第3話  城山と永坂



 だだっ広い食堂がざわついている中、太一は片手でスマホを操作しながら昼御飯を食らっている。応援していたプロ野球選手、神楽のメジャー挑戦の記事を読んでいると向かいに1人の女子生徒が座った。

「珍しい事が起きてるのぉ」

 そう言い始めたのは、明日菜と仲の良いグループの一人、千頭 菜緒(ちかみなお)だった。

「何がだよ」

 何の脈絡もなく言われた太一は煩わしそうに返すが、菜緒は気にせず話はじめる。

「ここ数日なんだけど明日菜が城山君の話をしなくなったのぉ」

 城山の名前が出ると同時に太一の表情が固くなる。

――その話かよ。

事情は城山から聞いているとはいえ、放っておくと癌になるかもしれないと、太一も危険は感じている。

「確かに俺もマズイとは思ってるんだよ。菜緒的にはどのくらいだと思う」

「ぅーん」

 わざとらしく首を傾げて考えている。男受けは良いけど、女性からは嫌われるのはこういう所だろうと考えながら、答えを待つ。

「パーセントで言うと、危険度七十って所かなぁ」

「やっぱり、そんくらいは行くよな」

 太一が同意すると菜緒も嬉しそうに目を輝かせる。

「太一君もそう思ってたんだ、やっぱり私達相性良いかも」

「いや、明日菜との付き合いが長いだけだろ。お互いにな」

 それに、二人の仲は計算されたものだと太一は思っている。さばさばした明日菜と女の子全快の菜緒。どちらもルックスも良いし、ほぼ真逆の二人はそれぞれを装飾する。

 それは高校で同じクラスになってから変わっていない。それを裏付ける根拠もあるぐらいだ。(二人揃ってから急にナンパ、告白されるようになった描写は後々書く)

「でもでも、急にどうしたんだろ。太一君は何か聞いてないの」

「さぁな、でも早めに何とかした方が良いのは確かだ」

 今の関係が崩れるのは太一からすれば喜ばしく無いのだ。

 行動や言動に反して、太一は実に冷めた青年だ。何の目的も無く入った大学に何かを期待する事も無かった。少しだけ期待した事があるとすれば明日菜との関係だが、明日菜の態度を見ていると現時点が終着点だと割り切っていた。

 適当に大学生活を四年過ごしたら適当な会社に勤める。

 周りが何かに期待を膨らませる中で、太一は冷静に自分の人生を分析していた。

 そんな割りきった大学生活にも慣れ始め、色々な所でコロニーが形成されて行く中で二人は出会った。

 当時、太一はいくつもあるアウトドアサークルの内一つに属していて、遊ぶ時はサークルのメンバーで集まる事が多かった。

 その内の一人、廣田道也は他のサークルにも所属しており、さらに噂話が好きな男だ。しかし、落語サークルにも所属しているせいか、その話術は人を惹き付ける何かを持っている。

