第一幕 Carry out a sortie,“P.A.”! 5

 一応自分の愛機はあるものの、その立場上あまり前線に赴くことはない。ここ数年は左院特吏が駆るパンツァー・エイドに任せていたため、自分が戦場に赴くということはすなわち、本当の意味で『最終手段』として捉えていた。


 そして今がその『最終手段』にあたる訳で。


 ティーは脳裏にこびりついた先ほどの惨劇を思い返し、それから無言で操縦桿を引いた。

 刹那、ひどい耳鳴りがして、機内の気圧が大きく変動する。


「っ、」


 息を止めつつある一転に狙いを定めると、ティーは一発強烈な蹴りをお見舞いしてやった。きっと相手のビーからしてみれば、急にボレアリスが視界から消えたものと捉えただろう。その心情が手に取るように分かる。


 ――嘗めるなよ、この愚か者が。


 ティーは胸の内でそのように毒づいた。

 伊達に長くこの機体と過ごしている訳ではないのだ。それこそ、あの左院特吏よりも前からずっと共にいる。最早半身と言っても過言ではない。


 しかし、だ。

 だからこそ、今日の自分が、半身が、なんだか様子がおかしいような気がしてならない。少しでも気を抜けば脳裏にちりちりと数時間前までの記憶が蘇るのだ。


 ユイスマンスの報告を受け、左院特吏・ケインズがおもむろに席を立ったこと。

 引き止めたティーを彼は振り返り、「すぐに戻る」と微笑んだこと。

 それが最期に交わした会話で、次に会った時はすでに×××××こと。


 そこまで思い返し、ティーはようやく理解した。


 ――おそらく、自分は激しく後悔しているのだ。


 そこまで分析できればあとは簡単だ。今はそれらの感情を全部捨ててしまえばいい。目の前のものが片付けば、あとからいくらでも拾いに戻ることが出来るだろう。


 ビーが反撃にかかる。息をもつかせぬ速さで拳を繰り出すが、ボレアリスからしてみればそれは仔猫がじゃれついているも同然だった。

 ボレアリスの拳がビーの鳩尾に入る。ビーの機体は背面へと大きく反り、カウンターをかけた。


「んっ――!」


 避けきれずにボレアリスの機体は後方まで大きく弾き飛ばされてしまった。

 そのとき、ふとティーは横目でパンツァー・エイドの動きに目を留めた。

 パンツァー・エイドがまるで踊るかのようにコクーンの相手をしていた。左腕の銃器で相手の胸を撃ち抜き、さらに機能が停止した機体を盾にして別の機体の破壊にかかる。


 おや、とティーは思った。いくら自動操縦モードを使用しているとはいえ、そんな複雑な動きは到底できるはずがないのだ。自動操縦モードのロジックは比較的単純で、例えば今己が相手している小隊長クラスの人物であればその攻撃パターンくらいはすぐに予測できてしまうだろう。


 だとしたら、今のあれは何だ。

 ティーは受け身をとりつつもあらゆる可能性を吟味し、そして最終的にひとつの答えに到達した。 


「あの莫迦、」


 ティーは操縦桿をぐるりと一回転させ、機体を大きく旋回する。そして同時に、ヴィルへと言葉を投げかけた。


「ヴィル。聞こえるか」


***


『ヴィル。聞こえるか』


 甲高い耳鳴りののち、脳を叩くようなティーの声が聞こえてきた。しかし今のヴィルからすれば、そんなものは至極どうでもよかった。というより、その問いかけをきちんと理解していなかったのかもしれない。

 激しく脳が疲弊していた。ろくに訓練もしたことのない人間がいきなり戦闘機を動かそうだなんて無理な話だったのだ。

 ヴィルは額の汗をぬぐい、それから大きく息を吸った。


 ――それでも、今気を失う訳にはいかないのだ。


 自分でもよく考えたつもりだ。愚かなことだとも分かっている。


「……っ、ティー」


 かたかたと、操縦桿を握る手が震えていた。

 暫しの間があり、ティーの声が脳へと反響する。


『ヴィル?』

「ごめん、おれ、もう限界」


 何かを思いつめたような、それとも単に腹を括っただけなのだろうか、どちらともとれるようなことをヴィルは言った。

 それはどういうことだ、との問いかけがあったが、ヴィルはその声を遮るように再び声を上げる。


「ごめんね、でも、疲れちゃってもう無理。だからすぐに終わらせる。ちょっと待っていて」


 ヴィルは静かに呟いて、左手をのろのろと伸ばした。その先にあるのは操縦モードを切り替えるレバーだ。ヴィルの左手がそれを掴むと、勢いよく元の位置に戻した。

 がちゃん、と重い金属が動く音がして、モニタに移された自動オートの文字が消灯する。


 余裕のないヴィルの表情がモニタに反射してこちらを見つめていた。

 独特の金眼が、からこちらを覗いている。

 ヴィルは力なく笑い、それからこのように言った。


「覗いていないで、


 表情を隠していたヴィルの“青い”髪が――刹那、大きく揺れた。


***


 空気の流れが変わった。

 ティーがそれに気がついて、『その姿』を捉えた時には既に遅く。


「はっ……?」


 パンツァー・エイドがビーを背中から撃ち抜いていた。

 黄色の機体がぐらりと傾く。わざわざ急所を狙って打ち抜いたので、既に中に乗っている兵は気絶しているのだろう。パンツァー・エイドが両脇から腕を通すようにしてそれを抱きすくめると、なにやら股関節の部分へ手を伸ばし何かを引き延ばし始めた。


 ――それがを起動するためのスイッチだということに、ティーはすぐに気が付いた。


「おい、ヴィル。お前――」


 ヴィルは答えず、代わりに自身の機体の電源を落とした。

 徐々に失われていく青白い光線ライン。それらはパンツァー・エイドの左胸へと集結し、小さくはじけて消える。まるで水面に一滴の滴が落ちた時のように、脆く儚いもののように思えた。


『こんなものを神機の複製品に仕込むだなんて、グランの連中はどうかしているよ、本当』


 ヴィルの声がティーの脳に直接呼びかける。

 ぐらり。戦闘不能状態のビーを抱えたまま、パンツァー・エイドが大きく傾いた。それでもヴィルは戦闘機を起動しようとはしなかった。

 しばらく無言を貫いていたヴィルがようやく一言口にする。



 二機はそのまま堕ちていく。それを追いかけるべく、ボレアリスが慌てて方向転換をかけた、その時だった。


 パンツァー・エイドは、そのまま、ビー・コクーンもろとも爆発したのは。

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