第5話
シブヤの駅を出ると、大きな広場には沢山の人々がたむろしていた。中心に置かれた犬の置物は前世紀から残っているアンティークだ。広場の先の交差点を等間隔で自動車が走り抜けていく。そびえ立つ高いビルのモニターには、電脳上のタレントたちの映像が宙空に映し出されていた。
交差点を渡らずに、手前で右側に曲がる。リニアの線路高架下を抜けて、ショーウィンドウを見つめる二人組の少女の横を通り過ぎる。貧乏人の俺はAR未実装だ。虚空を見つめる彼女たちと同じ視界は楽しめない。
服飾店や飲食店が立ち並ぶ路地を横目に見ながら次の交差点もそのまま直進する。手をつないだカップルたちが仲良く歩いていくのを、虚ろな目で見つめる男性。携帯端末に目を落とした長身の女性が、信号の変化に慌てて歩き出す。
新しい携帯端末が、店舗の一階の外側に並べられて、それを大声で店員が宣伝している。遠くから微かに音楽と歓声が聞こえてくるのは、何かのイベントでも行っているのか。
道が上り坂に差し掛かった辺りから落ち着いた雰囲気の店が増えてくるが、少し路地を覗けば、そこに並んだ店の多くは居酒屋やパブであり、もっと直接的に女性を売るような店もある。
人間が人間たる所以を、欲望に求めたその結晶がこの街だ。機械との闘争の中で人が自らに与えたアイデンティティは、そうしたものだったというだけなのだろう。別にそれが悪いとは思わない。ただ、それが必然だったのだ、とも思えない。
坂道の途中にあった地味な居酒屋の横手、いかつい男が二人立っているところで立ち止まる。端末を見て場所を確認。わざわざ呼びつけるとは、公安警察はもう少し人権について考えていくべきだ。
「すまない、アルバート・クライスラーだが。この度はこのような重要な捜査の場に呼んでいただき誠に……」
「分かったから、ID」
「はいはい」
右手を示す。青い制服の男がそれを手元の機械で読み取って、二秒ほど沈黙。顔を上げて、階段を指し示した。
「四階だ。話は上で聞いてくれ。うちの上司、結構面倒だから気をつけな」
「ありがとさん」
投げやりに手を振った俺の背後で、二人組が大きくため息をついていた。公安にしてはいい連中だ。後でうちの事務所に誘ってみよう。きっと給料が出るかもわからない職場よりは厄介な上司に付き合う方を選ぶに違いないが。俺でもそうする。
階段横のプレートには、二階から七階まで全てムラタ・インダストリーのエンブレムが刻まれていた。エレベーターの前では数人の警官が、何かの痕跡を見つけ出そうと屈みこんでいる。俺の顔を見ると、気づかなかったように作業に戻る。こちらとしても邪魔をする気にもなれない。エレベーターの脇の薄暗い階段へと足を向ける。
ロビーから続く大理石の数段の後、薄汚れたビニルに足元が移り変わった。いつ頃に染み付いたともわからない灰色の汚れを踏みつけながら上へ。閉塞感のあるその空間から四階に出ると、打って変わって綺麗なカーペットが敷かれていた。恐らく、この会社がビルに入居するときに、オフィス部分だけ作り替えたのだろう。暗緑色のカーペットの先には、控えめな黒い扉が一つだけ。真ん中辺りには銀色のプレートで『社長室』と書いてあった。通路は奥にも続いており、この階にはもう二部屋ほどあるようだった。
実質この階の半分程度を占拠しているわけで、ずいぶんと広い部屋だ。とはいえ、社長室の大きさについて、取り立てて造詣が深いわけでもない。
扉の前にはまた、制服の警官が二人。開け放たれた扉の向こうからは幾人かの話し声と足音が聞こえた。
「失礼、アルバート・クライスラーだ」
不機嫌そうにこちらを見つめていた、扉の前の警官に右手を示してやる。完全に無視して、警官は扉の内側に顔を向けた。
「警部、参考人が到着しましたよ」
「やっと来たか、連れて来い」