 しかし、いつもは笑える噂話も、その日は本気で聴くしか無かった。



「お前の友達に可愛くて社交的な女子がいるだろ、桜井って子。告白されまくってるけど全部断ってるって噂だけどな、実は好きな奴がいるらしい」

 その話を聞いた瞬間、太一はほんの数秒だけ期待していた。それはもしかしたら、俺では無いのかと。

「その噂の奴知ってるか、いつも一人で歩いてる奴なんだけどな。眼鏡で線の細い感じの城山って奴」

 がっくり肩を落とす訳にもいかず、平静を装う。

「見たことはあるかもだけど、言われてもわかんねーや」

「だろ? だから俺も探してみたんだよ」

「暇かよ」

「まあ、聞けよ。俺も初めは、細長いもやし野郎が出てくると思ってたんだよ。実物を見ると驚いた」

 話の流れからして、その先は太一にも簡単に想像出来た。

「イケメンだったんだな」

「ああ、弁護士だとか税理士、なんなら政治家って言っても通用しそうな奴だ。もちろん頭に有能とかイケメンってのが付く」

 それを聞いて疑問を口にする。

「そんな奴なら学内で有名になりそうなもんだけどな」

 その質問を待っていましたと言わんばかりに、廣田はニヤリと笑う。

「そう俺も思ったんだ。だけど、実際は城山を知らない生徒の方が少ない」

「まさか、俺はともかく、お前が知らなかっただろ」

「いや、そうなんだけどな。この大学の女子はほぼ全員奴を知っているらしい」

「はぁ? さすがにそれは嘘だろ」

「俺もこれ見るまでは信じて無かったよ」

 廣田がスマホを操作して、永坂に見せる。それはメッセの掲示板だった。

「城山を眺める会?」

「そう、掲示板IDとパスワードが無いと入れない゛シークレットルーム゛だ」

 さらに画面をスライドさせた先を見て背筋が凍った。

「掲示板登録人数が千人?」

 千人五百人の生徒の男女比率がほぼ半々のこの大学で、単純に計算しても全女子生徒の数は七百人前後だ。そこからさらに二百人近く多い事に驚きと疑問が入り交じる。

「どうやって教えてもらったんだよ」

「どうもこうも、城山がどんな奴か知ってるか聞いただけで教えてくれた。こんな掲示板がある事が驚きだけど、中はもっとえげつない」

 向けられた画面を見て、太一は背筋を凍らせる。


本屋にて城山きゅん発見 3冊くらい小説っぽいの買ってる。タイトル見たから後で探してみる。


駅前の蕎麦屋さんで昼食中の城様を眺める。本日は幸運なり。


家電量販店にて城山君を目撃、なんかハイスペそうなPCの前でオタク感の強い店員と話してた。見劣りしまくってる店員が可哀想。


 城山を目撃したら報告しなければいけないのか、同じ様に様々な目撃情報が書き込まれている。

「これはさすがに――」

「まるで集団ストーカーだろ」

 二人揃って苦い表情を浮かべている。

「こんなの本人が見たら発狂しそうだな。今時の芸能人でも、ここまでされないだろ」

「それが、城山は知ってるらしい」

 太一がその言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

「知ってるって、自分が有名だって事か? 掲示板があるって事か?」

「掲示板の方だ」

「なんで……」

 その先に続く質問が多すぎて、太一の言葉は宙をさまよう。

「言いたい事は分かる。ある日そこそこ正義感のある生徒が掲示板の存在を知ったらしい。そいつも俺達みたいに思ったんだろうな。城山に直接チクったらしいんだ」

「どこにでも正義感の強いやつはいるもんだな」

「だな。でも、城山の反応は薄かったらしい」

「薄かった?」

「再現するとだな――」

 廣田劇場が始まる。

「城山君、君のストーカーが集う掲示板がある」

 おずおずとそう言ってスマホの画面を差し出す動作をみせると、間髪入れずに体を逆方向にひねり、表情を変える。こちらはどこか冷たい表情だ。

「別にいいよ。興味ないから、勝手にやってくれ」

「って事で、その話を聞いたストーカー達は何を間違って解釈したのか、公認されたと思ったらしい。そこから爆発的に登録人数は増えた。実際にそれまでは百人そこそこしか入ってなかったそうだ」

「それでも百人いたのか」

「まあ、実際は気になってる女子は多かったんだろうな。だけど、正義感だとかモラルとかで入りにくかったんだろ」

「それでその対応のせいで火がついたってだけか」

「だな」

 そこまで聞いてから太一は違和感を覚えた。

「ちょっと待て。今更だけど、なんでこんな話になったんだ」

 太一が明日菜に気がある事は誰にも話していない。感付かれて可能性もあるが、話している感じその可能性は低いと判断した。

「ああ、すまん。何がしたいかって話だな。俺達は城山と友達になるんだよ」

「友達になる――そうは言ってもな……」

 太一のしかめっ面を見て、廣田は顔の前で手を合わせる。

「頼む! 住女大との合コンがかかってるんだ」

「そんな事だろうとは思ったけどよ」

 口では呆れた様に言っているが、気分はまったく乗らない。確信に近い事実があるからだ。

「一つだけ確認しても良いか」

「おお! 手伝ってくれるなら一つと言わずに何でも答えてやるぞ」

 もう了承されたつもりでテンションを上げる廣田に合わせて、わざと軽い感じで聞く。

「その依頼主はやっぱり桜井なんだよな」

 その先、廣田からの返事は聞くまでもなかった」



「すみません、相席良いですか」

 城山は何の冗談かと思い顔を上げると、二人組の男子がトレーを持って立ち尽くしている。食堂に併設されている喫茶はいつも半分以上が空席なのだが、その日は珍しく満席状態だった。

