第5話 変化する者達

 今日は何かが起こる気がする。

 城山は食堂に併設されているカフェで小説を読みながら、何かを感じとっていた。

年間億単位を稼ぐ若きトレーダーの嗅覚は実に敏感だ。


 そう思った矢先、城山のスマホにメッセが入る。画面を見た瞬間に城山の眉間に皺がよる。

 そのメッセを読むより先に新たなメッセが届く。

「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃんかぁ」

 見られている事に気付き辺りを見回すと、相手は少し離れた食堂のテーブルに座っている。その姿を確認すると同時に、千頭菜緒は弁当箱を素早くまとめて、小走りでやって来ては城山向かいに腰をおろす。

「別に呼んで無いんだけど」

 城山の愛想の欠片も無い拒絶を嘲笑うかのようにスマホを指す。

 見ていなかった一通目を見て溜め息を吐く。

゛話したい事があります。OKだったら近くにいるので探して下さい゛

実に巧妙だと感心せざるえないが、こういう所が城山に苦手意識を植え付けているのだ。

 城山は降参だと言うように両手を一瞬あげる。

「わかった。それで話したいって言うのは太一の事か」

 何気無い質問のつもりだったのだが、菜緒の目が真っ赤に濡れる。涙こそ溢れないが、その反応で城山は概ねを察した。

「なんだ。結局あの二人付き合い始めたのか」

 菜緒は震える声を押さえる様にゆっくりと口を開く。

「やっぱり驚かないんだね。それにすごく冷たい言い方」

 いつもの演技じみた言動は微塵も現れないが、城山の前では普通に話すのが彼女のスタイルだ。男好きそうな話し方だと、城山が口を開かない事を知っているのだ。

「祝福はしてるさ」

「貴方はいいよね、付きまとわれてた女から解放されるんだから」

「ずいぶんと悪意のある言い方だな。それに付きまとわれてたのは俺だけじゃ無いはずだけど」

 菜緒はその意味を理解しているが、溢れ出す感情は止まらない。

「どうしてなの、明日菜は太一君の事好きじゃないくせに。それに私の気持ちだって知ってる」

 感情的にはなっているが、口調だけは冷静そのものだ。城山もそれには感心する。

「それは仕方ない。太一の性格も、誰が好きなのかも知ってて好きなんだろ」

 菜緒は嫌な所を突かれてギクリとすると同時に、言葉の深さを理解する。城山以外の誰かに言われたのなら、気付かなかっただろう。

「そうなんだけど……」

「特別な事が無い限り、卒業するまでに別れるだろ。それまでは貸しといてやればいい」

「特別な事って――」

「まあ、たぶん明日菜が徹底するだろうから無いと思っていいだろうけどな」

 全て分かった風に言う城山に対して、菜緒はぶつけようの無い怒りが込み上げてくる。

しかし「あんたに何が分かる」と叫んだ所で、論破されるのは明らかだ。感情論は 理論には勝てない。支離滅裂な事を言って呆れさせることしか出来ない事を菜緒は理解している。

