たまには勇者も来ない

 さて、たまには勇者の来なかった日の話でもしようか。

 朝は大体ベルゼバブのところに行って、魔力コントロールの訓練から始まる。

 少しでも集中力が途切れると、鉄拳ではなく釘バットによる打撃が飛んでくる。

 そんななか、魔力をしっかり練るには邪念を捨てなければならない……が、最近はあのポンコツ勇者のせいで全く集中出来ないでいる。

 意識しないようにしようとすればするほど、あのポンコツの事が浮かぶのだ、まるで思春期の人間のようだ。

「はあ……なんだかなあ」

「魔王様、恋する娘の様になってるぞ?」

「お前にもそう見えるのか?ベルゼバブ」

「あぁ、見えるぜ?そこら辺のサキュバスと同じような顔してらぁ」

 そこまでなのか……いや、これは、恋と言うか頭痛の種って感じだと思うのだが……。

 そんなことをしていると、朝飯の時間になり朝の訓練は終わる。

 その後は、昼まで執務室で執務をすることになる、俺が最も退屈な時間だ。

 うず高く積まれた、この書類を2時間程で片付けなければならない。

 そして、その中の婚姻届等も捌くのだが……そこに、勇者の名前の婚姻届が混ざり込んでいた。

「あのバカは……!」

 すぐに燃やそうかとも思ったが、違和感に気がついた。

「この婚姻届……いや、これだけじゃない…これも、これもか!?」

 調べてみると今日来ていた婚姻届は、全て勇者の名前だった。

「あのバカ…ホントもうぐぅの音も出ない程のバカだな!」

 今日は婚姻届だけで、120枚程来ていたのだがそのことごとくが勇者のモノだった、こんなことやってる暇が有るならとっとと攻めてこいってんだ。

 俺は嘆息すると、その他の雑事…いや執務作業に戻った。

 軍備の拡張、領地拡大、魔族間の折衝案件、サキュバス達の精力枯渇問題に対する対策案など、正直俺じゃなくアスタロトに回した方が確実な案件まで俺のところに回ってくる。

 なぜサキュバスが吸精に行くだけなのに俺の許可がいるんだ、こんなもん各々好きに別々の地域に吸精に行けば良いだろうに……、それともあれか?

 美味しい精気じゃないと嫌だとか言う、グルメなサキュバスでもいるのか?

 大体なんだ美味しい精気って、何を基準に精気の旨さが変わるんだ。

 こんなことなら、適当に剣でも振ってたほうが気も紛れるってもんだ。

 と言うか、正直俺はあのポンコツ勇者の事を気にしすぎだろう、これは煩悩を払う訓練でもしたほうが良いんじゃないだろうか。

 いや、逆の発想をしてみよう、突然俺がデレたフリでもしたら固まるんじゃなかろうか?それをみて、一笑いするのも一興だな、いやしかしそれで勢い付いて一気に結婚なんてことになったら、目も当てられない。

「むう……」

 そんなことを考えていたら、執務室のドアがノックされた。

「……入れ」

「魔王様、失礼します」

「アスタロト、どうした?」

「魔王様にお客様がいらっしゃってます」

「誰だ?」

「レキアだよー!」

 まあ、ほぼ予想通りでは有るがなんというか精神的に疲れる客が来たもんだ、勇者とどっちが楽かと言われれば確実にレキアだが。

「で、今日は何の用なんだ?」

「あのね、この前アスタロトおねーさんに聞いたの!」

 何か嫌な予感がひしひしとする、アスタロトめ何を吹き込んだんだ……?

「勇者の前でレキアがアスター様とイチャイチャすればアスター様がレキアと結婚してくれるって!」

 アスタロトォォォォォォォ!!!

 何をとんでもないことを吹き込んでやがるんだ!

