魔王、気付きたくないことに気付く

 ヤンデレ化した勇者を退けてから1週間後、俺はまた執務室で頭を抱えていた。

「あのポンコツ……盛大に勘違いしてやがる……」

 やはりというかなんというか、あのポンコツ勇者は俺の「お前(とのバトル)が好きだ」 を完全にプロポーズかなんかと勘違いしていやがるようだ。

 お陰で、婚姻届の数が今までの3倍に増えやがった……。

 しかも、時折手紙もいっしょに同封されていて、「式場はどうする?」「どんなドレスがいい?」なんて書かれて送られて来てる。

 いや、そもそも、文章的には100歩譲って告白に聞こえたとしても、プロポーズには聞こえないだろう、やはりアイツはバカだ、うん、そうに違いない。

「魔王様、宜しいでしょうか」

「……あぁ、入れ」

「魔王様、勇者がまた訪れるようです」

「もはや、攻め込んでくると言わなくなったな」

「ええ、今回は更に馬車で向かってきているとの情報があります」

「さらっと認めた上に、馬車……だと?」

 馬車という単語を聞いただけでもう、嫌な予感しかしない。

「……馬車を引いている馬の毛色はなんだ?」

「見紛うことなく、純白ですね」

「なんかもういよいよもって俺は腹を括らなきゃならんのか?」

「魔王様次第ですね、ベリアルなんかはとっととくっついちまえとか言ってましたけど」

「よし、アイツは1週間馬小屋の掃除だ」

 恐らく……いや、間違いなく勇者のやつは本気で俺と結婚するつもりだろう、そして断ったらヤンデレ化、ヤンデレ化を解除したら結婚……という負のループに陥るだろう。

「うーむ、これはいよいよもって面倒だな」

「……とっとと、腹ぁ括れやチキンボーイ」

「おい、アスタロト?今とても不穏な言葉が聞こえたんだが」

「えぇ、言いましたよ?とっととしろや、蛆虫チェリー、と」

「さっきより酷くなってるよな!じゃあ、なにか!?お前は勇者と結婚しろと!?」

「魔王様……1つ年長者として、助言させていただきます」

 暴言を吐いていた時の鬼のような形相とは打って変わって、普段通りの毅然とした表情に戻ったアスタロトは、俺に対してこう言った。

「婚期を一度逃すと、私のように一生独身魔族とそしられるようになるんですよ!」

「お、おう、その……なんだ……ドンマイ」

 毅然とした表情で、盛大に自爆したアスタロトは、そのあとすぐに回れ右をして俺の執務室から出ていった。

「…………まあ、アスタロトの言い分も一理あるんだよな」

 事実、魔族は出来るだけ早いうちに結婚しておいた方がいい、何故なら魔族は年齢を重ねるごとに徐々に強力になっていくからだ。

 その強さは血筋にもよるが300歳を越えた頃から差が開き始めてくる、伸びない奴は成り上がりも考えず農民になったり、逆に自分の能力を活かす為、学者や兵士になったりする。

 伸びる奴は、それこそスライムが翌日に突然ドラゴンになるような勢いで成長する、そう言う奴は大体貴族だったり、魔王城の重鎮だったりする。

 そして、何より問題なのが、男の魔族は基本的には自分より魔力の高い女性の魔族には例え魅力を感じても迫ったりはしない、見栄が邪魔をするからだ。

 それと同様に女性の魔族も、自分より魔力の低い軟弱な奴には靡かない、まるで魅力を感じないからだ。

 そして、魔族も人間と同様に女性の方が長命で、魔力の上限値も女性の方が高い……尚且つ女性の方が強くなりやすい傾向がある、つまり早いうちにいい人を見付けないとさそれはそれは寂しい人生(?)を送ることになる。

 したがってあまり魔力に差のでない180歳から260歳(人間で言うと18歳から26歳)の頃に、家族が見付けてきたか、自分で心に決めた者と結婚するのが望ましいとされている。

「やっぱりそろそろ、結婚した方が良いのか……」

 俺は、そのまましばらく考えてみることにした。

 結婚するのなら、まず大前提として相手はどうする?今のところ、アーシェかレキアのどちらかの訳だが……。

 いや待て、幼い頃に約束したレキアはまだ分かる……だが、何故勇者の名前が出てくるんだ、なんだこれはつまり……そう言うことなのか?