ドアの向こうから大声が聞こえた。声の質的にはまだ若い男性だろうか。目の前の男が扉を指し示す。俺はわざとらしくため息を付いてやってから、社長室に入る。
「わざわざありがとう。さて、早速だが話を聞かせてもらおうか。この男に見覚えはあるか。いや、あるよな、もちろん」
部屋の中は広々としていた。左側には応接用のテーブルと椅子が四つほど並んでいる。左右の壁面は全て本棚になっており、ぎっしりと本で埋め尽くされている。そして、正面には大きなデスク。その横に警官たちが三人集まっていた。
その内の一人、中心に立っているのが、早口で俺に話しかけた男だった。身長は小柄、髪は刈り上げて短い。興奮しているのか、それとも元々そういう顔なのか知らないが、真っ赤な顔をしている。小さな瞳も合わさって、ネズミのようなイメージを抱かせる。少なくとも威厳のあるタイプではない。
「なんだ、いきなり。だいたいどうして俺がこんなところに呼びつけられたのか、そこから説明してもらいたいところなんだが」
俺は大仰に肩をすくめてやった。それが気に食わなかったのか、警官はますます真っ赤な顔をしてこちらに詰め寄ってきた。
「いいか、貴様は容疑者みたいなものなんだぞ、なにせ被害者と最後に話したのは貴様なんだからな」
それで彼の足元に誰か倒れているのが見えた。高級そうな黒いスーツを着たやや大柄な男。場所が場所だけにおそらくはムラタ・インダストリーの社長だろう。部屋の外と同じ緑のカーペットには、赤黒いものがこびりついていた。どうやら電話口で聞いた話は本当だったようだ。
「なるほど、ムラタの社長さんがね……」
男の脇を抜け、倒れている男の足元でその蒼白な顔に目を向ける。仕事柄、死人と顔を合わせることはよくあるが、だからと言ってそれに慣れるわけもない。まして、電話口とはいえ話したことのある人間だ。
本来なら彼のために祈ってやりたいところだが、後ろで警官が睨んでいる中でそんなことをするのはあまりにわざとらしい。心の中で彼の冥福を祈ることにして、俺は赤ら顔の警官のほうに向きなおる。早足でこちらに歩いてくる姿を見て、ますますネズミのようだと思ったが、黙っておいた。
「それで、もう一度詳しく説明願いたいね、俺が呼ばれた理由を」
興奮した犬のように何度か大きく息を吐くと、男は一転して余裕そうな表情を向けた。
「いいか、今日の朝十一時半頃、ムラタ・インダストリーの社長である、キミタカ・ムラタ氏が殺害された。胸元を拳銃で撃ちぬかれてほぼ即死。発見者は社長の秘書。社長の通話ログを調べたが、死ぬ直前の最後の通話記録は十時頃、つまり君との通話記録だよ。内容も確認させてもらったが、どうやら仕事を断られたようだなぁ」
「そのとおりだが、別に報酬は半分もらえたし満足している。何より、この人が殺された時刻なら俺はシナガワにいたぞ。地下鉄のログを探ってもらえば分かると思うが、それくらい公安様なら余裕だろ?」
「そうだ、乗り換えのために一度シブヤで電車を降りているだろう。その空白の時間を利用したのだろう、そうだろう?」
指を突き付けて詰問してくる。話にならないので、振り返ると呆れ顔で中年の警官が首を振っていた。その隣の真面目そうな顔をした眼鏡の警官に話しかける。
「カメラの解析はしたのかい?」
「今やっているところだけど、このビルのセキュリティには九時半以降のログイン履歴は残っていない。会社が会社だから相当な設備だし、それをすぐに誤魔化せるハッカーが付いているって考えるよりは……」
「光学迷彩を使ったガイストの犯行だな」
「でしょうね」
俺が言葉を継ぐと、隣の中年警官も頷いた。年齢を重ねた落ち着きを感じるが、傷だらけの顔を見る限り、現場で闘って昇進してきたのだろう。