 この思い込み超弩級列車娘に、そんなことを吹き込んだらどんな無理難題、前人未到、空前絶後なことでもやってのけるんだ、それこそ暗黒結界に閉じ込めようと、手足を鎖で縛ろうと、石膏で固めようと悉く打ち破り、目的を遂行しようとする。

「い、いや、それは、うん止めたほうが良いな」

「なんでなの?」

「それはな、勇者のヤツはお前が考えている以上に恐ろしいんだ」

「そうなの?」

「ああ、そうだ」

 ここらでレキアに、あのポンコツのある意味恐ろしい所を教えておいてやろう。

「あいつはな……玉座の間で突然自慰をしようとしやがったんだ」

「!?ヘンタイさんなの!」

「それだけじゃない、アイツストーキングしてきたりするんだ」

「それはレキアもやってるの!」

 聞きたくないことが聞こえたが、ここはあの勇者がストーキングしてきたときのことを話そう。


 ★★★


 玉座の間であの勇者が自慰しようとした3日後くらいのことだ、俺は魔族領と人間領の境目にある最も激戦が起きている地域に出向いていた。

 まあ、士気を上げるためと実際の戦力補強的な意味合いの2つだ。

「俺は超時空のアイドルかなんかか……?」

 以前文献で調べたことのある、異世界にはなんでもアイドルと言う職業があるらしい。

 そんなアイドルの歌を力に変え、魔法とは違う科学と言う力で飛ぶ戦闘機?と言う機械?が変形!?して戦うというアニメなるものが有るらしい、俺の頭では理解出来なかったがまあ異世界ではそう言うのが人気なのだろう。

 まさしく今の俺は、士気を上げ兵力の増強をしているのでそのアイドルとやらと似たようなことをしているのだろう。

 と、俺が仕事を終えて魔王城に戻っている途中、ふいに後ろから視線を感じた。

 気になって振り返ってみたが、誰もいない、にもかかわらず、まだ視線を感じる。

 さすがに奇妙に感じたが、どうせあれだろう今日俺がここに出向いてくることを知って、人間が不可視化の呪文でもかけた斥候を張り付けているんだろう、そう思おう。

 明らかに知ってる魔力が垂れ流されてるから、アイツしか考えられないが考えたくない、これは急いで帰って勇者避けの結界を張ろう、そうしよう。

 そして、前に向き直り歩を早めた。

 しばらく歩けば諦めるかと思ったが、まるで諦めない、そのうえ魔力の気配がどんどん近付いている、最早魔力の気配はほぼ真後ろだ。

 しかもなんか、さっきから荒い息遣いと艶かしい水音が聞こえるのは嘘だと信じたい。

「ああ、もうなんだと言うのだお前は!」

 流石に我慢できなくなり、後ろを振り向き誰もいないはずの虚空をむんずと掴んだ、俺としては頭の辺りを掴んだつもりだったのだが、返ってきた感触はふにゅっと柔らかかった。

「あ…れ、これ……まさか?」

 そう、俺が掴んだ箇所は勇者の胸だった。

 この勇者、足音を出さないため空中浮遊の魔法もかけてやがったのだ。

 俺が勇者の胸を掴んだのと同時に、勇者の不可視化が解け、勇者の恍惚とした顔が目の前に現れた。

「もう……これは、結婚…するしかない…ね?」

「バカか!誰がこんな痴女と結婚するか!」

 俺はそのまま、勇者を放り投げ一目散に魔王城へと帰った、もちろん速攻で勇者避けの結界を張った。


 ★★★


「とまあ、そんな感じであの女は恐ろしいのだ」

「うーん、でも何て言うかー」

「なんだ、何が言いたい」

「アスター様も満更じゃない感じなの、由々しき事態なの!」

 俺が?満更じゃない?

 そんなまさか、あのポンコツ痴女勇者のどこに惚れる要素があると言うのだ。

 第一からしてそもそも種族から違うのに、そんなやつと恋愛なんて有り得るわけがない。

「そう言えば、勇者の母親は天族らしいの!」

 なん…だと?

 天族と言えば、寿命は魔族の2倍とか言うクソ忌々いまいましい種族じゃないか、余計アイツのプロポーズを受けるわけにはいかなくなったな。

 天族の部下は、あの教会とかの天使だあいつらで大体魔族と同じくらいの寿命らしい。

「でも天族と人間のハーフなら寿命は問題なくクリアなの!こうしちゃいられないの!アスター様とイチャイチャしないとなの!」

「またそこに、戻るのか……でもまあ、試してみる価値はあるか」

 と言うわけで、一度勇者に有用かどうか試してみることになるのだった。

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