勇者の前でイチャついてみる。

 すったもんだの末、俺とレキアが勇者の前でイチャつくことになったわけだが。

「……なにも勇者が来る前からイチャイチャすることは無いだろうに」

「ダメなの!勇者が来る前からイチャイチャしないとそれっぽく見えないの!」

 そういうものだろうか?

 取り敢えず演技でも何でもイチャつきたいだけなんじゃなかろうか。

「アスター様とレキアはラッブラブーなの!」

 本当にレキアは頭のネジをどこに忘れてきたのだろう、そこら辺はあの勇者に通ずるものが有るな、脅威の度合いは圧倒的に勇者の方が上ではあるが。

「魔王様、ご歓談中のところ失礼します」

 どこをどう見たらそう見えるのだろうか、アスタロトも良くわからんやつだ。

「どうしたアスタロト、またあのポンコツか?」

「ええそうです、しかもいままでの3倍位の速度で接近してますね」

「は?なんだそりゃ」

 普通に来たら1週間、あのポンコツなら3日の道のりを、3倍?つまり……

「1日で到達するじゃねえか!」

「ええ、もう城の目前です」

「マジかよ、何がアイツを駆り立てたんだ……?」

 詳しく考えてる暇もなく、俺はレキアとともに玉座の間に向かうことになった。


 ☆☆☆


 時はさかのぼり、2日前。

 勇者アーシェはまた、魔王城に一番近い村で悶々としていた。

「あーもう、なんで落とせないのよアイツ…普通女から迫ったら男って弱いんじゃないの…?」

 と、独自の見解をこねくり回しながら宿屋のベッドでゴロゴロしていると、幼なじみであり旅のお供のシエナがやって来た。

「アーシェ…これ見た?」

「んー?なにー?」

 シエナはアーシェの目の前に、一枚の紙をぶら下げた。

「えーと、なになに?魔王アスターが、親戚の娘と婚……約…?」

 それは、アスタロトが用意させた魔王の偽の婚約報道が書かれたビラだった。

「な…んで、なんでよ…アイツ結婚はまだしないとか言ってたのに…私にもチャンスはあると思ったのに……!」

「あー、これはまずい」

「もういい……魔王を殺して、私も死ぬ!」

「デスヨネー」

 と、こういう事態があったため勇者アーシェは3倍速で魔王城へとやって来たのだった。


 ★★★


 取り敢えず、玉座の間に着いたわけだが、なんか知らんが魔族以上に禍禍まがまがしい気配が近づいてきてるのは気のせいだろうか。

「アスター様ぁ……なんかすっごく怖いの…」

「ああ、そうだな、邪神様に匹敵するくらいの気配だな」

 邪神様は魔族領の地下に広がる邪神界を統べる、魔族の信仰する神様だ。

 それに匹敵するオーラとか、まともに戦ったら勝てる気がしない。

 レキアと会話していると、いつも通り玉座の間の扉が開いた。

 だが、勇者の雰囲気は普段のものとはまるで違っていた、身に纏う負のオーラのせいで髪は逆立ち、目は血走っている。

 一応気になるからステータスサーチをしてみよう。

 勇者 アーシェ

 Lv 65 状態異常 嫉妬の炎

 HP859 MP674

 力135 身の守り100

 魔力234 賢さ12

 素早さ99999

 攻撃力220 守備力389

 装備

 鋼一式 威力85 防御力289

 スキル

 魔族キラー…魔族に対する攻撃力が8倍になる。

 面食い…イケメンに弱い。

 恋愛体質…惚れやすい。

 乙女フィルター…対象の言動に補正がかかる。

 異常耐性…呪いを含む状態異常にかからない。

 YA☆N☆DE☆RE化…嫉妬の炎により生じるスキル、自分の愛する者を殺す又は、恋路を邪魔するものを殺すと解除される。若しくは、愛する者が自分のものになると、別のスキルへと変質し消滅する。


 なんだこれは……嫉妬の炎とか、要するにあれか、ヤキモチやいたってことか?

 というか、アイツは状態異常にならないはずじゃないのか?

 状態異常以上の異常ってことなのか?ええい、ややこしい!

 そもそも、YA☆N☆DE☆RE化…つまりヤンデレ化だろう?なぜ、こんな事態になってるんだ。

 ヤンデレも、以前異世界の文献で読んだことがある。

 ある対象に対して、病的なまでに愛情を注いでいる様をヤンデレと言うらしい。

 また、ヤンデレは周囲の迷惑を考えず、自分のその思考が正しいと考えている節があるらしく、基本的には対処の方法が無いとも書いてあった。

 ……これ、俺かレキアが殺されるってことか…?

「……」

 相も変わらず勇者は無言を貫いて……いや、なんか小声でぶつぶつ呟いてる。

「アイツを殺して、私も……」

 これ、マジなやつだ!