「じゃあ、もう行くから使って下さい」

 食べていたサンドも珈琲も半分ほど残っていたが、持ち運んで外で食べれるからだ。城山からすれば学内はどこに行っても同じだ。

 立ち上がろうとした城山を二人組の片方、廣田が引き止める。

「すみません、飯の途中なのに。なるべく邪魔しない様にするし、すぐに済ませるんで。駄目なら悪いんで他で頼んでみます」

 申し訳なさそうに言ってはいるが、それは演技だ。絶好の状況を逃さない様に必死なのだ。

 城山もそこまで言われたら断り難い。

「わかりました。俺も早く済ませる様にするんで使って下さい」

「いい人で良かったな」

「ああ」

 二人組は椅子に座り、先程のやり取りなんて無かったかの様に会話を始めた。

――確かにこれなら俺に迷惑はかからないな

 城山は前に座る二人組を評価しながら、小説の続きを読み始めるが、それはすぐに中断させられる事になる。

「おお、慎二か。どうしたんだ」

 先程とは声の向かう先が違ったので、城山は反射的に顔を上げる。

 見ると笑顔の廣田が少し古い機種のスマホを耳に当てていた。しかし、時間の経過と共に、その表情は曇っていく。

「マジかよ――」

 世界の終わりかの様に呟いてから何度か適当な相槌をうつ。その間も表情は固いままだった。

「わかったよ。すまんな、お前は気を付けてな」

 廣田は電話を大きく溜め息を吐く。その態度を見て太一が聞く。

「どうしたんだ」

「慎二のやつ事故ったらしい」

「えっ……事故って……」

「心配するな、大した事は無いらしい。本人が電話かけてくるぐらいだし」

「そうか。ならいいんだけどな」

 ほっとしている太一に、廣田は鋭く冷たい目を向ける。

「全然よく無いだろ、変わり探さねぇと。こんな急だと見つけるの大変だぞ」

「おい、こんな事になったのに行くのかよ」

「当たり前だろ、こんなチャンス二度と来ないぞ」

 言い争っている間もスマホを手放さなず、メッセを送り続けている。

 すぐに返信の着信音が鳴り続けているが、廣田の眉間のしわは深くなる一方だ。

「太一の方はどうだ」

 尖った声を向けるが、それで結果が変わる訳は無い。永坂は首を振る。

「やべー、さすがにドタキャンは駄目なヤツだろ」

「三人で行く訳には行かないのか」

「当たり前だろ。考えてみろ一人余った女の子の気持ちを」

「だよな」

 廣田は鈍いうめき声をあげながら天を仰ぐが、それは数秒の事だった。突然前のめりになって、トレーに手をかけた城山の方を向く。隣に座る太一も驚きで体がびくついた。

「すみません。今日の17時ぐらいから時間とかありませんか」

「おい、止めとけよ」

 今度は太一が顔をしかめるが、廣田は止まらない。

「実は今日の18時から合コンがあるんですけど、一緒にどうですか」

城山は難しい表情を浮かべて口を開く。

「困ってるんなら行くけど――盛り上げるのとかはあてにしないで欲しい」

聞いた瞬間、絶望していた廣田の表情が瞬時に明るくなった。

「それでいい! 座ってるだけでありがたいから!」

「君、大袈裟だな」

「いやいや、救世主だって!えっと……」

 廣田が急にばつの悪そうな表情になる。

「城山、城山正義」

「そうそう、城山君は俺達の救世主だ。ちなみに俺は廣田道也、こいつは永坂太一」

 三人がよろしくと頭を下げる。

「それじゃ、メッセ交換しようぜ」

「わかった」

 城山は二人と連絡先を交換してから、今度こそトレーを持ち席を立つ。

「とりあえず17時にどこ?」

「集合は駐車場の予定。変更があったらメッセ送るから」

「わかった、よろしく」

 城山が食堂を出るのを見送ってから、ハイタッチを交わした。



 住女大の女子陣を見て、四人の反応は様々だった。

 1人は顔を輝かせて、1人は無表情、1人は緊張したかの様に全身を硬直させ、1人は苦虫を噛み潰したかのような表情をしている。

「おい、聞いてないぞ」

 太一は隣に立つ廣田を睨んだ。その声は非難の色が濃い。

「何の話だ」

 廣田は当然しらを切り、太一は不機嫌そうに舌打ちをする。そうなる事を想定していたのか、廣田は見事なスルースキルを発揮させている。「それじゃ、全員揃ったみたいだし、店に移動しましょうか」

 よそ行きの声と笑顔で、一同の先導をする。

 向かった先は最近流行りのコジャレた居酒屋で、案内された席は四人席二つだ。

女性陣の反応も中々だ。

「それじゃ、まず自己紹介を」

 ドリンクの注文を終えて、廣田が仕切り、それぞれの年と学部、名前を言う。

 男性陣が全員一回生なのに対して、女性陣は1人を除いて彼らより年上だった。

 そのおかげなのか、隣に座ったペアそれぞれの相性が良かっただけなのか、はたまた隣の会話が聞こえない程度にテーブルが放されているのが良かったのかは分からないが、落ち着いた合コンに収まった。