「自分のせいだとは思わないだね」

「さっきも言っただろ。自己責任だって」

「そうだね。城山君ってそういう人だよね――」

 その先に言おうとした言葉はかろうじて飲み込んだが、引き継ぐように城山が口を開く。

「ガキの頃に――いや、今もガキか。あの時に、両親がいなくなったんだ。そうやって考えないと割りきれないんだ」

 分かっていても、全て同じように考えるのは難しい。他人のせいにしたがるのが人の性だ。

 それらを理解して、菜緒は大きく息をはいた。

「ありがとう。そういう冷徹な意見が聴きたかったのかも。おかげでちょっと冷静になった」

「そうか。それで、本題は」

「やっぱり分かるんだ、明日菜からの伝言ある事。もしかしなくても内容も分かってるんでしょ」

「ああ」

 城山は軽く頷いてから、スマホを操作してメッセを開き、そこの一番上にあるグループ「SNS会」を選択する。

 下の方までスクロールして「解散する」を選択する。パスワードを入力して、オーナー権限でグループを解散した。

「これでいいんだろ」

 感情の籠らない城山の問いに菜緒は困ったように頷く。

「そこまではしなくても良かったんだけど――いっか結果は同じだろうし」

「だな。それで、明日菜はいつ話したいって?」

「今日の六時にルームのカフェだって」

「分かった。必ず行くって伝えてくれ」

「いいの? 確実にろくな話じゃないよ」

 菜緒の言い草に薄い笑いが漏れる。

「要件も分かってるから問題ない」

「ふーん。城山君ってやっぱり自由だよね」

「自由?」

「そう、色々な選択肢を持ってて、尚且それを選べるの」

 城山は疑問を口にする。

「選択肢がある時点で自由じゃないだろ」

「だけど、私みたいに選択肢すら出てこない人もいるんだよ。一定の条件でって話だけど」

「人は誰だって自由だろ。無数の選択肢があって、それを選ぶのは自分だ」

「本来はそうあるべきだよ。でも、世界はそこまで人に優しく無いの。自分の思い通りに歩ける人なんて限られてる」

 城山は首をふる。

「せっかく頭がいいのにマイナス思考なのは不幸だな」

「え」

「謙虚な考え方は日本人の美徳。そんな考え方があるけど、俺はそれを悪だと思ってるよ。だからと言ってその反対が許される訳でも無いけど」

 それだけ言って城山は立ち上がる。それを止める様に菜緒はとっさ質問する。

「じゃあ、どうすればいいのよ」

「それは自分で考えろ」

 それ以上は話すことは無いと言う様に食堂から出ていく。その背中に問い掛けるように菜緒は呟く。

「変わらないと駄目なのかな」

 その目には固い意志が宿っている。



 ルームに着いた城山は腕時計に視線を落とす。約束の時間まで少し時間がある。

 珈琲でも飲んで待っていようかと休憩所へと向かうと、予想していなかった相手の顔を見つけた。

 菜緒と話した時点で可能性を考慮しておくべきだったはずだ。声をかけるべきか悩んでいる間に、相手が城山に気付いた。

「正義、こっちだ。何突っ立てるんだよ」

 いつもの変わらない態度に城山は安堵しながら、太一の向かいの椅子に腰を降ろす。

「なんだ太一も呼ばれてたのか」

「ああ、まあな」

 歯切れの悪い返事だが、その理由はさっき聞いていた。

「太一もいるなら話は速いな」

 城山は財布を取り出し、二枚のキャッシュカードを引き抜いた。

 それを受け取った太一は呆れた様に首をふる。

「お前はどこまで用意周到なんだ」

 それぞれのカードに刻印されているのは、太一と明日菜の名前だ。

「いや、本来渡す予定だったのは来年の春だ。それが前倒しになっただけだよ」

「それにしても、どうやって作ったんだ」

「本気で忘れてるのか。SNS会作った時に俺が作らせて俺が預かった」

「そういえば、そんな事をした記憶もうっすらある」

「ああ、半分は俺が手続きしたから記憶が薄れてても仕方ないかもな」

 太一は意識して軽い口調を変えずに一番聞きたい事を聞く。

「これをくれたって事は俺達が集まるのはこれが最後なんだな」

「ああ、それは今までの感謝の証だからな。出来れば卒業の時に渡したかったよ。でも、こうなったら仕方ないだろ」

 城山の諦めた様な口調に太一は口を固く結ぶ。まるで自分の判断を悔やむかの様に。それを慰める様に城山は続ける。

「誰が悪い訳じゃ無い。全員が判断してこうなっただけだ。ならこれはきっと最善なんだ」

「それでも俺は――」

 その先を言っても全て無駄だとわかっている。太一の言葉が詰まった所で城山は立ち上がる。

「じゃあ、明日菜と仲良くな」

「明日菜には会わないのか」

「どうせ今日は来ないんだろ。それに、校内でいくらでも会えるさ。そこで話をするかは別だけどな」

 その言葉を聞いた太一は、重いもので頭を殴られた様な衝撃を受けた。本当に最後なんだと思った瞬間、訊こうと思っていたことを思い出した。

「最後に聞きたいんだけどな、どうしてあの子なんだよ。あの子はお前の両親を殺した奴の娘だろ」

 城山はそれに答えず太一に背中を向け、無言のままその場を後にした。

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