第6話 過去と未来

いつも賑わっていた城山の周りには、今は誰もいない。

 しかし、本人は全く気にしていないどころか、一人で過ごせる時間を満喫していた。元々少人数を好む城山からすれば、それが理想であり正義である。

 すれ違えば声をかけてくる元SNS会のメンバーもいるが、深い話は一切しない。城山が実は何を望んでいるのか把握しているからだ。

 しかし、そんな城山の領域を侵すモノがあった。

 正確にいえば、まだ確かな接点はいないのだが、心を揺さぶっている事は間違いない。

 城山がまた会いたいと願うのとは反対に、大学内で二人が顔を合わせる事はなかった。

 城山もいつか会うだろうと考えてわざわざ探してもいないが、狭いキャンパス内で遠目に見る事すら無いのは、さすがに不自然だ。――避けられてるな

 大学をさぼって、そんな事を考えながらプロローグで珈琲を飲んでいる城山は、何かを思い付いたのか塩田を呼ぶ。

「変な事聞いてもいいかな」

「もちろん。聞くだけならタダだからね。それに回答するかは定かでは無いけど」

「最近、瞳さんはここに来てる?」

その質問に塩田は小刻みに頷く。

「ああ、二人は知り合いだったね。そういえば最近はあまり見ないよ」

城山はそれだけ聞ければ良かったのだが、塩田はその場を離れようとしない。答えたのだから、何故そんな事を聞くのか教えてくれるんだろと言わんばかりの目を向けている。

「この前ここで逃げられてから会えてなくて」

「色々な女の子をつれ回していたら、逃げられても仕方ないさ」

肩をすくめながら言う塩田だが、そこに説得力は無い。

「よく言いますよ。塩田さんも昔は日替わりで連れまわしてたって聞きましたよ」

「昔の事なんて忘れてしまったよ。でも、真剣ならよそ見はしない方がいいのは間違いないよ。まあ、ゆっくり考えていって」

経験談なのかなんなのか、どこででも聞きそうなセリフを残してカウンターに戻っていく。

「考えろ……か」

 まずは何を考えればいいのかを考える。

 そんな事は考えるまでも無い。

――何をしたいのか。話がしたい。

日々のつまらない消化するだけの毎日。

充実感が欲しいのか、刺激が欲しいのか、はたまたトラブルを求めているのか。城山自身が掴みかねている。

だが、彼女といれば色を失った世界に少しだけ色彩が戻る気がするのだ。

それはまだぼんやりしているが、いつか全ての色が戻るかもしれない。

 だから彼女と話がしたい。その感情を恋と呼ぶのなら城山は黙って受け入れるだろうが、その前に確認したいのだ。それが本物なのかを。

 結局、具体的な案も思い付かないまま店を後にするが、日はまだ高く上っている。

 大学に行く気にもなれず、タクシーを捕まえ駅まで走らせる。

 数種類の花を束ねて貰い再度タクシーに乗り込んだ。

 城山が向かった先は泉岱祥寺という古い寺だ。

 山の麓にあるその寺の本堂はさほど大きく無いのだが、敷地面積はとんでもなく広い。

 その大半を占めているのは墓地だ。その一角に城山の両親の眠る墓があり、二ヵ月一度花を供えにくる。

桶に水を汲み墓に向かうが、途中で墓の前に人がいる事に気付く。手を合わせてうつむいているその顔を確認した瞬間に城山の心臓が跳ね、その場に立ち尽くしてしまう。

少し遅れて、相手が人の気配を感じたのか城山の方に顔を向ける。

城山とは違い、その事態を想定していたのか、彼女の顔には諦めに似た柔らかい微笑が貼り付いていた。

城山の足はそれに吸い込まれる様に動きを再開した。二人が向かい合い、その場から音が無くなる。その沈黙を先に破ったのは瞳だった。

「いつかは鉢合わせするとは思っていたけど、まさかこのタイミングだなんてね」

「いつからここに?」

「初めて来たのは高校二年生の夏休み。ずっと来ないと駄目だって思ってたんだけど、おばあちゃんに止められてて」

「そう。長年の疑問が一つ解決したよ」

「それは良かったわ。数多い疑問の内の一つなんでしょうけど」

城山はどこか心地好い会話に笑みを溢す。

「月に一回か。君は関係無いのに、よく続けられたね」

「関係無い、なんて事は無い。貴方の両親を殺した血が私には流れているのよ」

その対称的な態度に城山は驚く。

「俺が思っていた君は、鼻で笑いながら返答してくれると思ったのに」

「そんな酷い人間に見えた?」

「いや、そういう意味で言ったんじゃ無いさ」

「あの人はあの人、私は私って事でしょ。血が繋がってるってだけで同じ様に見る事が馬鹿らしいのは私自身わかってるわ」

「そう、それは理由にならない」

「でも、それは大勢には通用しないの。一般的に身内は同じように扱われる」

「人の性格は育った環境が大きく影響するのも確かだ」肯定する。

「だから、私はその呪縛からは逃げられない」

 城山は頷く。本人がどう思っていようと、他人を評価するのは他人だと。

「他人の評価か。そんな下らないモノがあるのを、随分と久しぶりに思い出したよ」

「気にする必要なんて無いでしょ、貴方くらいになれば。誰かを評価した所で、何のメリットもない。他人からの評価はいつも最大」「それはどうかな。自分で自分の評価をするほど俺も愚かでは無いけど、意識しないだけで他人の評価はしているさ」

他人から自身への評価は気にしていない――いや、今まさに気にしているが、聞いてみたいのを堪える。

「評価を気にしなくて良いのは、私も同じ。いつだって最低評価だから」

「それは――そうだろうね」

そんなことは無い、とは言えなかった。

人は基本的に競う事が好きだし、自分より下を探したがる。殺人、というレッテルは分かりやすい最低ラインだ。

「でも、それを逆転させる手もあるだろ」

「私の事を知らない人だらけの土地にでも引っ越す?」

「それじゃあ、逆転とは言わない。ただの逃げだ」

「でも、他に現実的な方法なんてそんなに無いわ」

「そう、無いわけでは無い」

「例えば?」

「そうだな。俺と付き合うとか」

城山の言葉に瞳は目を細める。

「それは確かに評価が変わるでしょうけど、現実味が無いわ」

「俺は本気で言ったつもりだけどね」

「正気だとは思えないわ。貴方に何のメリットもないのよ」

「メリットなんて必要ない」

「理由は?」

「君と話していると楽しいから――他の奴らには出来ない事だ」

「人の感性を否定するつもりは無いけど、変わってるのね」

「変わって無い人間の方が珍しい。それにそんな事はどうでもいい。大切なのは互いの気持ちだ」

瞳は面白いモノを見る様に少しだけ笑う。

「貴方からそんな言葉がでるなんて思ってなかった。ありがたい話だけど、少し考えさせて」

「わかった」

頷く城山を確認した瞳はその隣をすり抜けていく。

その後ろ姿を眺めながら、城山は首をふり墓に向かう。

「父さん、母さん。最近、振られてばかりだよ」

花を変えながら、この一ヶ月で起きた事の報告を始めた。

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