第7話 二人

 墓参りをしてから十日。

 大学を出て歩き始めた城山の電話が久しぶり鳴った。SNS会を解散させて以降、初めての着信だ。

 しかも、登録されていない番号からかかってきた。予感があったので迷わずに出る。

「城山です」

「急に電話してごめんなさい。瞳です」驚きは無い

「なんとなく予想はしてた」

「そう。知らない番号からだと出てもらえるかは賭けみたいなものだったんだけど、気にしなくて良かったのね」

「今の俺に電話をかけてくる人なんて限られてるからね」

「ずいぶん自虐的ね」

「事実だから。金を出さない俺に興味なんてないだろうから」

「みんな薄情ね。それで今から会えないかしら」

「いいけど、君は今どこ」

「プロローグ」

「ちょうど向かってる」

「わかった。待ってる」

「それじゃ後で」

 通話を終えると大きな溜め息を吐く。

 掌の汗を握ってから城山は緊張していたのを自覚する。

 期待と恐怖が混じった独特の感覚。両親を亡くしてから、そんな不安を感じた事がなかった。数千万の金を動かす時すら眉一つ動かさないのだ。

 さっきよりも重く感じる足を踏み出し想い人の待つ場所へと向かった。


 もう少し躊躇うかと思っていたが、城山はあっさりと店内に入っていく。

 瞳は探すまでも無く、前と同じ席に座っていた。カウンターの一番端。

「ごめん。待たせたね」

 後ろから声をかけると、見上げながら振り返る。

「いいの、初めから待ってた。とりあえず座れば」

 薄氷の様な微笑みにドキリとするが、城山は平静を装って頷く。

 カウンター越しにブレンドコーヒーを注文すると塩田はすぐ奥に引っ込む。

 それを待っていたのか、瞳は自分に向いた城山の目を覗きこむ。

「私、貴方と付き合ってみる事にするわ」

 その言葉に息が止まる――がそれは一瞬で、本能的に言葉を絞り出す。

「そうか、嬉しいよ」

 ありきたりだと思ったが、咄嗟にはそれしか出なかった。

「案外謙虚な事を言うのね」

 からかう様な口調はどこか弾んでいる。

「いい返事を貰えるとは思ってなかったから」

「貴方のプロポーズを断る子なんて、そういないと思うけど」

「そうでも無いよ。確実に断られる子を数人知ってる」

 お金よりも気持ちを重視する人種が存在する事を城山は知っている。そいつらは嫌いな事が多いけど、出会えたこと自体は幸運だと思う。見透かしたように瞳が問う。

「貴方、自分の運が良いと思った事無い?」

 子供の頃に親を亡くした人に聞く事では無いが、城山は嫌な顔も見せずに当たり前の様に答える。

「もちろん常に思ってるよ」

「でしょうね」

「そんな事言うくらいだから、君だってそうだろ」

 瞳は一瞬嫌そうな顔をする。

「この前も言ったけど私の名前は瞳。君って呼ばれるのは好きじゃないの」

「そうか、それはごめん」

「いいの、私の問題を押し付けてごめんなさい」

「いや、いいんだ。誰にだって嫌な事ぐらいあるさ」瞳は不思議そうに首を傾げる。

「貴方にもあるの?」

「もちろんある、山の様にね」

「例えば、どんな事」

「人である事」即答

「随分と極端な事をいうのね。哀しい考え」

 口ではそう言っているが、表情は好奇心で満ちている。

「かなしい、そういう感情がある時点で人は不幸だ」

「哀しみがなければ人は繁栄しなかったわ」

「そう、繁栄したから人は不幸で、知能というモノがあるから人は滅びるんだ」

「どうして言い切れるの」

「今地球で欲と共に、有り余る知恵、賢さを持っているのは人だけだからさ」

「そうね。何事も過ぎる事は毒でしか無いのよね」

 城山は黙って頷く。

「でも、滅びると決まった訳じゃ無いわ」

「いつかは滅びるさ、永遠に続くモノなんてないんだ。この星では滅びていないモノはそう多くない」

 城山の寂しそうな表情に瞳は優しく声をかける。

「大丈夫よ。私はあなたの事ずっと想い続ける」

「それは随分と大胆なプロポーズだね」

「私と結婚してくれなくてもって話よ」

 瞳の真面目な表情に城山は驚く。

「現実的なくせに、理想家だな瞳は」

「ひどい言い様ね。貴方と結婚の可能性はそんなに高く無さそうだし、何十年後の感情なんて分かりっこない。でも、私は想い続けるの。それこそ、人類が滅びても」

 実は城山も似たような事を考えていたが言葉にされると胸に刺さるモノがある。

「大丈夫。何もなければ同じ道を歩くよ」

 今度は瞳が目を丸くする。

「随分と大胆なプロポーズね」

「告白した時点でそのつもりだよ。俺自身が一番戸惑ってる。誰かを好きになる事なんて無いと思ってたのに。瞳は例外だったのかな」

「例外は一度作ると例外じゃ無くなるのが常だけどね」

「ごもっともで。常というよりは、それが例になってしまうからね」

「それでも嬉しい。傷の舐め合いで無ければいいけど」

「それどうだろう――でも、それもまた一つの形だ。俺は自分の感情を信じるさ」

「それじゃあ、行きましょうか」

「ああ、どこに行く」

「どこでもいいわ。あなたと一緒なら」

 こうして二人の歩みはゆっくりと重なって行く。

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