 落ち着いて良く考えてみよう……、まずあのポンコツ勇者が俺を好きだ好きだと言うから、それに流されてる可能性は無いか?

 それともあれか、意識していなかっただけと言うか意識したくなかっただけで俺もあのポンコツに惹かれていたのか?

 取り敢えずあのポンコツとのやり取りを少し思い出してみよう…………と、思ったが思い出すまでもない、今考えると思春期の男そのものだ……。

「マジか……やっぱりそういうことなのか」

 なら、まず1ヶ所けじめをつけに行かないといけない場所がある、今からそこに向かうとしよう。


 ★★★


 思い立ったが吉日、俺はワイバーンに乗りアヴァンス卿の邸宅へと飛んだ。

 レキアに幼い頃の約束を果たせなくなったことを伝え、詫びるためだ。

 レキアのことだから、わがままを言って聞いてくれないかもしれないが、そこはそれ、頑張って説得するしかあるまい。

「これはこれは、魔王様こんな辺境に此度は如何な御用事でございましょう」

「そんな堅苦しい言葉遣いはやめてください、バロア伯父さん」

「ぬ?そうか、アスター坊がそう言うならこちらとしてもその方が助かる」

 俺が後頭部を少し掻きながらそうお願いすると、バロア伯父さん―――バロア=アヴァンス卿は、普段通りの砕けた口調に戻ってニッコリと微笑んだ。

「で、どうしたんだいアスター坊」

「少し、レキアと話さないといけないことがあって」

 俺がそう言うと、バロア伯父さんはまた少し神妙な面持ちになって、すこし眉根にシワを作った。

「まさか、レキアがまた何かやらかしたのか?」

「いや、やらかしたわけでは無いんです、ただ……レキアに謝らないといけないことが出来たんです……」

「そうか……アスター坊にも、好きな女の子が出来たって訳だな?」

「わかるんですか……?」

「まあ、同じ男として何となくって感じだがな。それに、レキアは昔からアスター坊のお嫁さんになるって言ってたからなあ、そんなレキアに謝るってことは好きな女の子でも出来た以外に考えられんしなあ」

 どうやら、周りの人にはお見通しらしい。

 それほどまでに俺はわかりやすい性格をしているのだろうか。

「昔からアスター坊はレキアを可愛がってくれたからなあ、少し寂しくはあるが……、アスター坊が決めたことなら仕方あるまいよ、君は一度言ったら曲げないからな」

「すいません……。それで、レキアは今どこに……?」

「君とレキアの思い出の場所と言えばわかるかな?」

「……そうですか、ありがとうございます」

 バロア伯父さんに軽く頭を下げ、お礼を言った俺は、レキアを魔物から助けたあの草原へと駆け出した。


 ★★★


 草原へ辿り着くと、昔と同じようにレキアが花を摘んでいた。

「レキア」

「言わないで、アスター様、レキアもうわかってるから……」

 レキアは、こちらに振り返らずそう言った。やはり、女の勘というやつなのだろうか、レキアには俺の決断を悟られていたらしい。

「すまない、お前のこと裏切るような選択しちまって」

「…………」

「俺が謝りたかっただけだ、だから許してくれとは言わない。俺のケジメとして、受け取ってくれ」

「……やっぱりアスター様はアスター様なの、そんなこと言われちゃったら怒るに怒れないの」

「レキア……」

「これ、勇者にかけてあげると良いの、魔性蘭の首飾りなの」

 魔性蘭……、確か花言葉は不変の愛、忘れざる恋、福音だっただろうか。

「ありがとう、レキア……それじゃあ俺、行ってくるよ」

「うん、アスター様行ってらっしゃいなの!」

 ―――俺はきっと、このときのレキアを忘れることは無いだろう……目の端に涙を溜めながら、必死に笑顔を作っていたレキアのあの表情を……。

 レキアのその、気持ちに報いるためにも俺はアイツに伝えなければならない、この気持ちを……!

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歴代最強勇者が新米魔王(オレ)を倒せないポンコツな理由 霞羅(しあら) @xest1852

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