光学迷彩は、体内通信などと同じく大戦期に戦場に投入された技術の一つだ。衣服などに搭載される機能で、光を歪曲させる電磁メタマテリアルを使い、着用者を透明化するという代物だ。気配までは消し去れないため近づけば容易に気づかれてしまうが、暗闇や遠目にはものや人が透明に見える程度の効果はある。加えて、ガイストの運動能力があれば、上階の通気口などを使ってセキュリティの薄い場所から侵入するという手口が通用するため、とりわけこうした犯罪の場面でよく見かけるものだ。
「おい、お前ら! まだ、カメラ解析は済んでいないんだ! それにこの男には動機があるぞ! 調べる価値はあるだろう!」
「警部、動機でしたらガイスト説のほうが有力かと」
まだ若いだろう警部に向けて、中年の警官の方が意見を言った。さすがに経験の差は認めているのか、ネズミ顔の男がたじろぐ。
「ムラタ・インダストリーは近年軍事産業部門で力をつけてきた会社です。死霊科学技術の研究は積極的に行っていますし、何より従業員を全て人間にする、と公言している社長さんですよ?」
「それは、確かにそうだが……そういう気質の社長が市街の人間と直接連絡を取っていたという事実も不可解だと私は思うが」
「単純に、社員にバレちゃ良くない仕事だったからだろうさ。あんた、奥さんの不倫を調べるのに秘書を通して頼みたいと思うかい?」
「お前はひとまず黙っていろ!」
警部殿に怒鳴られた。悪くない例えだと思ったのだが。
「それで? ムラタ社長から頼まれたデータというものがどんなものなのか、それに心当たりはないのかい?」
眼鏡を掛けた警官が尋ねてくる。隣では中年警官が部屋の外の警官たちを呼んで、社長の遺体を運び出させている。
「いや、無いが……何か関係があるのか?」
「手がかりにはなると思ってね。むしろ貴方が取り返したものの、ムラタ社長との交渉が決裂してガイストと手を組んだ可能性もゼロじゃない」
「よしてくれよ、俺とあの人の通信は聞いたんだろう?」
「その偽装の方がはるかに簡単だからね」
「別に俺はハッカーじゃないぜ。ただのしがない探偵屋だよ」
眼鏡を右手で押し上げると、男は小さく微笑んだ。その眼の奥には強い光が宿っている。
「そう、あくまで可能性の話ですけどね」
「とにかく、話だけでも聞かせてもらおうじゃないか、アルバート・クライスラー」
警部の方はとりあえず俺を犯人ということにしたいらしい。厄介な依頼を抱えているというのに更に厄介な事態に巻き込まれてしまったようだ。この程度のこと、すぐに下手人が見つかるだろうからその点の心配はしていないのだが、ここで難癖をつけられて調査が遅れたりすると面倒だ。
などと考えていると、視線の端、遺体を運び出そうとする警官たちとすれ違いに、一人の男が扉の向こうから現れた。警官たちは怪訝そうに男を見るが、堂々とした佇まいと、何より作業中だということもあり何も言わずに通り過ぎる。
俺にさらなる証拠をぶつけようと、社長のデスクの上を調べていた赤ら顔の男もそれに気付く。
「おい、お前ここの社員か? まだ調査は終わっていないから部屋には入らないでくれないか」
俺の見知った顔だった。知り合いと言ってもいいが、友人や相棒とは呼びたくない。
「おう、アルバ。テメェの名前聞いてわざわざ来てやったぜ」
軽く手を上げて、鋭い三白眼をこちらに向ける。日に焼けた黒い肌と、筋骨隆々とした体が圧倒的な威圧感を醸し出していた。服装はかつての日本人が来ていたような、和服を意識した紺色のスーツの上に同じ色のベスト。左腰からは僅かに日本刀の柄が見えている。長髪を後ろで一つに束ねた髪型もあいまって、まるでタイムスリップしてきたサムライのようにも思える人相だ。
「入るなと言ってい――」
「ああ、すまねぇ。自己紹介が遅れたな。公安警察独立機動捜査課、イオリ・オオサワだ。独立捜査権限に基づき、この事件、俺の管轄で調べさせてもらうぜ」