廣田と松本佳奈(住女大学三回生)


「えーと、廣田君だっけ。君が幹事なんだって?」

セミロングの黒髪を艶やかせている松本佳奈は大人びた雰囲気と整った顔立ちで、芸能人やモデルと言われても納得してしまいそうな美人だ。ここに集まった女性陣も各々個性があるが美人揃いだ。


「そうなんですよ。あいつらが合コンやりたいって言うんでね。企画しました」

「ふーん。そういう設定なんだ」

 薄い笑みを張り付けながら意味ありげな言葉を投げ掛けられて、廣田は背筋を震わせた。恐る恐る確認する。

「どこまで知ってるんですか」

「どこまでかな。興味ある?」

 廣田は無言で頷く。

「それじゃ、交換条件。私が知ってる事教えてあげるから、私に貴方の事教えてくれるかな」

「はぁ」

 間の抜けた声がでる。まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかったからだ。

「それ、肯定とみなすわね。それじゃ、この一軒目が終わったら抜け出そうか」

 その妖艶な笑みに廣田は頷く事しかできなかった。


城山と花巻心愛(住女大四回生)


「城山君はどうしてこの会に参加したの」

 嘘をつく必要も無いと判断して、ありのままを話す。

「人数が足りなくなった数合わせですよ」

「それじゃ、私と同じだね」

 城山もその回答は予想していなかった。

「花巻さんも急に言われたんですか」

「そうなの。だから正直いうと、他の三人の事そんなに知らないんだ」

「自分もそうなんです、知りあって半日も経って無いですよ」

「それ、まだマシかも。私があの子達と会話したの一時間前が初めてだし」

「へー、合コンってそんなもんなんですかね」

「どうなんだろうね。私は高校の時から付き合ってる彼氏いるし、合コンって初めてだからよく分からないの」

「それなのに呼ばれたんですか」

「そうなの。謎だよね」

「確かにそうですね」

 城山には閃くものがあったが黙っている。

「とりあえず飲もっか」

「そうですね」


小田原拓也と北さつき(住女大四回生)


「北さんは彼氏とかいるんですか」

「小田原君は彼女いるの」

「い、いないです」

「だよね、私もいない。いたら合コンなんて来ないって」

「ああ、言われてみれば」

「あはは、小田君面白いね。ちなみに好きなタイプは?」

「年上の人ですね。後、メガネ似合う人がいいです」

「それじゃ、私とかいいと思うな。普段はコンタクトだけど、家の中はメガネだし」

「それ、どういう意味――」

「あれ、てっきり私を誘ってくれてたんだと思ってたんだけど違った?」

「ち、違わなく無いです」

「良かった。私1人で勝手に解釈して、暴走しちゃうことあるから」

「それじゃあ、連絡先交換しましょうか」

「そんなの次の所で良いよ。今はいっぱいお話しよ」

「えっ、あ、はい」


永坂太一と千頭奈緒(共に芦咲大一回)


