勇者襲来、単独の場合

 勇者が迫っている、その報告を受けてからわずか三日後、その勇者は魔王城に到達した。

「いや、早すぎる……準備が間に合ったのが奇跡だわ」

 最悪の場合すら想定した鉄壁の布陣を敷いた俺は、魔王城の玉座で静かに瞑想していた。

 わずか三日で良くここまで準備できたと思う、流石は親父の遺してくれた優秀な部下達だ。

 もし仮に、勇者にやられても絶対に死ぬなとだけは言ってあるからみんな無茶はしないはずだ。

 確実に迫っている勇者の足音を聞きながら、俺は今までの事を懐古していた。

 親父が死んで、ベリアルやアスタロトに戦術や兵站を教わり、ベルゼバブに稽古をつけてもらい魔王になった。

 この城の魔族は、全て俺の家族と言っても差し支えない、だから家族が傷付いているなら、俺はその傷の数だけこの拳を振るう。

 それが、それだけがあいつらに対して俺ができる恩返しだと思う、だから例えここで朽ちるとしても後悔だけはしないよう、全力を尽くす。

 玉座の間の扉が僅かに軋む音がした、どうやら歴代最強の勇者はその名に違わずこの魔王城の精鋭達も切り伏せたらしい。

 一体、どんな屈強な男なのだろう、それとも魔術に長けた老獪な魔導師なのだろうか。

 俺の想像は、扉の向こうから現れた勇者の姿に易々と裏切られた。

 ――女だ。しかも、少女といって差し支えない、うら若き乙女だ。しかし、その烈火のごとき双眸は歴戦の戦士のごとく強い意思を持って輝いている。

 その手に握られているのは、伝説の武具の一つ……じゃない、店で売られているような鋼の剣だ。防具も鋼の一式で整えられている……ドウイウコトダ?

 ここは一つ魔王の能力の一つ、ステータスサーチを使おう。


 勇者 アーシェ

 Lv 65

 HP859 MP674

 力135 身の守り100

 魔力234 賢さ180

 素早さ196

 攻撃力220 守備力389

 装備

 鋼一式 威力85 防御力289

 スキル

 魔族キラー…魔族に対する攻撃力が8倍になる。

 面食い…イケメンに弱い。

 恋愛体質…惚れやすい。

 乙女フィルター…対象の言動に補正がかかる。

 異常耐性…呪いを含む状態異常にかからない。


 魔族キラーと異常耐性以外ちんぷんかんぷんな能力だが、魔族キラーが驚異過ぎる。

 とりあえず、用心するに越したことはない。

 魔王らしい挨拶でもしておくか。

「良くここまでたどり着いたな、勇者アーシェよ。褒めてやろう」

「魔王アスター…あなたの悪事も今日までよ!」

 勇者アーシェは、そう言って俺の方を睨み付け、持っていた剣を俺の方に突きつけた。

「ほう…お前のような年若い娘に俺が倒せると?」

 俺は、その動作に応えるように立ちあがり、マントを翻した。

 この時まで俺の顔は、マントで隠れていたのと、玉座に座っていたからほとんど勇者には見えていなかった。

 直後、今まで勇敢に俺の事を睨み付けていた勇者が、ワナワナと震え始め、顔は紅潮していた。

「どうした?震えているぞ?勇者よ、やはり怖気付いたか?」

「ち、違うわ!ただ、これは…」

「これは?どうしたと言うのだ?」

「…いて無かったのよ!」

 突如声が小さくなり、聞き取れなかった俺は思わず聞き返した。

「聞こえんぞ?どうしたと聞いている」

「あんたが…」

「俺が?」

「あんたが…、魔王がこんなイケメンなんて聞いてない!!」

「……はあ?」

 勇者アーシェの口から発せられた言葉に、思わず俺も素っ頓狂な声をあげてしまった。

 俺が?イケメン?いや、確かに魔族の中では五指に入るイケメンだ、そう言われサキュバス達にキャーキャー言われたこともあったが、まさか人間である勇者にまでそんなことを言われるとは思いもよらなかった。