迫力のある低い声で男は告げた。目の前で、蛇に睨まれた蛙のように、いや、猫に睨まれた鼠のように、警部がみるみる蒼い顔になった。
そもそも公安警察は革命大戦後、壊滅状態だったトウキョウの治安を守るため政府組織とともに立ち上げられたものだ。その目的はもとより、ガイスト達の侵入や、更に彼らによるテロ行為の取り締まりであり、外壁を管理するのもその一環だ。しかし、ゲリラ的なテロや今回のような犯罪行為に対して、組織だった公安の捜査だけでは自由度も低く、また機動力の低さから裏をかかれることも多い。
そのために公安警察は一部の優秀な人材に対して、自由な判断で捜査を進める権限を与えることで、機動力を補おうとした。その結果として生まれたのがイオリの所属する、機捜と呼ばれる独立機動捜査課である。
今回のように既にほかの部署が担当していた事件を受け持つ場合もあれば、全く独自の捜査を展開していることもあるが、基本的に、機捜の方が上位権限を持つことになっている。確かにその効果は上がっているようなのだが、この男に関しては野放しにしておいていいのか、とたまに思わなくもない。
「とりあえずだが、カメラ解析も終わっていねぇようだし、現段階ではこいつが容疑者の目は薄い。それに三階の通気口を見てきたが、やられてっぞ、ありゃ」
先ほどまで大騒ぎしていたネズミ警部は突然の機捜登場にすっかり怖気ついてしまったので、イオリが代わって言葉を発する。本当ですか、と眼鏡警官がすぐに扉の外に向かっていく。
「久々だな、イオリ。退屈で現場を荒らしに来たのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇ。テメェが容疑者と聞いて駆けつけたんだが、来てみたらどうにも聞いていたのと話が違っただけよ」
「まだそんなこと言ってるのか、あんた。いつか本当に機捜から追い出されるぞ」
「別にオレがやっていることは公安のルールに背いていないぜ?」
「それは結構。生憎とこちらは公明正大、弱きを助け強きを挫く正義の探偵様だから、あんたとは無関係だよ」
「そうか? 今回の件、ちょっとばかしオレが口出しすればたちまちテメェも檻の中って寸法だが」
「冗談はよしてくれ。そんなことするためにここまで来たのか?」
「そういうわけじゃねぇけどな。ただ、テメェと戦えるのならそれも悪くはねぇ」
言って、目の前のサムライは目を細めた。この男は警察などに所属してはいるものの、その中身はただの戦闘狂。ガイストだろうが人間だろうが、より強い者との真剣勝負を求めてやまない、ウォージャンキーといったところだ。とは言え、それを除けば優秀で頼りになる警官。馬鹿と鋏は使いよう、というところだろうか。
「それで、実際は何があったんだ?」
「ここ最近、同じような殺人が頻発してる」
「いつものことだろう、そんなのは」
「最後まで聞け、狙われてんのが、全員が死霊科学関連の大企業役員ってのが少し気になっててな。それも短期間にまとまりすぎていやがる」
「偶然じゃないのか。確かに偏っているのは気になるだろうが」
「それを追求するのがオレの役目だからよ、偶然ならそれで構いやしねぇ」
言い放つ男の表情に浮かんでいるのは冷静な表情。性向はともかく、やはり職業意識は一流だ。
「入り口のカメラ、解析終わったようですが、光学迷彩含め通過したものは無いかと。ハッキングされた形跡もありません」
俺の背後から、先ほどの初老の警官が告げる。警部は未だ躍起になってデスクの上の捜索に励んでいたが、誰もかまってあげる方はいないようだった。
「そうか、さっき眼鏡の方には言ったんだが、三階が怪しい。そこから洗ってみな」
「了解です」
脇に控えていた部下とともに歴戦の警官が再び扉の外に戻っていく。