 一瞬でも気を抜いたら、頭と胴体がサヨナラバイバイだ!

「まて、落ち着け、なぜそんなに怒ってるんだ」

「だって、あなた結婚するんでしょう?私以外の女……そこの女と」

「なんだ!?それはなんの冗談だ!?」

 俺がレキアと結婚?そんな馬鹿な、俺はまだ誰とも結婚するつもりなんて無いぞ!

 そんなデマ情報のせいで俺は殺されそうになってるのか!?

「冗談?本当に?じゃあこれは何なのよ?」

 そう言って、勇者が胸元から出したのは一枚のビラだった。

 いや、ちょっと待て、胸元から?アイツの鎧ってブレストガードもしっかりしてたよな?

 ならどうして、胸元からビラを出せるんだ……って、おいィィィィ!?

 さっきまでオーラのせいで気付かなかったが、鎧の胸元の部分がえぐりとったかのように粉砕されていらっしゃるぞ!?

 そのせいで勇者の形の良い胸が、若干こんにちはしてらっしゃるぞ!?

「どこ見てるのよ、えっち」

 俺が、最早魔王の威厳とか度外視のアホみたいな思考をしている傍らで、勇者は年頃の乙女らしく胸元を隠しながら、件のビラを目の前に突き出した。

 そこには、俺とレキアがもうじき結婚式を挙げるとの内容が書かれていた……アスタロトの筆跡で。

「なにやってんだよ、アスタロトォォォォ!!」

 さて……一度切り替えよう、じゃないとやってられない、色々と。

 アスタロトの処断は後でするとして、どうにか状況を打破しなくては。

「レキア、今ここにお前がいると逆効果だ、一回家まで帰ってろ」

「わかったの……勇者怖すぎるの……」

 アホの娘のレキアでも、恐怖するレベルまで怒り狂ってるのをどうにかできるとは、思えないが、どうにかするしかないな……。

「潔くあなたが死んでくれるのね?いいわ、あの世で幸せに暮らしましょ?」

「論点の飛躍が凄まじいな!」

「普通の事じゃない、何を言ってるの?」

 異常な言動を普通の事で片付けるあたり、もうどうにもならない気すらするが……。

 狂乱の魔将と化した勇者をどうにかしてやらんと、勇者の為にもならんだろう……。

 いや、待て、なぜ俺はわざわざ敵である勇者を気遣う……?

 このまま一思いに、倒してしまえば良いのではないか?

 だがそれは違う……そう思っている自分がいる、どういう事だ?

 俺は色々ぐるぐると考えた、その結果一つの可能性を思い付いた。

「なんだ、そう言うことだったか……」

「なに?覚悟は決まったのかしら?」

「ああ、決まったさ、お前をもとに戻してやる覚悟がな」

 そうだ、俺はきっとこのアホでポンコツな勇者との戦いが、疎ましいと思う反面、楽しみになっていたに違いない、恐らく好敵手のように感じていたのだろう。

 ならば、好敵手をもとに戻すのは当然の帰結、全うな判断に相違無い。

 たとえ、それがある意味危険な賭けだとしても……!

「勇者アーシェよ!もとに戻ってはくれないか」

「私を選んでくれないあなたなんていらない、だから戻るなんてことは……」

「俺はお前(との戦い)が好きだ、だからそんな醜いことは止めてくれ」

 曰く、勇者アーシェはこのときのこの台詞をプロポーズと感じ取ったと言う、完全に勘違いな訳だが。

「あ、あぁぁ……」

 そう、口から漏れたかと思うとアーシェは倒れた。

 一応ステータスサーチはしてみたが、嫉妬の炎は消えているようだった。

 例のスキルの方も消えているようだ。

「これで、なんとかなった……か?」

「いやー、魔王さんお見事です、まさかあんな捨て身でこの娘をもとに戻してくれるとは」

「俺は単純に執務の合間の暇潰しとして、勇者との戦いが好きなだけだ、別に他意はない、というか、お前僧侶だろう?どうにかできなかったのか」

「単刀直入に言うと無理ですねー、外部からの異常はどうにでもできますけど、精神的な状態異常はからっきしです」

 アーシェが倒れると同時に扉の陰から出てきた、シエナは首を振りながらそう言った。

「取り敢えずソイツ持って帰ってしばらく休ませてやれよ」

「そのつもりですけどねー、もしかして心配しちゃってますー?」

「うるさい、目障りだとっとと帰れ!」

「男のツンデレは需要無いですよー……やだ、怖い顔冗談ですって」

 俺が、こめかみに青筋をたてながら睨むとシエナはアーシェを背負って、脱出魔法を唱えて帰っていった。

「あー疲れた……けどまあ、これで次からは普通に戻るだろ」

 そんなことを考えながら、俺も執務室へ戻った。

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