4(エピソード完)
夜の間降り続いた雪は、朝方には止んでいた。
曇り空から覗く日光を、白銀色に照り返すなだらかな丘の上。
冷えた空気を吸い吐きし、軽く汗をかきながら、陽彦たちはスコップを振るっていた。
柔らかな地面を固く
どのような弔いを本人たちが望んでいたか、確かめる
遺体を本土に持ち帰っても、
それでも帰りたいと思っていたのかもしれないし、あるいはこうやって北海道に骨を埋めるのが本望だったのかもしれない。
自分ならどちらを選ぶだろうかと陽彦は少しだけ悩んだが、答えが出ずに考えるのを止めた。
ただ、こうやって埋葬した方が、野晒しにしてフィンブルどもに食い散らかされるよりは遥かにマシに思えた。
「こんなものだろう。満足したか、陽彦?」
「ああ、ありがとな」
あくまで陽彦に付き合って、という風に聖二が言う。陽彦も深くは問わなかった。
赤帽鬼から取り戻した剣を地面に突き立てる。即席の墓としては、なかなかサマになっていると思えた。
惜しむらくは、名前の分からない二人の
「あー、いや、悪い。もうちょっとだけ待ってくれ」
そう言うと陽彦は膨らんだ左右のポケットをごそごそと探り、何かを掴み出した。
愛用の安物ガスライター。それと、彩り鮮やかな四つの紙箱――それぞれ銘柄の違う、封の開いた煙草。彼らの
一番タール量の多いもの――なんとなく、あの青年のもののような気がした――を取り出して咥え、ライターで火を点け、吸い込む。
重たい煙が肺の中を洗い、吐き出すとともに憂鬱ごと空へと溶けていった。
「陽彦くん、おいしいんですか?」
愛海が興味津々といった顔でそう尋ねる。
「俺が普段吸ってるやつの方がうまい」
陽彦は昇りゆく煙をぼんやりと眺めながら答え、それから地面に突き刺さる剣の
「ふーん……わたしにもください♪」
「ほれ。火ぃ点いたら吸うんだぞ」
別の箱から一本抜いて愛海に渡す。手で風除けを作ってやり、咥えた煙草の先端に着火してやる。
途端に愛海が勢いよく悶えたので、陽彦は自分の手を炙りそうになった。
「げほげほっ! ……ちょっ、なんですかコレ! 毒ガス? 毒ガスですよね?」
咳き込みながら、愛海はほとんど投げるように煙草を供えた。
「
すまし顔の深雪が、いつの間にか
「少しなら大丈夫……多分」
また別の箱から一本抜いて手渡し、火を点けてやった。
深雪は表情も変えずにすぅ、と浅く吸い込み、ふぅ、と吐き出した。
それからそっと屈み、煙草を剣に供えた。
「深雪ちゃん、すごーい!」
「私は大人だから……こほん」
「お前も
そんな三人の様子を眺めながら、聖二がやれやれと首を横に振った。非難がましさよりも、呆れたという顔だった。
「不良漫画の読みすぎじゃないか?」
「んだよ、ここは空気読んでお前も一緒にやるとこだろ」
「空気は読んでるよ。じゃなきゃ
「そうかよ。じゃ、もう一本おれが」
最後の一種――茶色い巻紙の煙草を
変わり
振り向くと三人とも目を瞑り、無言で祈りを捧げていた。陽彦もそれに倣う。
愛海はきっと、みんなの真似をしてるだけだろうな。聖二や深雪は、何考えてるんだろうか――そんなことが頭をよぎりつつ、死者の魂の平穏を願った。
一分ほどもそうしただろうか。「行こう」と聖二が言って、他の三人が頷いた。
聖二と愛海はいつもの
二台の貨物車が発進し、丘から遠ざかる。
墓標に供えられた煙草はチリチリと音を立てながらやがて燃え尽き、風がその残り香を
※※※
会話一つない静かな車内、運転席の陽彦がぎこちなくハンドルを切る。
バックミラー越しに、助手席の深雪と目が合った。
何もかも反射するような、黒曜石の双眸
――心の中で
(「陽彦は死にたいと思ったこと、ある?」)
今ならちゃんとした形を与えられそうな気がした。
深雪の問いにではなく、陽彦自身の心に。
※※※
陽彦がワイルドハントになったのは五歳の時だ。車同士の衝突事故に遭い、両親は即死。
瀕死の重傷を負った陽彦に、医師が生きたいかと尋ねた。その問いがどういう意味を持つのかもろくに理解しないまま、陽彦は生きたいと答えた。
そして目が覚めた時には、怪物人間の仲間入り――特に何の面白みもない、ワイルドハントとしてはありきたりな生い立ちだった。
十歳になる頃には、自分たちは使い捨ての駒なのだと理解していた。
気にかけてくれた年上の先輩たちが、遠征に出たまま戻ってこなかったり、おかしくなってどこかへ連れていかれたりするのを何度も目にしてきたからだ。
十二歳の時、北海道の地を初めて踏んだ。最初にフィンブルを殺した夜、周りのみんなの真似をして煙草を吸った。
彼らにとって
助けてくれない社会へ――おれたちはルールには縛られないと。
あるいは、無慈悲に牙を剥く世界へ――明るく楽しく生き抜いてやるのだと。
けれどそれは所詮、本当に欲しいものが手に入らないゆえの代償行為だった。
今ある最低限の援助さえ受けられなければ、その時こそ確実に野垂れ死ぬだろう。
不良然として突っぱねるぐらいで、どこまでも奴隷に殉じるしかなかった。
短くとも太く生きようとするのは、先がないことを知っているからだ。
明るい未来の展望を信じるには、同胞の死を多く見つめすぎた。
聖二や深雪のように前を見続けることも、愛海のように何も見ないことも、陽彦にはできそうにない。
※※※
生きたいとか、死にたいとか、そんなものは選ぶ自由のある人間の悩みだった。
深雪からの問いかけに答えられなかったのは、自分にそんな権利はないと知っていたからだ。
心の奥底で、無意識に言い聞かせてきた。最初から運命を受け入れていた方が楽なのだと。
でないと、最後の最後まで自分が死ぬのを認められないなんて、辛すぎる。
それでも。
「生き残りてえな」
そう、願いを口にした。ひねくれても、悟ったふりをしても、それだけは絶対にごまかせない本心だった。
「死にたくねえ」
「……私が死なせないから」
陽彦は己の目を疑った。ミラー越しの深雪が、にっこりと笑みを浮かべていた。
慌てて横を向く。いつも通り無表情の深雪がそこにいた。
「どうかした? ちゃんと前を見て運転して」
「……人より自分の心配しやがれ」
長い長い直線に差し掛かると同時に、陽彦はアクセルを踏み込んだ。
広大な北海道の大地――『
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