「さて、アルバ。一応参考人扱いらしいが、面倒だから帰っていいぜ。まぁ、オレの気が変わったら急に呼び出すかもしれんがな」
「権力を与えると人の本質が見えるって昔合衆国のお偉いさんが言ったそうだが、本当にそうみたいだな」
「警部、アルバがテメェに言いたいことがあるみたいだが聞いてやれよ」
「イオリ、おまえに言ってるんだが?」
「は、はい……なんでしょう」
俺の言葉にイオリは答えず、代わりにデスクの前で直立したネズミ警部が答える。というか、さっきまでの威勢は一体どうした。
「いや別に。今日のことはお互い水に流して忘れようってことだけだ」
「はぁ、それはどうも」
勝手に頭を下げているがもう放っておこう。
「そうだ、イオリ、一つ聞きたいことがある。おまえが言ってた殺人事件に大井重工の関係者とかは混じっていないか?」
「大井か……いや、いないと思うぜ」
「そうか。実は依頼でな、大井重工の研究者を探している。もしかして事件に巻き込まれていたりしないかと思ったんだが」
「それならまず身内に連絡が行くだろうから、そんなことにはなってないだろうよ」
「ん、ああ、確かにそうだが、一応な」
「今のところ、身元が分かっていない被害者もいないし心当たりはないな。気が向いたらそっちの方も調べておいてやるよ」
「すまないな」
「悪いと思ってるなら、本当に俺の出番になるようなことをしてくれ。テメェと戦うのはなかなかに楽しそうだからな」
「それは御免こうむるよ、じゃあ、失礼する」
「ああ」
片手を上げて、扉へと向かった。俺とすれ違うようにまた数人の警官が滑りこんできてイオリに指示を仰いでいる。扉の横に立っていた警官はもういなかった。忙しそうに階段を数人の警官たちが下っていき、すれ違いざまに俺に軽く頭を下げていった。
ビルの入口にはまだあの二人が残っていた。
「ご苦労さん」
「おう、あんたかい。どうだった、うちの上司は?」
目の前を行き過ぎる女性を退屈そうに見つめていた警官は、俺の声に振り向いた。
「なかなかユニークな人じゃないか。公安警察も多様な人材を集めるのに熱心なんだな」
俺の下らない冗談に彼は顔をしかめた。
「全くだよ。キャリア組なんだろうが、いきなり素人を現場に連れて来られても困るってこと、上は分かんねぇのかね」
「なんだ、やっぱり素人なのか、大変だな」
「まぁな。彼の方も彼の方で早いところ手柄立てて、お飾りは卒業したいんだと思うけどよ」
「手伝ってやったらどうだ?」
「おいおい、冗談よしてくれ。適当な文句付けられてやめさせられでもしたらたまらねぇよ」
「確かにな」
男は苦笑いだった。
「まぁ、もしそういう羽目になったら、うちの事務所ならいつでも誰でも人材募集中だ。よろしく頼む」
「おいおい、それは随分健全な探偵事務所だな」
「ああ、給料をいつから払えるかをまず相談することになるだろうから非常に健全だ」
「ひどい話だ」
呆れた顔で男が俺を見つめる。隣では、もう一人の警官が憐れみの目で俺を見ていた。それはさすがにひどいだろう。
「じゃあ、検討しておいてくれよ」
「気が向いたらな」
右手を上げて、そのままビルの外へと歩き出す。傾き始めた太陽が右側に赤く燃えていた。左手をポケットに突っ込んで新品の箱から一本煙草を取り出して口にくわえる。目の前を歩いていた、派手な格好の男の背中を眺めながら駅に向かい歩く。
ポケットを探ってライターを取り出す。太陽の反射したビルの窓が眩しくて目を閉じた。火を点ける。その途端、疲れが体を内部から侵食していった。清涼感のある香りが体にしみわたって、脳にまで届く。昨夜からの長い一日を思い出すと、ため息しか出ない。
ひとまず帰るとしよう。煙草をくわえたまま俺は人混みの中へと歩き出した。
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