「太一君と合コン出来るなんて思ってもなかったなぁ」

「よく言うよ。知ってたんだろ」

「私と明日菜二人で作戦練ったんだもん」

「だろうな」

「でもぉ、住女大の子と合コン出来たんだし良いでしょ」

「別に良くはねぇよ。俺の目的は他だしな。俺の隣にいるのはお前だし」

「当たり前じゃん。そうじゃないとぉ、皆が困るからいいの」

「それ以前に、まさか今日合コンが開催されるとはな」

「私達は一応、そこまで考えてたよぉ」

「だろうな、実際に集まった訳だしな」

「でもでもぉ、彼が来てくれるパターンは正直あんまり力いれてなかったかなぁ。来てくれるなんて思ってなかったから」

「ああ、俺もだ」

「本当は合コンに興味あったのかもぉ」

「どうだろうな。ただの気まぐれかも知れないし、廣田の演技が効いたのかもしれないしな」

「演劇サークルに所属するだけの事はあるよね。でもぉ、そのせいで計画がずいぶん変わっちゃった」

「すまんな」

「じゃあ、お詫びに私とデートしてよぉ」

「さすがにそれは……」

「嘘。冗談だよぉ。そんな形でデートしても意味無いもん」

「そうか」


城山と永坂


花巻と千頭が一時席を離れたので、城山と永坂もほぼ同時にトイレに向かう。

先に手を洗っていた永坂の隣に城山が立つ。

「永坂君」

急に名前を呼ばれて驚いたが、太一は冷静に対応する。

「どうしたんだ」

「これは誰の為の集まりなんだ」

 思わぬ言葉――とは思わなかった。集合場所に向かうまでの車の中で、城山の頭の出来が良い事に気付いていたからだ。

 むしろ、やはり気付いていたか、と思ったぐらいだ。

「俺と城山君以外の人の為の集まりかもな」

「俺の相手をしてる花巻さんも部外者なのかな」

「ああ、確かにそうかもな」

「そうか、永坂君も大変だな。ありがとう、教えてくれて」

「何も教えてない。全部自分で気付いてただろ」

「答えてくれるまで確証はなかったよ。素直に答えてくれて助かった」

 太一は作戦の失敗を悟ったが、気分は晴れていた。

「それじゃあ、今から抜け出すか」

 思わず出た言葉に太一本人が驚いているが、城山は口角をつり上げて言う。

「そういうのって普通さ、異性に言う事じゃ無いのか――永坂君、もしかしてホモ?」

「そんな訳無いだろ。この合コンに嫌気がさしただけだ。一人じゃ抜けにくいから誘ってみただけだ」

 言われてから気がつき後悔し始めた太一だったが、城山の反応は意外なモノだった。

「いいね。それじゃあ、抜け出してみようか」

「いいのか?」

「良いも悪いも、初めから俺は人数合わせって話だ。それに子の状況なら何人抜けようが一緒じゃないのか」

「それもそうだな」

 二人は会話を終えるとまっすぐ出口へと歩き始めた。

 店を出て十分程してから、太一の携帯が震える。液晶に浮かんでいる名前は予想通りだった。

「出なくていいのか」

 携帯を握りしめたままの太一に城山が聞いているが、首を振る。

「出る訳ないだろ」

 しばらくすると携帯は沈黙したが、その直後に短い振動がメッセージを運んでくる。それを読んだ太一の表情が緩む。

「向こうは廣田がなんとかしてくれるってさ」

「有能なんだな」

「そうか? ただの馬鹿だぜ」

「そう思わせるのも有能な証拠だ」

――真価が分かるのは明日以降になるだろうけど

 その言葉は脳の中でだけ呟く。

 その後は二人で適当に大学の話をしながら歩いていると、駅に着いた。

「それじゃあ、また大学で」

 そのまま解散しても太一の当初の目的としては上出来だったのだが

「解散もいいけど、時間あるなら飲みにいかないか」

 そんな事を言うつもりは無かった。言った事を把握するまで自身でも時間がかかったぐらいだ。

「いいよ。別に予定がある訳でも無い」

「そうか、なら近くに良い居酒屋があるんだ」

「そこでいいよ」

 この時から大学生活が変化し始めた事を太一は気付いている。

 初めて自然体で接することのできるヤツと出会えたと直感的に理解したのかも知れない。

 しかし、明日菜が城山との縁を切ると、自然に太一と城山の距離が開いてしまう事も理解している。

 どちらが自分の為なのか、考えなくても分かる。

 ただ理屈ではなく、太く短い糸よりも、細く長い糸を取る事もある。



 太一はせっかく手にいれた居心地の良い場所を手放したく無かった。

「全部欲しがるから駄目なんだよぉ。1つだけでも手に入るか分からないのに」

太一の考えを見透かしたかの様に、奈緒は冷静に言い放つ。

「そうなんだけどな。今あるモノを壊したく無いだけなんだ。これは欲張りなのか」

「現状維持するのが一番難しいんだよぉ。知ってる癖にぃ」

 太一は奈緒と話しているといつも考える。もし、子供の頃から隣にいるのが明日菜ではなく奈緒だったならと。

 奈緒は話し方が馬鹿っぽいだけで、頭は良い――というよりも世の中というモノが見えている。それは太一も気付いている。

 そんな女性に子供の頃から好きだ好きだと言われ続けたら気が向いても不思議では無い。だが、太一の隣にいたのは明日菜だ。その現状は変えられない。

「難しいからこそ、欲しいのかも知れないな」

「それは確かにそうなのかもぉ。今は皆がそんな感じだもんね」

 奈緒の言う゛皆゛がどこまでの事を言ったのかは分からないが太一は同意する事しか出来ない。

「とにかくだ。俺は今の日常が気に入ってるんだ。なんとかするしか無いだろ」

「太一君がそうしたいならいいと思うよぉ。でもでもぉ、動き出した事は止まらないと思うなぁ」

「動いてるならいいよ。だけど俺の中では止まってるんだ。自己中だけど、それを動かす為に俺はなんとかする」

 そう宣言して太一は席を立つ。

 その背中ん見送りながら、奈緒は一人呟く。

「それは誰の為にもならないかも知れないんだけどね」

 その表情はひどく寂しそうに見えた。


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