「俺の見た目などどうでも良いだろう、さあ、かかってくるが良い」

 俺は、一度冷静になり勝負のためそう投げ掛けた。

「(イケメンだけど魔王…相手は魔王なの…好きなっちゃダメ、倒さないと)」

 なんかスッゴいぶつぶつ言ってるのが聞こえてきて興が殺がれるんだけども、まぁいいか。

「そちらから来ないなら…こちらからいくぞ!」

「ひゃ、ひゃい!」

 間抜けな勇者の声と共に戦いが始まった。


 魔王の攻撃

 勇者に234のダメージ🔽


 勇者は攻撃を躊躇っている。🔽


 魔王はメテオダインを唱えた。

 勇者に352のダメージ🔽


 勇者はハァハァ言っている。🔽


 魔王の攻撃

 痛恨の一撃!🔽


 勇者に468のダメージ

 勇者は倒れた。🔽


「あっけねえ…これで歴代最強か?」

 勇者が倒れると、教会の使者らしい天使が勇者を両脇から抱えるように飛んで行った。

 飛んでいく際にチラッと見えた下着が濡れていたのは、俺の幻覚だと信じたい。

 ……というか。

「天使どももここまで来ることが出来るなら、勇者募集せず自力で倒しにこいよ…」

 そう愚痴りつつも、とりあえずの勝利にホッと胸を撫で下ろす俺だった。


 ☆☆☆


 魔王が勝利に安堵していた、その頃魔王城に一番近い(と言っても10キロほど離れているが)人間の集落の教会に、勇者が運び込まれていた。

「おぉ、勇者アーシェよ、死んでしまうとは…」

「死んではいないわよ!」

 教会の神父を張り倒し、アーシェは外に飛び出した。

 そして集落の端まで走るとうずくまった。

 既に勇者が魔王に一度敗北したという噂は、この集落にも広がっている。

 魔王に負けたことを悔やんでいる、周囲から見ればそう見えたであろう。

 だが、実際は違うそれは彼女の顔を見ればわかることだった。

 彼女の表情は、恋する乙女そのものだった。

「どうしてあんなに私の好みの顔なのよ…あれじゃ倒せないじゃない…」

 アーシェはしばらくその場で考え込むと、ようやく決心したように立ち上がった。

「(私……魔王のお嫁さんになる!)」

 これが、アーシェの肩書きにポンコツが追加された瞬間だった。


 ★★★


 勇者を返り討ちにした3日後、俺はまた玉座の間にいた。

 なんでも、あのポンコツ勇者がまた攻めてくるらしい。

「なんか、嫌な予感がするなあ…」

 もはや、城の守備を固める気すら失せ、ノーガードのまま勇者を待っていると玉座の間の扉が開いた。

 勇者はその白銀の髪をなびかせ、玉座の間の中央にやって来た。

 前とは違い、頬は紅潮し瞳は若干潤んではいるが、やはり纏う空気は勇者のそれだ。

 杞憂だったかと思い、前回のように勇者に対して言葉を投げ掛けようとすると、先に勇者が口を開いた。

「ま、魔王!今日はあんたに話があって来たの!」

「ほう、なんだ?前回負けたから、降伏しにでも来たか?」

「違うわ、その……」

 これは、嫌な予感が的中したか…?

 なんか、モジモジしてるんだけど、これはあれかな思春期女子のあるある的な何かかな?

「一目見た時から好きでした、付き合ってください!」

 ド直球な告白キターー!?

 いや、これはどう対応しろと?

 種族も立場すらも越えて、告白して来るとは……。斜め上過ぎる展開で、正直気が動転してるぞ。

 でも、まだ身を固めるには早いって言うか何て言うか、まだそういうつもり無いしなぁ…ここは丁重お断りを……

「って、お前はバカか!?」

「ひぅっ……!」

「俺とお前は宿敵、相容れない存在だろうが!それがなぜ惚れる!?」

「仕方無いじゃない、好きになっちゃったんだから!」

「お、おう……」

 勇者のものすごい剣幕に、押される俺……だがここで引いたら魔王の沽券に関わる、ここは意地でも引くものか……!

「お前が俺と戦わなかったら、世界が滅びるんだぞ、お前はそれで良いのか!」

「……構わない!好きな人と一緒にいられない世界の方が間違ってる!」

 なんか俺より魔王なんだけど、これ立場逆転してるよ、助けてアスタロト……。

「さあ、魔王!この婚姻届に判をしなさい!」

「捺さん!捺してたまるものか!」

 俺はそういって最大火力のメテオダインを勇者ポンコツに放った。

「きゃああ!」

 よし、これで婚姻届は燃えたし勇者も気絶した、もうホントになんなんだ……。

 勇者を連れて帰る天使達を見送りながら、俺はそう思った。

「マオウ、オウチ、カエル……ってここが俺の家か……はぁ」

 なんか色んな意味であの勇者とは長い付き合いになりそうだ。

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