさんにとってしてみりゃ、目に見える成果が上がってりゃそれでいいってことだろ」
呆れたように首を振ってイオリが続ける。
「まぁ俺は戦えるんだったら、公安の部隊がどうなろうが知ったことじゃねぇけどよ」
上層部にも呆れるが、現場がこいつではもっと心配だ。アルフォンスが俺の上半身にのしかかったまま、眠そうな顔でイオリに向き直る。
「ちなみに、敵に『名有り』のガイストはいないの? これだけの作戦だし、誰か関わってるかもしれないと思うのだけど」
「そんな情報があったら俺ももっと楽しめるんだがなぁ。まぁ偶然いたとしてら儲けもんだ」
アルフォンスの言葉にそう答えると、イオリはテントの方へと戻りながら告げた。
「そろそろ作戦開始だぜ。ギリギリまでは本隊と足並みを揃えるから、早いとこ目覚ませよ、アル」
その言葉を聞いたアルフォンスがこちらを向く。いつも通り着崩したシャツの胸元から、緩やかな丘陵が見えていた。
「アルバ、眠い。むりだ」
「無理じゃねぇ。いいから離れろ」
「あと少しだけ休ませてくれ」
俺にのしかかったくらいで休むも何もないと思ったが、少しだけ黙っていてやることにした。数十秒ほど沈黙して、まだ変わらない姿勢のアルフォンスを押しのけて告げる。
「もういいだろう」
「缶コーヒー買ってきて」
「買ってきてもいいが、目を覚ますならもっといい方法があるが?」
俺の振りかぶった拳を見て、慌ててアルフォンスがテントの方へと駆けていった。
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